お誘い
オレのクラスでは基本的に、一時間目に古文の授業がある。そう――この高校で一番こわい杉野先生の授業だ。
もちろんこの先生の授業でも、弥生ちゃんはお構いなしに寝る。
「……宮田。問一の答えは?」
「……」
「宮田!」
「……はい」
「問一の答え! ちゃんと話、聞いてたわよね?」
杉野先生はいつもかならず弥生ちゃんを当てる。弥生ちゃんが寝てばかりだからわざとだろうけど、あんまりイジメないであげてほしい。
……まあ、天才弥生ちゃんには怖いものなしだから問題ないけどね。
「……係り結び」
こうして突然当てられても、弥生ちゃんは眠そうな声で、だがしかししっかりと答えを言うのだ。
超すごい。やっぱりカッコイイ。
休み時間になり、オレはすぐさまカノジョに話しかけに行った。迷惑がられるのは覚悟の上。
「すごいね弥生ちゃん、今日もしっかり答えられててっ」
「……」
耳元で声をかけられ、弥生ちゃんは不快そうにゆっくりと顔を上げる。うん、寝起きの顔も超かわいい。
「……寝させて」
「授業中たっぷり寝てたじゃん」
「それでも眠いの」
「えー? 嫌だ。たまにはオレにも構ってよ」
少ししょんぼりして俯くと、同時に――“あるもの”が目に入ってきた。
それは眠そうな字が綴られているノートの端っこに、さりげなーく描かれた……イヌ? いや、ネコ? それか……ウサギ? カエル? クマ?
……とにかくよくわからない動物らしきものが描かれている。
その、愛嬌はあるけど、お世辞にも、上手とは……言えな……
「えーっと、なに? この落書き」
「……!」
オレの何気ない問いに、弥生ちゃんは微かにうろたえた。
え? え? ちょ、え、今、照れた?
いや間違いなく照れたよね。恥ずかしそうに短く声あげて、サッと隠したよね。
照れ顔は初めて見る表情だった。
「弥生ちゃん……」
ヤバイ。ヤバイ。また心を射抜かれた。頭いいけど絵が超下手とかそれは恥じる所ではなく、むしろ誇る所だ。ギャップとはとても素晴らしいモノだ。
どうしてカノジョは、ここまでオレを虜にするんだろう。ここまで翻弄するんだろう。畜生、小悪魔め。
「やばい、弥生ちゃん超かわいい。大好きだ」
「私寝るから。おやすみ」
その場の勢いで思い切って抱きつこうとした瞬間、弥生ちゃんは机に顔を伏せて眠りの姿勢についてしまった。
スカッと空を切る両手が限りなーく虚しい。
「うーん……」
もっと喋りたい。もっと弥生ちゃんのコト、教えて欲しい。
好きなヤツに対してそう思うのは自然のことなのに、弥生ちゃん側は一切受け入れようとしてくれない。
まあ、キミのそんなところを好きになったんだけどさ。
「ねえ、弥生ちゃん」
「……」
弥生ちゃんは何も応えない。寝てはいないけど、「話しかけんな」と無言で語っているんだろう。
さすがに次また話しかけたら嫌われそうなので、これで最後にしようと心に決めてから言った。
「今日の放課後、オレに勉強教えてよ」
正直、勉強したくない。だけど弥生はちゃんともっと一緒にいたい。
なんとかしてもっと一緒にいる時間を確保したくて、思いついたのがコレだった。放課後デートみたいな。
――暫しの間流れる、沈黙を経て。
「……」
弥生ちゃんがむくりと顔を上げ、口を開いた。