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魔王に勇者として召喚されました

 

 いつも通りの日常。いつも通りの下校道。

 その途中で足元に光り輝く幾何学模様が出てきたときに、俺は叫んだ。



「召喚陣だ!」



 なんてテンプレ通り!


 そういうweb小説は昔から多く読んできた。

 この魔法陣から考えられるパターンはおおよそ4つ。


 1.召喚されて魔王を倒す

 2.チートな力を得て何かの加護の元、敵を倒す

 3.気付いたらチートな力を持って転生、内政

 4.竜や動物に転生


 ……だと思っていたのだけれども。



「いらっしゃい、勇者さん」



 目の前にいるのは絶世の美青年。

 黒く艶やかで絹のような髪と、射殺せそうなほど冷たいアイスブルーの眼。ちらりとのぞく鋭い牙と赤い舌。

 そして額から飛び出る一本の角と怪しげな朱色のマント。

 召喚されて、はじめて会う人が魔王って……これなんて死亡フラグですか?



 ☆



 おそらく城の一室。

 謁見室と呼ばれる中央に俺は立ち尽くしていた。

 足元には赤く毛の長い、表面が艶やかな絨毯。天井には大小何個ものロウソク型が複雑に重なり合うライトが光り輝くシャンデリア。それと床から天井まである大きな窓にはめられた、まるで教会のような赤や青など色とりどりのステンドグラス。

 ぱっと見は中世のヨーロッパにタイムスリップしたような気分にさせる。が、目の前にいるのは。



「いやあ、わざわざご足労いただいちゃって、悪いね。

 初めまして。僕が魔王領の魔王だよ。よろしくねー」



 魔王だ。

 そしてこの魔王、とてもノリがかるい。

 今でさえこちらに笑顔を振りまき、すらりと伸びた指を揃えつつ手を振っている。

 しかしこの人がまごうことない魔王なのだと、全身から放たれる気品とが表している。そしてそれを補うかのように金ぴかで髑髏をあしらっている椅子の肘掛けと背もたれ。そして後ろに立っているゴーレムっぽい重鎮や、吸血鬼っぽい騎士、そして彼の足元に控える愛玩動物のようなケルベロスの姿が主張している。

 (名前は俺の知っているもので代用している。こちらでは何と呼ぶのかわからない)


 ケルベロスが枝分かれした頭をもたげつつ、3つある顔それぞれが目を爛々と輝かせて唾液をしたたらせている姿に、思わず一歩退いた。しかも視線はずっとこちらを向いたままである。少し…どころか、とても怖い。

うわ、唾液で絨毯が溶けてる。ゆったりと煙を燻らせているそれを魔王は気にした様子もなく、ふさりとした頭を撫でている。

 ――少しだけ羨ましいと思ったのは内緒だ。



「君を呼んだのはね、他でもない。

 “魔王”を倒す“勇者”になってもらおうと思ってさ」



 ニタリ、と尖った犬歯を覗かせて魔王は笑う。


 ……ん。ん?勇者になれって?

 耳を疑って見るが、目の前の美丈夫が微笑んで、生暖かい瞳で眺めてくるものだから、空耳の可能性は低いだろう。


 魔王から打診される学生から勇者へのクラスアップってことか?

 ……なんてこった!

 頭を抱える俺に、魔王は頬を緩めながら3つあるケルベロスの頭を1個ずつ交互に撫で続けている。

 そして、俺に対して質問は?と言葉を投げかけた。


 いや、質問は?じゃなくて。俺、何も知らないし。



「あ、えっと、なんで、魔王が勇者を必要としてるんですか?」



 思わずどもり、敬語を使う俺の姿が面白いのか、歪んだ唇を隠そうともせずに、冷たく見える眼を細めた。そしてゆっくりと足を組み替える。

 後ろにいた重鎮たちも面白そうに口元を歪めている。



「はは、流石に魔王3000年続けてると飽きちゃってね。

 でも僕の身体はよっぽどのことがないと老けないし、病気もしないんだよ。

 僕の部下じゃ強大な魔王の力は破れないから死ねない。それに今まで来た勇者は弱すぎるし。

 だからさ、僕が勇者召喚して、僕の力を媒体にした勇者がどこかで修行して強くなってもらえば、僕も楽しんで戦闘しながら死ねるかなーって。あ、もちろん僕を殺してくれた後は、元の世界に戻せるようにしておくよ。


 どうかな、待遇としては破格と思うんだけど?」



 流石魔王だよ。今の言葉の中に何回「僕」が出てきたんだよ。自己中心的だよ。かるすぎるよ魔王。

 しかも暇だしつまんないし、自分じゃ死ねないから殺してもらおっと。ってことだろ?

 流石に3000年も生きていたらそんな考えになるのか?俺には遠い世界の話のような気がして、なかなか納得いかない。

 ああ、腑に落ちない気持ちがぐるぐる回って、頭が痛い。


 しかも彼らはちゃんと元の世界に戻してくれるらしい。これは俺にとって好条件ではある。が。そんなに好待遇でいいのだろうか。

 

 なんて考える暇もなく、魔王は顎で次の質問を催促してくる。

 何時の間にやら現れた、拳大の真っ黒のコウモリを数匹俺にぶつけて。

 ――地味に痛いんですけど。

 その俺の姿を見て、魔王は満足そうにコウモリを召喚している。いやいや、やめてください。



「じゃあ、力を媒体にして召喚…っていうのは?」



更に数匹のコウモリを見事に当てた魔王は楽しそうに手を叩いて喜んでいる。

くそ。コウモリの毛が制服についた。



「勇者召喚っていうのは、とっても難しい複雑な魔法なんだよね。しかも、勇者の力は発動させた人の力に依存して強化される。これは魔法陣の中に発動者の魔力を織り込むからなんだ。

 だから人間は“巫女”って呼ばれる神力の強い人に勇者を召喚させて僕を倒そうとしてるらしいんだけど、それは間違いなんだよね。そもそも神力と魔力は違うんだよ。いくら神力が強くても、僕にダメージを与えられるのは魔力だけだし、量にも依存しているから、あんまり意味がないっていうかさあ。人間には魔力なんてほとんど存在しないんだからそろそろ諦めたらいいのに、しつこいよね」


「魔王様、愚痴になっております」



 魔王の物とは違う、低く腹の奥に響くような声が遠くから聞こえる。

後ろのゴーレムっぽい何かがやっと動いた。うわ、動くんだあれ。

 ゆったりとした動きで腕を上下したり脚を動かしている様は一見滑稽だが、それでも魔王の後ろで控える魔王の部下だ。

 すごく頭が切れるか、攻撃や防御の面で優れてるんだろう。…おそらくは。


 くるりと魔王は高い背もたれの隙間からゴーレムを覗き見て、ごめんねえ、と微笑む。

 それを見たゴーレムは堅そうな目元をゆるゆると細めて、嬉しそうにしている。

 ゴーレムだからすっごいわかり辛いけど。


 なんだ、どうやら魔王周りの関係は悪くないらしい。


 くるりとこちらに向き合った魔王は、イヤミなほどに長い脚を組みなおした後に、話を続けようと口を開いた。



「つまり、僕の魔力によって召喚された君には、相当な魔力量がある。

 人間であっても僕を殺せる程度の、膨大な量を召喚陣に盛り込んだからね。まあ逆に人間には存在する神力がほとんどないんだけど」



 そう言って、魔王は髑髏をあしらった肘かけに右腕をのせ、頬をつくと満面に笑みを浮かべた。


 ひくり、俺は口元がひきつるのを感じた。

 人間にほぼ存在しないはずの魔力を、豊潤に満たした人間形の器。

 つまり――人間の形をとっている魔族に近い何か。

 それが、今の俺ってこと?


 うわあ、さっきまで普通の学生やってた俺が異形になりつつあるなんて、なんかすげえ。

 自分の手を見つめ、握ったり開いたりを繰り返す。

 見た目じゃわからないけど、今までと内部の造りが異なる体。


 下校途中に連れて来られたせいで、装備と化しているこの学ランも、何か違ったりするのだろうか。

 召喚ってすごいなあ。と考え、ふと思いついた神力についての疑問を吐き出す。



「神力って、やっぱり人間としては必要なものですよね?

 俺このままで生きていけるんですか?途中で魔力に耐えきれなくなって爆発したりとか……」


「んー?特に問題ないんじゃないかな。

 人間でも、神力を膨大に持つ巫女……治癒師とも呼ばれる傷とか病とかを治す人は、そうそういないみたいだしね。

 魔力が暴走して爆発することは、僕が此処に召喚した時点でありえないよ。

 ちゃあんと体もこの環境に対応してる」



 ふうん、じゃあ不意の内部爆発で死ぬことはない、と。

 なんだかここで俺が魔王を倒すための地盤が凄い勢いで確立している気がする。

 これはもう、あきらめて“勇者”をやるしかないんだろうか。

 最初に冷たく感じたアイスブルーの瞳は、俺に暖かい視線をおくっているようだ。


 あ、そうだ。魔王。

 魔王を倒したときは、目の前にいるこの人に代わって俺がなにかを指揮しなければならないんだろうか。

 でも、ちゃんと元の世界に戻すって言ってたよな?



「魔王を倒したあとって、どうなるんですか?」


「ああ、心配しなくていいよ。次代の魔王が城の庭で生まれるだけだからね。

 血筋で後を継ぐわけじゃないし、反乱したからって魔王になれるわけじゃない。

 安定してるでしょー?」



……庭?

 庭で生まれるってどういうことだ。

 ゴーレムがゆっくりと窓の方へと向かい、ステンドグラスの一部を上へとスライドさせた。

 どうぞ、と重低音から誘われるがままに窓辺へと向かう。たくさんの瞳に見られながら、長い毛の高級そうな赤いじゅうたんに足を取られつつも窓の桟に手をかける。

 ステンドグラスの色彩からぽっかりと切り取られた美しい外の風景に、思わず俺は息をのんだ。


 この場所はこの城のなかでもとても高い位置にあるのだろう。多くの木々を見下ろせる外には広大な緑が一面に広がっており、その奥には小さな屋根のようなものが点々と見える。そして手前に視線を戻すと、緑のその中心に大木が一本だけ、悠然と立っていた。手のように5本の大きな枝が何かを包み込むように絡まり、縮こまっている。おそらくあの枝の中心から、次代の魔王は生まれるのだろう。

 おお…魔王領って思ってた以上に神秘的だ。


 ゆったりとした動きで魔王も俺の隣に並ぶと、二対の瞳は俺と同じ方向を向いた。そして長い腕を外に向け、先ほど見つけた大木を指さす。


「あれが魔王を生み出す生命の樹。

 魔力の源でもあるアレは枯れることも腐ることもない、ただ魔王を生み出すだけの樹だ。


 “魔王”っていうのは、地面から無限に湧く魔力を吸収し封じ込められる器なのさ。

 あの樹から魔力が溢れて器に入りきらなくなると…魔力が魔獣に悪影響をあたえる。

 食欲を刺激して家畜を食べ散らかしたり、人間襲ったりね。感情…特に“欲望”の制御が出来なくなる。

 だから、あの樹は魔王という入れ物を生み出すのさ。魔王がいれば魔力が溢れることはないからね。


 魔族は魔力が溢れることを本能的に厭う。それが自分たちを狂わせるって分かってるからだ。

 その器が壊れることを恐れているから、みんなは魔王を守る盾になってくれる。その行動は家族を、魔族全体を守ることにつながるからね」


「……つまり?」


「君も僕と同じ。召喚された時点で体が魔力を閉じ込める器になっている。

 と、いうよりも僕を倒した時点で魔力が溢れるのは困るから、そうさせてもらったんだ。ごめんね。でも、それは言い換えれば君を守ってくれる魔族が多くいるってことさ」



 ……わお。

 よっぽどのことがない限りは身の安全が図られているってことか。

 ってことは、魔族としては魔王は存在しさえばいいのか。

 魔王を倒したところで、俺がいるから次代魔王が生まれるのに時間がかかっても魔力が溢れることはない。

 バックアップも万全。

 これを拒否したら、それこそ人でなしだ。……今の俺が“人”を名乗っていいのか悩むところだけど。


 ちょっと修行して、さっさと魔王を倒す。

 それでいいんだろ?


 背の高い魔王を見上げるようにして、一度大きく深呼吸をする。

 魔王は俺の決意が分かったかのように、不敵な笑みを浮かべて。

 後ろの従者たちはほっとしたように、大きな息を吐いて。



「俺、勇者になります」


「ありがとう。

 それじゃあ改めて。


 ようこそ、異世界の勇者さん。僕たちは君を歓迎するよ」



もし時間がございましたら文章力向上のための批評・感想をお願いします。

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