プロローグ
――AM 8:25。
校門が閉まるまであと五分。
濃紺の制服で覆われた通学路を、かったるそうに猫背で歩く、少し丸い背中を見つけた。
艶々とポニーテールを揺らすその後ろ姿は―ー、宮田弥生。見間違えるはずもない、オレの好きな人。
彼女が、もう少しで遅刻しそうな時でも決して走らないのは「面倒(本人談)」だから、そして、元々歩くのが人より早いからだって最近わかった。
「「おはよー、碧!」」
彼女の後を追おうとスタンディングスタートの姿勢をとったところで、クラスメートの女子二人が左右に並び、声をかけてきた。
正直今はそれより、大好きなカノジョを追いたいんだけど。
「あー、おはよ……」
「相変わらず眠そうだねえ。ちょっとぉ、そこ、寝癖ついてるよー?」
「違うよ。コレは寝癖じゃなくて敢えてのハネだからね」
「なにそれー、似合わなーい」
「ぴょんぴょんしてる!」
ちょっと会話をした後すぐに彼女を追おうと思ったのに、あろうことか女子二人は、オレの寝癖(に見えるけど違う)を触り始めた。
ああ、もどかしい。
今すぐに彼女を追いたいのに!
「……っ、ちょっとゴメン!」
女子二人をなんとか振りきり、オレは急いで彼女を追う。
「おはよー、弥生ちゃん!」
手を振りながら弥生ちゃんのもとへ駆けてゆくと、彼女は「またお前か」と言わんばかりに一瞥した。
しかし何か言うでもなく、そのまますたすたと歩行を再開してしまう。
存在を認識されてるのに無視されるって言うのが一番堪えるってコトを、弥生ちゃんはわかっているのだろうか。
こっちはわざわざ君に合わせて、遅刻ギリギリの時間を見計らって家出てるのに。
まあこんなの毎回のコトだし、オレは決してめげないけど。
少しして弥生ちゃんに追いついたので、彼女の肩をぽんっと叩く。
「無視しないでよ、弥生ちゃん。おはよう!」
「……おはよ」
「今日も遅いね。もうすぐ校門閉まるよ」
「土屋くんも遅いでしょ」
「え? だってオレは君に合わせ……いや、目覚まし時計止めて二度寝しちゃったからさ」
「ふーん……」
弥生ちゃんはさして興味もなさそうに、スタスタと歩いて行ってしまう。
これもいつものことだ。
「ねえねえ、これ、何に見える?」
先程女子二人に弄られた髪――もとい、“寝ぐせ”と称された髪を指差し、尋ねてみる。
「……寝ぐせ?」
「違う! 」
誰も彼も寝ぐせ寝ぐせと……!
なんともいえない気持ちを抱いていると、弥生ちゃんの手がすっと伸びてきた。
「……ぺんぺん草みたい。面白い」
弥生ちゃんが。弥生ちゃんが俺の髪に一瞬だけ触れ、そして――小さく笑った。
あ、ヤバイ。きゅんときた。いや、効果音で現すならきゅ――――――んって感じ。
弥生ちゃんの笑顔は可愛すぎる。反則だと思う。
たまにしか笑ってくれない彼女が笑ってくれたことが嬉しくて、愛しくて、オレはついつい思いの丈を口にしてしまう。
「好きだよ、弥生ちゃん」
「そう」
無論弥生ちゃんは事も無げに呟いて、早足で歩いて行ってしまうんだけど。
オレの片思いの彼女は今日もつれない。いや、つれないどころじゃない。
――だけど、大好きだ。