第7話 Tactical training
「今日の実習は、個人戦闘についてだ。
ウチには毎年、何万件もの魔物討伐の仕事が入ってくる。
まあ、この仕事には主に2~3年を中心としてつくことになっている。
のだが、稀にお前ら1年生にも回ってくることもある」
作戦会議を終え、今は午後の実習の時間。
俺達……1年A組の全員は訓練所に整列して、紅先生の話を黙って聞いていた。
「……これは本当に極稀な話だが、
教師でも難しいような依頼が1年にーーそれも個人にくるときもある」
(そんなときって本当にあるのか?
絶対にないと思うんだが。ってか、その前に教師が止めるだろ)
「そんな状況になったとき、必要になってくるのは力だ。
そして、それがなかったら待ち受けるのは死だけだ」
真剣な表情をして言う紅先生。
その光景を全員が息を飲みながら見る。勿論、その全員に俺も入っている。
「まっ、そんな仕事にお前らを就かせるわけないけどな」
さっきまでの表情から一転、笑いながら言う紅先生。
まぁ、そういうのはわかってたよ。
教師が生徒にそんな難しい仕事に就かせるわけねぇしな。
「だが、もしかしたらこんな状況になる可能性がある。ということだけは覚えてくれ。
そしてそんな最悪なケースを防ぐために、この実習をするということも」
ーーやっぱりそんな依頼に就かせることもあんのな。極稀にだけど。
「……話が長くなってしまったな。まぁ、まだまだ話しておきたいことは大量にあるんだが、
これではせっかく設けた訓練の時間が台無しになるな。
さっそく訓練を始めるぞ。まずは、出席番号1番のやつから……」
先生のその言葉をきっかけに訓練が始まる。
そして1番の人だけ先生のところまで行き、
他の人達は自分の順番が来るまで、待つため壁付近に向かった。
それにしても……
(出席番号1番からか、なら俺はまだまだ先だな)
だから寝ていいかな?かなり眠たいんだけど。
「隼人、別に寝てもいいですよ。
出番がくる直前になると、起こしますので」
「サンキュー」
修史にお礼だけ言い、壁にもたれて目を閉じる。
◇
「……や……、お……く……」
「……うぅ」
誰だ……?さっきまでグッスリと寝てたのに、起こしたやつは。
「隼人、起きてください。
もうすぐあなたの出番になりますよ」
ああ、修史か。
そういえばそうだったな、出番になったら起こしてくれって頼んだな。
「……悪い。かなり眠っちまってたみたいだな」
「そうですね。起こし始めてもう10分ぐらい経ってますからね」
ニコッ、と満面の笑みを浮かべて言う修史。
ぶっちゃけ顔は笑っているように見えるのだが、目は笑っていない。
(なんか、自分的にはその笑顔が怖いんですが……)
「……あはははは。で、結果はどうだったんだ?」
「あー、総合評価はAでした」
総合評価とは、クラリア魔法学院独自のシステムの一つであり、
魔法・格闘・射撃・戦術など、個人の戦闘能力を測るための数値だ。
なお、この数値のランクは、S・A・B・C・Dの順番になっており5ランクある。
そして修史は総合Aランクだから、かなり強いということになる。
……まぁ、総合評価だから、4つのうちどれかがCランクかも知れないけどな。
ちなみに4つとは、さっき説明した魔法や格闘などの4つの数値ね。
「そりゃすげぇな。完璧じゃねぇか」
「いえ、そんなに良くはありませんよ。
彩葉やアイリスのランクはSですから」
「……えっ、あいつらSなのか?」
「ええ、そうですよ。そして僕と悠里はAランクです」
ちょっと待って、なんでお前らはそんなにランクが高いんだよ。おかしいだろ。
そして何で“ひ”から始まる俺より、先に“み”から始まる彩葉達がやってるんだ。
「それはですね………」
「おい、柊!!
起きたんならさっさと用意しろ。後はお前だけ何だからよ」
「……と、いうわけです」
寝過ぎてたってわけか……。
寝過ごしていた俺のせいで予定を変え、俺を飛ばし他の人をすることになったと。
そして修史は俺をずっと起こしてたってわけか。
「すみませんでした」
先生に謝罪しながら腰のベルトにつけていた拳銃を構える。
(あっ、そうだった。訓練のときぐらいは、
一応安全な銃弾を変えないとな)
銃弾が戦闘用だったことを思い出し、訓練用の銃弾……ゴム弾をリロードする。
勿論、戦闘用の銃弾は回収したぜ。
「……準備は終えたか?」
「はい。一応、準備は終わりましたけど良いんですか?
ヴェルジュ以外を使っても」
「ああ、別にいいぜ。戦闘能力を測る訓練なんだからな。
それに弾は安全な物に変えたんだろ?」
「ええ、あって気絶ぐらいのゴム弾にしましたよ」
仮にも魔法学院なのに、ヴェルジュなしでも良いのかよ。
まっ、俺としてはヴェルジュを使えないからそっちのほうが良いんだけどね。
「おお、いいね。それで俺を気絶させてくれよ。
午後からの仕事がめんどくさいからさ」
笑いながら軽口を叩く紅先生。ホント、何言ってんだかこの人は。
「お断りします。気絶させない程度に頑張りますよ」
「……可愛げのない生徒だな」
「それはすみませんでした。少し配慮が足りませんでしたね」
微笑みながら謝る。
「そういうところが可愛くねぇんだよ」
と、言いながらヴェルジュを具現する先生。
手に魔力の光が集まり、出現したのは漆黒といってもいいぐらい真っ黒な剣だった。
「……それが先生のヴェルジュですか?」
「ああ、これが俺のヴェルジュ【ナイト】だ」
ナイトか……。これはどっちの意味なんだろう?
夜という意味か、騎士という意味のナイトなのか。
ま、どっちでもいいか。
(今はーーー)
「さて、準備はいいか?」
「ええ、いつでもどうぞ」
拳銃を強く握りしめ、試合の開始を今か今かと期待して待つ。
「では、始めるぞ」
(自分の全力でーー戦うだけだ)
覚悟を決めるかのように、俺は目を瞑る。
「ーーーー始め!!」
勝負の開始の合図と共に目を思いっきり開き、先生に突っ込む。
「はぁぁぁぁーーーっ!!」
「お前なぁ……、真正面から突っ込んでくるなんてバカか」
先生は冷静に俺に問題点を指摘し、俺に向かって剣を振るう。
やばっ!!その対処方法、考えてなかった!!
「……なんてな」
俺に向かって振るわれた剣を拳銃で上手いこと受け止める。
「なっ!?」
そんな行動に出ると思わなかったのか、先生はかなり驚いていた。
(隙ありっ!!)
背中付近のベルトにつけていたもう一つの拳銃を、
空いている方の手で持ち、先生めがけて超至近距離で射撃する。
まともに喰らったらゴム弾だといっても、骨折はするだろうな。という距離だ。
そんな距離なのだが、俺が迷いなく撃てた理由はある。
「しまっ……っ」
バックステップで一歩引き、体を捻らせたりしながら無事に避けた。
と、思いきや少しゴム弾が掠ったのか、痛みに顔をしかめていた。
「先生、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。いやはや、困ったな」
一応、心配して言った言葉に笑いながら返す先生。
「どうしましたか?」
「いや、ただ単に今年の新入生は豊作だと思ってな」
「そうですか……」
……確かに豊作だろうな。
ウチのクラスだけで、少なくとも彩葉・修史・悠里・アイリスと強いやつらがいるからな。
(今、ふと思ったんだけど、俺ってどうなんだろうな?)
戦闘能力としては高い方だと思っているけど、
魔導士能力としては最弱だから強く方には入らないだろうな。
「これは俺も本気を出さないといけないかもな」
「本気ですか?」
「ああ、今まで本気をだしたことは滅多にねぇな。
あったのは俺個人としての依頼だけだ」
おいおい、それって事実上、俺が最初ってことじゃね?
なんか急に戦うの嫌になったんですけど。
「あははは、お手柔らかにお願いします」
「無理だな」
……ですよね~。
言ってみただけです、わかってましたよ。
「それじゃ次はこっちから行くぜ」
そういい終えた瞬間、さっきまでいた場所から姿を消していた。
「おいおい、これはキツイっ……っての!!」
不意に口から文句が漏れながらも、キチンと攻撃だけは避ける。
ってか、いきなり後ろから切りかかってくるっていうのはなしだろ!!
かなりビックリしたぜ。しかも俺じゃなかったら確実に喰らってただろ。
「おお、初見で≪陽炎≫をよけるなんて戦闘の才能があるんじゃねぇか?
しかもご丁寧に反撃までくれちゃってよ」
「いや、あれはマグレですよ。直感で動いただけですから」
そう、俺は直感で先生の攻撃をよけ、即座に反撃をしたのだ。
ぶっちゃけ反撃といっても腹を殴っただけだけど。
「……直感で陽炎をよけたのかよ」
呆れたかのように言い放つ紅先生。
あれ、俺は悪くないよな?
なのになんでこんな呆れられないといけないんだ?
「あれはリアルに自分の直感にビックリですよ。
無事によけれるとは俺も思ってませんでしたしね」
まさか、あんなに自分の直感が凄いと思わなかったぜ。
そしてよけれた俺も凄いと思ったよ。
「……はぁ、もういいや。
戦う気がなくなった。というか、お前に勝てる気がしない」
なんでですか?と聞きたかったのだが、
聞くまでもなく理由がわかってしまったので、聞かないことにした。
(やっぱり直感や勘で物事を解決出来る人
って最強だと思うんだ。自分で言うのも何だけど……)
「柊、お前の結果だが……魔法 D・格闘 A・射撃 S・戦術 Aで、総合評価はDだ」
やっぱりそうなるよね。わかってはいたけども。
直接、言われるとなんかショックだな。
まぁ、直ぐに立ち直れるけどね。約5秒ぐらいで。
『『『えぇぇぇぇぇーーーっ!!』』』
紅先生の評価を聞き、全員が大声をあげる。
それするのやめてくれ、超うるさいから。
「ま、妥当でしょうね」
そんな生徒達に紛れて俺は、冷静な判断だと思い口に出す。
「ほう、お前は驚かないんだな。わかっていたのか?」
「いえ、別に。でもこの学院の立場を考えたら簡単ですよ。
国立である故に、国の命令には逆らえない。
……つまり魔法の素質がないものに評価はできない。というわけですよね?」
「…………ああ、その通りだ。本当にすまない」
責任感が強いせいか、紅先生は俺に謝罪してきた。
(そんなのしなくていいのに。腐っているのは【魔法絶対主義】の
国の上層部のやつらであって、あなたではないのだからさ)
「別に気にしてませんから。謝罪はやめてください」
「だが……」
「ディヴァルチェでありながら、
学院に入れてもらっただけでありがたいので、別に謝らないでください」
これは俺の心からの本音だ。
「ああ、すまっ……いや、この場合はありがとうかな?」
何とも言い難いような表情で謝ってくる先生。
(……なんでアンタがそんな顔してるんだよ)
短い期間の間だが、この先生のことでわかったことがある。
それは……責任感が強いということと、思っていることが顔に出やすいということだ。
「ええ」
短い返事を笑顔で済ます。
そして修史達がいる場所に向かおうとしたその瞬間……。
「柊!!なんでお前はこんな酷い目に合ってるのに笑ってられるんだよ!!」
空間を裂く勢いで訓練所に響く大声。
それにあわせて外野の全員は興味津々といった顔でこちらを見てくる。
(なんだかな……、そんなに大声で聞いてくるのはやめてくださいよ)
注目されるじゃないですか。と、心の中でボヤきながら歩みを止める。
「……どうしようもないじゃないですか。
今更、どうにかできる問題ですか?違うでしょ?
ディヴァルチェに生まれたからには、もうその運命を受け入れるしかないんですよ」
先生に向かって短くそれだけ言い放ってから、俺は修史達のところまで歩いて向かう。
(そう、運命を受け入れるしか。ね……)
「よっ、終わったぜ」
修史達のところに戻り、手を軽くあげながら報告する俺。
「ええ、見てましたよ。いやぁ、あなたの直感はすごいですよね」
そんな感じで戻ってきた俺に遠慮なく言ってくる修史。
「ははは……」
それが何故か俺の心にぐさっ、と突き刺さる。
まぁ、理由としてはさっき言ってきた勘や直感のせいなんだけどね。
なんでこんなに常人離れした勘や直感を持ってるんだか。
「まぁ、確かにそうだな。
こいつの勘や戦闘の才能はすごいからな」
一度、戦ったことのある悠里がそんなことを言うが、
俺、お前と戦ったとき勘や直感を使ったりしたっけ?
使った覚えがないんだが、ってかアレだな。
勘を使うってどういう意味だよ。自分で言ったことだけど、意味わかんねぇ。
「……悠里にしては珍しいですね。人を褒めるなんて」
「うん、そうだね。
今まで他人を褒めたことなんて、滅多にないのにね」
修史と彩葉、二人して俺の耳元で話してくる。
ーーへぇ、悠里が褒めるのってそんなに珍しいものなのか。
まぁ、褒めることは少ないだろうなとは思ってたけどさ。
「全員、注目しろ」
彩葉達……いつものメンバーと雑談をしていると、不意に先生の大声が聞こえた。
それによりクラスメイト全員が、先生の方をみる。
「あー、これで全員分、ある程度の能力値はわかった。
ま、俺から言えることは一つだけだ。
この結果に満足せずに日々、鍛錬を重ね強くなれ。……以上だ」
言いたいこと全て言い終えたからか、訓練所から出ていこうとする紅先生。
だが、途中で歩みを止める。
詳しく言うと俺の顔を見た後、急に止まった。
「ああ、今、思い出したぜ。
これを渡すのを忘れてたんだった。ーー柊、受け取れ」
ズボンのポケットからナニカを取り出し、俺に向かって全力で投げてきた。
それを危なげなくキャッチし、そぉっと手の平を開く。
「……鍵?」
先生が投げてきたモノは、“二つ”の鍵だった。
「ああ、お前の寮の鍵だ」
いや、それはわかったけど。
「なんで二つなんですか?」
「……学園長からの贈り物だそうだ。
詳しくは寮に置いてある机、上から二つ目の引き出しを見ろ。だと」
学園長からの贈り物ね……。
「わかりました。帰って確認しておきます」
「そうしてくれ」
今度こそ、帰っていく紅先生。
それを見届けてから、クラスメイト達は次々と訓練所を出ていく。
残ったのは俺・修史・彩葉・悠里・アイリスの5人だった。
「で、どうする?」
「そうですね……。学年混合チーム対抗戦に向けて特訓したいところですが、
若干、一人がソワソワしていてマトモに特訓出来そうにないですからね」
「すまん」
ソワソワしているやつが誰だかわかってしまったので、即座に謝る。
「ま、良いですけどね。
僕だってあんな感じに渡されたら、気になりますし」
「あ、やっぱり修史君もなんだ。私も若干……」
やっぱりあの渡し方は気になるよな。
というより、学園長からの贈り物という一言がかなり気になるんだけどね。
「じゃあさ、これから皆で隼人の部屋の整理にいかない?
転入初日だから、荷物が溜まってて一人じゃ纏めるにも時間がかかりそうだし」
おお、それは俺的にも助かるな。
だけど、アイリス。お前って俺の事、名前で呼んでたっけ?
まぁ、いいや。気にしないでおこう。
「……それはナイスアイデアですね。行きましょう」
アイリスの提案に何故か乗り気の修史。
「そうだね。私達だけ特訓しても意味ないしね」
あれ?なんでだろうか。
彩葉の口調が棒読みしてるみたいに聞こえるんだが。
「まぁ、姉さんが言うなら、オレも手伝うけどさ」
そしてなんでお前も乗り気なんだよ、悠里。
(お前ら、絶対に学園長からの贈り物が気になるだけだろ)
と、目の前の光景を見ながらつくづく思う俺であった。