彼女との出会い-1
オレの高校の陸上部の活動はそれなりにハードだ。
筋トレはもちろん、七週ほど校内を外周するという練習メニューをほぼ毎日組んでいる。
そうとも知らず陸上部に入部してしまったオレは、無論そんな練習を余儀なくされていた。
「ねえねえ、女の子ってどうしたら喜ぶんだと思う?」
「あ? 何だ急に」
「特に、ツンデレ……いや、ツンツンツンツンツンデレな女の子ってどうしたら喜ぶんだろう」
「知らねえよそんなの……」
陸上部部員の田中と喋りながら走っていると、
「喋ってないでしっかり走りなさい! ほらそこ、チンタラしない!」
顧問の怒鳴り声が背後から響いたので、オレは田中を抜かして少しスピードを上げて走った。
こんなときに隣に弥生ちゃんがいてくれれば、もっとヤル気出して走れるんだけど――弥生ちゃんはもうとっくに帰っちゃってるから、仕方がない。
足を進めながら、ぼんやりと弥生ちゃんのことを思い出すことにした。
オレはチャラいとか軽いとか、失礼極まりない印象を抱かれるコトもまあ少なくない。
見た目故かなんなのか、さっぱりわからないけれど。
女遊びが激しそうとか言われたこともある。弥生ちゃんへの恋の妨害にしかならないから本当にやめてほしい。
オレは一途に恋をしている。
つれないけど、誰よりも可愛い彼女に。
***
弥生ちゃんに心を奪われたのは、そう昔のことではなかったりする。ついでに言えば一目惚れでもない。高二になって初めて彼女と同じクラスになって、最初に抱いたのは「いつも眠そうな子」っていう印象だった。
最初は――本当に本当の最初の頃は、弥生ちゃんのことをそんなくらいにしか思っていなかった。
まあそれも、程なくして「いつも眠そうな子」ではなく、「いつも寝てる子」だということが判明するんだけど。
『宮田! 起きなさいッ!』
『……』
『今は授業中なのよ? 何度言ったらわかるの』
『……すみません』
『それでテストで悪い点取ったりしても、あんたの自業自得よ!』
弥生ちゃんは授業中いつも寝ている。
この高校で最も恐れられている杉野先生(陸上部の顧問でもある)の国語の授業でもゼッタイ寝ている。どれだけ怒号が飛んでも懲りずに寝る。
すごいなー、この子。
一番前なのに堂々と寝る勇者に、感心に近い憧れを持った。
しかも、すごいのはそれだけじゃなかった。
『えええ、スゴイね宮田さん!』
『弥生ちゃんっていつも寝てるよね!? 何でこんなに出来るの!』
『今度勉強教えてよ~!』
ある日の朝、何やら廊下が賑わっていた。主に女子がわらわらと群がっていて、どういうわけか弥生ちゃんを囲んでいる。朗らかな雰囲気でいじめでは無いとすぐにわかったけど、一瞬びっくりした。
『どうしたの?』
『あっおはよ、碧! 見てよコレ!』
群がっている女子の一人に聞いてみると、女子は興奮気味で掲示板を指さした。
そこにはこの前の中間テストの結果が貼られている。
この学校は、中間テストが終わると、成績上位トップ20を紙に貼りだすというシステムをとっている。一度もランクインしていないオレにっては、正直縁のないことだ。
『あー、貼り出されたんだ。一位はだ……』
誰だろう、と言いかけて、オレは思わず言葉を失った。
悠々と綴られた“一位 宮田弥生”の文字が目に飛び込んできたからだ。
え!? まさかの!? まさかの弥生ちゃん!?
失礼な話だけど、オレはかなり驚いた。どの授業でも必ず寝ていて、まったく勉強に関心を示していないようなこの子が……!
思わず拍手してしまうくらいだった。
授業内容は全部理解できるから、いつも寝てたってコトなのかな。うわあ、やばい。かっこ良すぎる。
『すごいね! 何でそんなに勉強できるの?』
そう弥生ちゃんに聞いても、彼女は小さく首を傾げるだけで、面倒そうに教室へ入ってしまった。
その後、弥生ちゃんは誰に褒められても『さあ』とか『いや』とか短く返すだけだった。
めちゃくちゃ頭良いくせに、全く調子に乗らない所がますますかっこいい!!
オレはすっかりハートを鷲掴みにされた。
――このときはまだ完全には射抜かれていなかったけれど……でも、彼女を目で追うようになったのはこのときからだった。
彼女との出会い-2に続きます^^