絶対にあんたを超える
体操服に着替えたあたしは、体育館の隅で愛那と祐乃に大会のことを話していた。
「配信者特別大会?」
愛那が聞き慣れない言葉に眉を上げる。
「すごい! カレンちゃん、そんな大きな大会に出るの?」
祐乃は自分のことのように目を輝かせた。
「……大きいかどうかは知らないけど。誘われたから出る」
「ずいぶん素直に引き受けたのね」
「強いヤツがたくさん出るって聞いたから」
配信そのものには興味がない。
注目されたいとも、有名になりたいとも思わない。
だけど、強い相手と戦えるなら話は別だ。
「ああ、あの大会か」
少し離れた場所から、シンの声が聞こえた。
「あんた、何か知ってんの?」
「まあ、少しはな。今回は誰が出てんだ?」
シンはスマホを操作しながら、画面に表示された大会情報へ目を通していく。
「元プロや全国大会出場経験者が、現役を引退したあとに配信者へ転向するケースは珍しくない」
「……ふーん」
「知名度だけで呼ばれた素人ばかりじゃねえぞ。出場予定者を見る限り、今でも現役選手と互角に戦えるヤツが何人もいる」
シンは画面を指で滑らせながら、口元をわずかにつり上げた。
「少なくとも、そこらの地方大会よりはレベルが高い。油断してたら、お前でもあっさり負けるかもな」
「……上等じゃん」
胸の奥に、小さな火が灯る。
強い相手がいる。
それだけで、大会へ出るのが少し楽しみになってきた。
「全員倒したげる」
「相変わらずおまえ、いい目をするな」
シンはスマホをポケットへしまい、楽しそうに笑った。
「よし。大会まで2週間を切ってるんだったな?」
「……ん」
「それまで、みっちり鍛えてやる。今まで以上に厳しくいくぞ。途中で泣いても、練習は終わらせねえからな」
「……それでお願い」
あたしが迷わず答えると、ハヤトが大げさに胸を押さえた。
「カレンが素直にお願いしてる……!」
「……なに?」
「くーっ! アニキが羨ましいっすよ! オレもカレンから、そんな真剣な顔でお願いされたい!」
「……あっそ」
あたしはため息をついて、ハヤトの叫び声を聞き流すと、シンを見つめた。
正直に言えば――。
あたしは、二宮シンという男に憧れている。
圧倒的な実力。
どんな相手を前にしても崩れない余裕。
戦いの最中でさえ相手の弱点を見抜き、攻撃を受けながら指導できるほどの技量。
いつもふざけていて、相手を舐めきった態度を取っている。
それでも、誰もシンを本気にさせられない。
少なくとも、あたしはこいつが全力で戦う姿を見たことがなかった。
以前、動画配信サイトで偶然、一本の試合映像を見つけたことがある。
再生回数は、わずか数十回。
小さな地方大会を定点カメラで撮影しただけの、画質も音質も悪い古い映像。
そこに映っていたのは、学生時代の二宮シンだった。
今より少し幼い顔。
だけど、その強さはすでに完成されていた。
シンが腕を振るうたび、炎が意思を持つ生き物のように戦場を駆け巡る。
正面から押し潰すだけではない。
相手の退路を炎で塞ぎ、逃げた先へ次の魔法を置き、反撃すら自分の攻撃へ利用する。
一見、無造作に放っているように見える魔法のすべてに意味があった。
対戦相手は、何もできなかった。
どれだけ足掻いてもシンの手のひらから逃げられず、最後まで一度も攻撃を当てられないまま敗北した。
――圧倒的だった。
初めて映像を見たとき、しばらく画面から目を離せなかった。
あたしも、このくらい強くなりたい。
心の底から、そう思った。
だけど、一つだけ分からないことがある。
どうして、これほど強い男が表舞台にいないのか。
本気で頂点を目指せば、日本一どころか世界一にだってなれるはずだ。
それなのにシンは、大きな大会へ出ることもなく、中学校の外部顧問をしている。
昔の試合映像も、探さなければ見つからないものばかりだ。
表舞台から離れた理由が、きっと何かある。
いつか聞き出したい。
だけど、今のあたしには、それより先にやることがあった。
シンの前へ進み出て、真っすぐその目を見上げる。
「……絶対に、あんたを超えるから」
いつもの軽口ではない。
誰にも聞こえないような独り言でもない。
はっきりと宣言する。
「……二宮シン。いつか本気のあんたを、あたしが倒す」
一瞬だけ、シンの表情から笑みが消えた。
驚いたように目を細めたあと、すぐに不敵な笑みを浮かべる。
「わはははは! いいなぁ! おまえは鍛えがいがあるよ!」
シンはあたしの頭へ手を伸ばし、髪が乱れるほど乱暴になで回した。
「期待して待っててやる。強くなれよ」
「いくらアニキでも、カレンを無許可で触るのは許さないっすよ!」
「はいはい、わるかったよ。頑張るガキが可愛くて、ついな」
シンは手を離し、挑発するようにこちらを見下ろした。
「せいぜい必死で食らいついてこい、カレン」
「……言われなくても」
今は、まだ遠い。
どれだけ手を伸ばしても、届かないほどの差がある。
それでも――。
いつか必ず、この男の余裕に満ちた笑みを消してみせる。




