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第三章

 ドラゴン騎士団を討つ前に、景気づけに凱旋指揮を執り行うため、都ルカベストに向かっている途中。新事実発覚と、イカンシより、エルゼヴァスが黒魔術に染まった魔女であったことを知らされ。王は、

「なんと、反逆者の妻は魔女であったのか」

 と激怒して、都に着くや否や城には入らず凱旋式の準備を命じるとともに、イカンシにエルゼヴァスを捕らえにいかせた。

 五万の軍勢すべては都に入らず、大部分は郊外で待機をし。都に入ったのは、王と側近、将軍らとそれを護衛する近衛兵団と、百騎ほどの騎兵団と、資材を乗せた馬車を引く工作兵。それらが城の真正面にある円形の公園広場に入ると、工作兵が凱旋式のための演壇の設営をはじめた。

 王の四方は幔幕をめぐらし、外から様子はうかがえないようになっている。幔幕の中は王のほかに、イカンシをはじめ、その他のお気に入りの側近や大臣に、屈強な護衛兵が数名控えている。

 エルゼヴァスを捕らえに行ったイカンシと入れ替わりに、妻である女王ヴァハルラとふたりの娘の王女アーリアとオラン、末っ子の王子カレルが護衛兵に付き添われてやってきて。王に戦勝の祝いを告げた。

 バゾイィーはご機嫌で家族を出迎え、ひと時の団欒だんらんをすごした。

 女王ヴァハルラはバゾイィーと同い年の三十四歳。最初の子供アーリアは十歳、次子オランは八歳、末っ子の王子カレルはまだ五歳であった。

 タールコを迎え撃ちに行った王が、勝利の凱旋をもって帰ってきたことで、妻子は大変喜んだものの。ドラゴン騎士団がタールコと通じ反逆を企てていたということも知り、非常に残念な思いも抱いていた。

(あれだけ、我が夫が信頼を寄せていたのに。それを裏切るなど。人はわからない)

 イカンシは「非常に信じられませんが」と涙ながらに、王と女王にこのことを訴えた。

 奮戦百勝すること、これすべて反逆のため。王よ、女王よ、思い起こしてくだされ、ドラヴリフトが今までどう王に接してきたか。

 と言われ、それまでのことを思い起こせば、なるほど、ドラヴリフトは何かにつけて、王に内政に専念することをうながしていた。この国で戦の出来る者は、ドラゴン騎士団のみと言わんがばかりに。またエルゼヴァスは魔女であったという報せが、心に二度目の杭を打ち込まれたような衝撃であった。

 ヴァハルラはエルゼヴァスとともに紅茶をたしなんだことがあるほどの仲だけに、内に秘められたおぞましさに全身凍る思いであった。とともに、報せをくれたイカンシに感謝すること尽きない。

 忠臣イカンシなくば、奸臣ドラヴリフトに国をのっとられていたところであった、と。無論三人の子供もそれを信じている。

 王とその家族は、国と我が身、我が家族の安堵に喜び、団欒に花咲かせていた。しばらくして、エルゼヴァスを捕らえにいったイカンシが城から帰ってきた。が、うかない顔をして、

「おそれながら、女王様とお子様たちには、お席払いを……」

 と言うので、女王と三人の子供は別の場所へ行かせて。イカンシの話をうかがうと、魔女は毒入りのワインを飲んで自害したという。

 エルゼヴァスの自害に驚いたイカンシであったが、毒入りワインが赤いのを幸い。

「ご覧下さいませ、この赤さ。おそらく毒とともに血も混ぜられているのでしょう」

 と、その瓶を差し出した。

 王が都に到着し、石畳敷き詰められた城下の公園広場には凱旋式のための演壇が着々と造られている。演壇といっても、もちろんただの演壇ではなく、小さな城が一つ出来上がったような大きさに高さ、広さ、壮麗さがあり。

 壮麗な演壇にて、威風も堂々と王は城を背景にして民衆に訴えかけるその姿は、まさに一国の元首としての威厳をよく表し。またそうすることで、権力によって力でねじ伏せるだけでなく、民衆に畏怖と畏敬を与える政治的な効果もあった。

 人々も戦勝の喜びを胸にいっぱいつめこんで、公園につめかけて。あとは、演壇の完成と国王バゾイィーがその演壇に上がって、威風も堂々と力強い演説をし、民衆を沸き立たせるのみ。

「して、エルゼヴァスのなきがらは、いかがいたした」

「はい、首を刎ねるということでしたので、なきがらながら、こちらの方に運びましてございます」

 なるほど、それで家族に席払いをさせたのか、と納得しながら、

「左様か。見せよ」

 という王の命令に応じて、白い布のかけられた担架が衛兵によって運び込まれる。



 王は、布を取るように命じると、それに応じて、衛兵は布をとれば、たしかに、そこに眠るはエルゼヴァスであった。

「む、エルゼヴァス……」

 瞳を閉じ、静かに永久とわの眠りについているエルゼヴァスを目にし。バゾイィーの心に、わずかばかりの、憐憫の情がわいた。

「魔女を娶ったために、ドラヴリフトは反逆を企てたのか。ドラヴリフトに嫁いだから、エルゼヴァスは魔女になったのか……」

 最初、なきがらといえど、その首刎ねて、戦神への供物にしようかと思っていたが。実際に目にして、その気が薄れてしまったようだった。これはいかん、と王の様子を察したイカンシは、

「魔女といえど、哀れに思われるそのご寛大さ。イカンシ感服のいたり。ただ、これより龍退治にゆかねばならぬことを思えば、そのご寛大さが仇となるやも知れませぬ」

「むっ……」

 イカンシの言い分はもっとものようではあるが、やはり死せる者をまた傷つけることには、抵抗を感じて仕方なかった。躊躇する王に、イカンシはたたみかける。

「それに、魔女でございます。死ぬも生きるも自在であれば、いかがなさいます。お情けをかけ手厚く葬ったところで、蘇って墓より出てこぬとも限りませぬ」

「そちの言うとおりだ。だが、やはり首を刎ねるのは、気が進まぬ。神父に命じ、悪魔祓いの儀式を執り行えば、それでよかろう」

「悪魔祓いの儀式……」

 拍子抜けしながらも、それを悟られぬよう平静を装い、王の言葉を繰り返すイカンシ。バゾイィーは、うむ、と頷く。

「ゴルドン神父に命じて、民衆の前でエルゼヴァスのなきがらから悪魔を祓わせよ」

 これ以上の説得は無理だと、イカンシは命令に服しゴルドン神父を呼びにいった。その間にも、演壇の設営は進む。その一方、王はエルゼヴァスを手厚く葬るため、都で一番大きな教会であるマーヴァーリュ教会の敷地内に立派な墓碑を立てることを他の側近や大臣に命じていた。いかに魔女であろうとマーヴァーリュ教会の敷地内に、家族とともに丁重に弔えば恨みはすまいと思ったが。もしこれをイカンシが聞けば、

「悪人はどのように親切にしても善人にならず。つけあがるだけでございます」

 と反対をしただろう。が、その反対をする者がいないので、簡単に決まった。

 やがて演壇の設営もすみ。ゴルドン神父もやってきた。王の家族はと言えば、女王はともかくさすがにまだ幼い子供に死体を見せたくないからと、今いるところで待つよう命じた。

 バゾイィーを先頭に神父その後ろに担架に担がれたエルゼヴァスのなきがら、瓶を持ったイカンシと続く。葬儀の件は、すでに王が決めたので、何とも言えなかった。

 演壇に王やゴルドン神父、エルゼヴァスのなきがらがあらわれて、周辺につめかけた民衆はにわかにざわつきだす。

 あれは、大龍公の奥さま、エルゼヴァス様ではないか、と。

 英雄に賢婦あり。その賢婦の変わり果てた姿に、民衆は驚き動揺を禁じえない。何事があったのであろう、と。それを察し、王は右手を挙げ、

「静粛に!」

 と声を大にして言えば、やはりそこは王であった、威厳を感じさせる底力のある声は民衆の耳朶に響き。ざわめきはいまは潜んで、水を打ったような静寂が辺りをつつみこんだ。



 民衆は王の言葉を心待ちにして、咳一つしない。

「民よ、聞け。国境を侵したるタールコの軍勢は、返り討ちにしてやった」

 どっ、とどよめきが起こり。安堵と歓喜がたちまちのうちに、城下に広がってゆく。だが、王は顔も気も緩めない。安堵と歓喜の一方で、人々は変わり果てた姿のエルゼヴァスが気になって仕方ない。

「これより、重大事を諸君に申し上げねばならぬ。これを聞けば諸君は我が耳を疑い、心は早鐘のように鳴り響くことであろう。だが、それでも言わねばならぬ王の辛さも察してくれい」

 と言うと、親衛隊兵士は担架を高く掲げる。そばのイカンシの持つ瓶の中は、血でも入っているのかやけに赤い。

「遺憾ながら、余がその強さドラゴンのごとしと全幅の信頼を寄せていた大龍公ドラヴリフトは、あろうことか反逆を企て、またその妻エルゼヴァスは黒魔術に染まり魔女となっていた」

 王の言ったとおり、信じられぬと民衆は耳を疑い驚きのあまり心は早鐘が鳴るように昂ぶりだし。静寂は一気に破られ、またざわめきが辺りをつつんだ。 

「その気持ち、余もよくわかる。余とて、その報せを初めて聞いたとき、信じられなかった。だが、悲しいかな、それは事実であった。事態の発覚に及び、エルゼヴァスは自ら毒を飲んで自害して果てた」

 さりげに、少し後ろに控えていたイカンシは民衆に見えるように瓶をかかげた。

「エルゼヴァスは、おぞましいことにその美しさを保つために、黒魔術に身を染め、若い娘をあやめ、その血を好んで浴び、また飲んでいたという」

 エルゼヴァスの天性の美貌は、都のみならずオンガルリ王国内でも評判であった。だが、なるほど四十にさしかかるというにその美しさ衰えぬは、黒魔術のためだったのか、と気の早い者は納得し。噂好きな者は意識するしないに関わらず話に尾ひれをつけて、隣からまた隣へと話を膨らましながら広めてゆく。

(エルゼヴァスはまこと美しい女であったが、美しくいてくれて、本当によかったわい)

 と、瓶をかかげながらイカンシはほくそ笑む。それを、ゴルドン神父はなんとなく察した。イカンシ殿は嬉しそうで、なにか様子が変だ、と。これは裏がありそうだ、と。

「魔女なればその生き死にも自在であろう。ゆえに、これよりマーヴァーリュ教会の筆頭神父である、ゴルドン神父によって、悪魔祓いの儀式を執り行う。さあ、神父よ、哀れな女より悪魔を祓いたまえ」

 とうながせば、ゴルドン神父はまず王に一礼をし。次に民衆に一礼をすれば、民衆はありがたやと厚く彼を敬いはじめて、ざわめきは潜んでゆく。

 ゴルドン神父は神の代理人として、王と並ぶ権威を認められ。また信仰により、民衆に心の安らぎを与えていた。だから民衆の人気は、ドラゴン騎士団とゴルドン神父とで二分していた。動のドラゴン騎士団に、静のゴルドン神父、とでも言おうか。

 ともあれ、静寂の中、ゴルドン神父は聖水をエルゼヴァスのなきがらにふりかけ、神の言葉を唱え、悪魔の追放および、エルゼヴァスの魂の安らかなることを祈った。祈りは唱える神の言葉が進むにつれ、余人の声出すことを厳と戒めるだけの厳粛な雰囲気をかもし出す。

 エルゼヴァスのなきがらは、静かに聖水のしずくと、祈りの言葉を受け止めていた。それを安堵した表情で眺めるバゾイィーに対し、しかめっつらで眺めるのはイカンシであった。

 やがて儀式は終わる。

 神父は王に儀式の終わることを告げると、静かに後ろに下がった。

「これにて悪魔は祓われた。さあ、次は我が剣をもって龍退治である」

 と言うと、帯剣を抜き放って、高々とかかげ。

「我が故国を守るのは、所詮王たる我のみ。神よ、守りたまえ」 

 バゾイィーの叫び。民衆は、さっきと打って変わり、どっと沸いた。

 ドラゴン騎士団が、まさか。と思わぬものがないでもない。しかし、ゴルドン神父立会いのもと、王がドラゴン騎士団を反逆者と宣言するのであれば、そうなのだろうと、多くの者が信じた。またその討伐を望んだ。

「ドラゴン騎士団に神の裁きを」

「もはやドラゴンは神の使いならず、悪魔の使いなり」

 と言うような叫びが、城下にこだました。イカンシはそれを心地よく聞き、ゴルドン神父はいたたましそうにエルゼヴァスのなきがらを見つめた。



 民衆の叫びは最高潮に達しようというとき、かねてからの打ち合わせ通り、都の各所に配置された親征軍の部隊が管楽軍鼓を天まで届けとばかりに轟かせて。またお受けの紋章である赤、白、緑の三色に彩られた王冠の紋章が描かれた旗が立ちならんだ。

 民衆のどよめきにまじり、王とともに都入りした将卒らもまた、

「ドラゴン騎士団に制裁を」

 と叫び。人々の叫びこだまして止むことを知らず。都は、ドラゴン騎士団討伐すべしという雰囲気一色に染まった。その中に、とくにバゾイィーがドラゴン騎士団に次ぐ精鋭ぞろいと期待を寄せる一団があった。彼らはイカンシが組織した新たな騎士団であり、彼らは王自らが率い。先ごろの戦いにおいても、王の指揮のもと善戦した。

 この一団には、まだ部隊名はなかった。

「諸君、ここで提案である。我がいとおしきこの勇敢な者たちに、フェニックス騎士団という新たな命を与えようではないか」

 賛同の拍手と声が、ひときわ高く轟いた。この瞬間、ドラゴンは勇敢さや忠誠の象徴から悪魔や反逆の象徴となり。フェニックス=不死鳥がそれに取って代わった。

 都の人々の興奮高まる最中、イカンシとエルゼヴァスのなきがら、ゴルドン神父は演壇を降り。入れ替わりに、女王ヴァハルラに王女アーリアにオラン、王子カレルが演壇に上がり、王とともに民衆の声に応えて手を振った。

「王家に栄えあれ」

「オンガルリ王国万歳!」

「勝利を、栄光を!」

 天空揺るがし城をもつつみこむかと思われるほどのどよめきは尽きることなく。賑わいも最高潮のうちに、バゾイィーやその家族は演壇を降りて。

 バゾイィーは馬上の人となり、王であり戦士でもある勇姿を民衆に見せ付け。フェニックス騎士団を率いて、都を出て威風も堂々と駒を進めて進軍するのであった。

 それからややしばらく、バゾイィーが進発してから教会にもどったゴルドン神父は、自分の執務室に急ぎ、ペンをとって羊皮紙に風雲急を告げることをしたためると。

「クネクトヴァ、これ、クネクトヴァ」

 と、弟子の少年を呼んだ。

「はい、何のご用でしょう」

 と呼ばれて来たるは、まだそばかすの目立つあどけない少年であった。彼は捨て子で、十四年前に教会の前で捨てられていたのを、教会のゴルドン神父一同哀れに思い、教会の管理する孤児院にて神弟子として育ててきた。

 茶色の髪に茶色の瞳の、ぱっと見愛らしい少年ではあるが。その瞳は、神の書を読むよりも、いたずらを好みそうな、どこか溌剌すぎる輝きを放っていた。そしてそのとおり、外に出ては餓鬼大将とつるんで喧嘩騒ぎを起こす腕白ぶりを発揮することが多く、教会の神父たちはクネクトヴァを持て余していた。

 が、筆頭神父のゴルドンだけは、なにがあろうと彼を突き放さず慈愛をもって接した。そのためか、他の神父の言うことは聞かずとも、ゴルドンの言うことだけはしっかりと聞いた。

 だから、最近になってようやく神の書を熟読し、外で喧嘩騒ぎを起こすこともなくなってきた。さらにいえば、つるんでいた餓鬼大将らも、クネクトヴァに触発されたか、神の教えに従い生活習慣を改めるようになって。

 周囲はこの変化に驚くことしきりで、さすが筆頭ゴルドン神父さまよと、その名声一段とあがった。が、ゴルドン神父にはそれはさほど大事ではなく。もっと大事なことがあると、真剣な眼差しでクネクトヴァを見つめた。

 その眼差しは優しく慈愛に満ち溢れていた。それとともに、悲しみにぬれているようでもあった。

(子羊を狼さまよう山野に解き放たねばならぬのか)

 しかし、使命をまっとうできそうなのは、彼、クネクトヴァしかいないようであった。

(ここは彼には狭い。もっと、広い世界にはばたくがよい)

 クネクトヴァは跪き、ゴルドンの言葉を待っている。それをいとおしげに見つめて、

「お前に頼みたいことがある。ただ、前もって言う、これは秘密である上に、ともすれば命を失う危険もある。それでも、引き受けてくれるか?」



「え?」

 クネクトヴァは、師とも親とも敬うゴルドン神父からそんな言葉を聞き。やや驚いているようだった。命を失う、とは。何事であろう。

「驚いたか。無理もない。だが、これはお前にしか頼めないのだ、だから言うのだ」

「それは……、私の腕白が過ぎているから、そう言うのですか?」

 クネクトヴァは何か思い違いをしているらしい。クネクトヴァなら、死んでもいいから、というような。ゴルドンは苦笑する。

「いやいや、それは違うよ。言葉の通りだ。お前を信じているから、言うのだ。それに、危険なのは私も同じ。そなたにだけ危ない橋を渡らせようというのではない」

 内心、やめておこうか、と思いはじめた。やはりまだ十四の少年にまかせるのは、荷が重過ぎるか。

「お引き受けします。なんなりと、ご用命ください!」

 クネクトヴァは、ゴルドンの目をじっと見つめて、言った。その言葉の一途さに、涙が出そうだった。が、感傷にひたっていることはできなかった。

「うむ、ちこう……」

 と決意して、手招きして、そばに来させると。さっきの羊皮紙を、そっと差し出した。

「これを、ドラゴン騎士団のドラヴリフト殿まで届けてほしい」

「ドラヴリフト様」

 クネクトヴァも、さっき城下でのことは知っている。ドラゴン騎士団は反逆を企て、ドラヴリフトの妻エルゼヴァスは魔女であった、と。にわかには信じられないことだった。

「悲しいかな。王は奸臣にたぶらかされ、国の行く末を誤られておる。こともあろうに、功績あるドラゴン騎士団が反逆者であるなど、なんでそんなことがあろう」

 もしドラヴリフトが反逆を起こすなら、英断の人物だ、とっくに起こしている。王からの寵愛に驕る(おごる)ことなく、一途に国に尽くしてきた彼らを、どうして信じ切れなかったのであろうか。

「私も疑問に思っていました。なぜ王はドラゴン騎士団を反逆者であるなどと」

「うむ。王は英雄願望が強いお方であった。最初ドラゴン騎士団を信じて、憧れていたのが、やがて嫉妬に変わり。そこを、心悪しき者に付け入られたのであろう」

「その心悪しき者とは……」

「イカンシじゃ。前々から王におべっかを使って、お気に入りとなったが。あやつは国を私物化する悪臣じゃ」

「でも……」

 少年は光る瞳をゴルドンに向け、まだ何か言いたそうにしている。よい、言うてみよ、とうながせば。

「都の多くの人々までが、それを簡単に信じるなんて」

「そうじゃな。悲しいかな、一人を騙すのは難しいが、大勢を騙すのはさほど難しいことではない。王がタールコを退けた歓喜の波に乗せて、ドラゴン騎士団は反逆者なりと決め付ければ。浮かれた人々の心は、簡単にそれを信じてしまう」

 言いながら、エルゼヴァスのなきがらを思い浮かべる。悪魔祓いの儀式を執り行いながら、彼女が哀れに思えて仕方なかった。袋小路に追いつめられ、武人の妻として潔く死を選んだのであろうが。功績あるがゆえに、死なねばならなかったのかと思うと、国のために戦うとは、何なのだろうと思わずにはいられなかった。



 そして、それを問答無用で押し通すことの出来る人の心の移り変わりの怖さも思った。

 なきがらはマーヴァーリュ教会が引き取り、手厚く弔うよう段取りが進められている。

「これには、大事なことが書かれてある。ドラゴン騎士団は、センナピクエト山を越えたクンリロガンハの地にて宿営しておるらしい。さあ、ことは急を要す。王が先かお前が先か。ゆくがよい」

「は、はい……」

 と言いつつ、やはり名残惜しいか、その動きはなんだかにぶい。それを見て、「おお、そうであった」と机の引き出しから、短剣を取り出し、手渡す。

 それは職人の手作りによる小奇麗な装飾がほどこされて、値が張りそうな代物であった。

それでいて、柄はもちろん鞘もとても握りやすい。手に、肌にじっくりとなじんで、まるで握っただけで短剣と一体になれるようだ。

 抜いてごらん、と言われ短剣を抜けば。きらりと輝く刃が、クネクトバの瞳を映し出す。

「これは……」 

 その短剣のかもし出す輝きに、えもいわれぬ雰囲気に、少年はやや気圧されているようだ。

「これは私がまだ若き頃、騎士であった時に用いた短剣だ。これをお守りにあげよう」

 手入れはされているが年季の入った短剣で、ずしりと、重みが少年の手にかかる。その重みが、ゴルドンのクネクトヴァに託す気持ちなのだと、思えてくる。

「クネクトヴァよ、そなたは内に大器を秘めておる。その大器を開くのは、教会では狭い。広い世界に出て、大きく羽ばたくがよい。それでこそ、神もお喜びになるであろうし、師匠としてお前を育てた甲斐があったというものだ」

「……。はい、いってきます!」

 意を決し、クネクトヴァは行った。

 羊皮紙の手紙を懐にしまい。用命を果たさんと、いざクンリロガンハと都を駆けた。が、

「あ、クネクトヴァ!」

 と呼び止める声。なんだと思って振り返れば、赤毛の少女。それは幼馴染のカトゥカであった。

「大事な用事があるんだ。あばよ!」

 と振り切ろうとするが、カトゥカは追いかけてくる。

「なんだよ、ついてくんなよ。大事な用があるって言ったろ」

「その大事な用ってなに?」

「言えるわけないだろう!」

「じゃ言わなくてもいいけど、あたし着いて行くもんね」

「ええー」

 もう、とやむなく立ち止まる。カトゥカはクネクトヴァの気など知らず、お気楽ににこにこしている。かと思えば、腰帯に短剣をさしているのに目をつけるや、

(あら、生意気に)

 といたずら心が湧いて、さっと素早い動きで短剣の柄を掴んで抜き放った。

「あ、こら!」

 しまった! とクネクトヴァはカトゥカに掴みかかろうとするが、さらりとかわされた。

「へへーんだ、悔しかったら取り返してごらん」

 短剣を手に、カトゥカは逃げ出し。クネクトヴァは顔を蒼白にして追いかけるが、追いつけない。

 カトゥカは幼馴染であるとともに、一緒につるんで遊んだ餓鬼大将のひとりでもあり、また教会管理の孤児院で暮らす孤児仲間であったが。今は成長して、ある商人のもとで住み込みの奉公をしていた。

 彼女もまたクネクトヴァとつるんで遊んだだけあって、男勝りなおてんばな性分で、喧嘩で男の子を泣かせたことも一度や二度ではなかった。

 が、短剣の柄の手触りが手に染み込むにつれて、かなり高貴なものであることがわかり、その高貴さが怖く感じられた。

(まさか、どこかの貴族から盗んだの? クネクトヴァって、そんな大胆なことを!)

 下手したら連座で自分も罪を問われる。冗談じゃない、と急に立ち止まるものだから、クネクトヴァはその背中にどかんと勢いよくぶつかってしまい、ふたりそろって転んでしまった。



 人々が呆れて見る中、きゃあきゃあとふたりは騒ぎながら立ち上がり。その直前、クネクトヴァはカトゥカから短剣を取り返し無事鞘におさめる。

「まったく、急いでいるのに、この盗人!」

「盗人はあんたでしょ。その短剣どうやって盗んだの」

「盗んだ? 人聞きの悪いことを言うな。これはゴルドン様からいただいたものだ!」

 と言いながら、しまった、余計なことを言っちゃった、と慌てて。「じゃあな!」と背中を向けて走り出そうとするが、咄嗟に手を掴む手。言うまでもないカトゥカだった。

「何があったの。教えて、教えて」

 と瞳を輝かせて興味津々だ。が、大事な秘密の用事を簡単に言えるわけがない。なにより、下手をすれば死ぬのだ。

「やめとけ、オレと関わると死んじゃうかもしれないぞ」

 と言うが、

「どうせ親もない身だし、奉公先でもいつクビになるかわかんないし、関係ないわよ」

 と素っ気ない。本気にしているのかどうかは別として。だが無駄に時間を食うわけにはいかない。仕方ない、と。

「急ぐんだ。行きながら話すよ」

 と駆け出せば、わかったわ、とカトゥカも着いてくる。道中話を聞き、それは大変! と突然何か使命感にとらわれてか、クネクトヴァとともにクンリロガンハを目指した。話をして、怖がって別れられればよかったのだが、なぜかそうはいかなかった。

 勇敢なのか鈍いのか。

 ともあれ、センナピクエト山を越えねばならない。

 主要道は、王自ら率いるフェニックス騎士団をはじめとする親征軍がいるので使えない。やむなく、裏道をつかって、山越えをせざるを得なかった。

 気がつけば夜の帳は落ちて、闇夜があたりを包んで視界が悪い。それでも、カトゥカとクネクトヴァは若さにものを言わせて目を凝らして、山の夜道を手探りでゆっくりゆっくりでも進んでいった。

 少年の手は、短剣の柄を握りしめていた。そうすると、闇夜も怖くなく、勇気が湧いた。 

 夜空は漆黒の闇に覆われて、月も星もない。

 が、目が闇夜になれるに従い、センナピクエト山の姿が影絵のように浮かび上がってくる。

 その太古の昔、勇者センナとピクエトがこの地で覇を競い合ったという伝説が残っている。

 今いるクンリロガンハの地は、ともにセンナとピクエトの故郷であった。勇者が同時に二人も出たわけだが。両雄並び立たず、同郷の勇者二人は、どちらが強いのか戦って決着をつけたいという欲求から逃れられず、激しく凌ぎを削りあった。

 それは故郷を二分し、同じ故郷で暮らしていた人々がわざわざ同郷の人から他者を見出して、センナとピクエトの側に立って、兵火をまじえて争いあった。

 その結果、土地は荒れて農作物は育たず。家も焼かれ人も住めなくなった。それでも人々は争い、ようやくピクエトが勝利をおさめたものの。心身ともに疲れ果て、また宿敵をなくして気が抜けたのか、センナのあとを追うようにして死んだ。

 争いがおわって、人々に残されたものは、廃墟となった故郷と、悲しみと憎しみ。

 やがて人々も、新たな糧を得るため廃墟を捨てて新天地を求めて旅立ったという。

 センナピクエト山はそのふたりが、まだ仲たがいする前によく武術の修練を積んだ地で、それを記念してふたりから名前を拝借したのだという。



 だが、辛気臭い話だ。いまいるところに、そんな伝説があるなんて気分のいいもんじゃない。

 コヴァクスはその辛気臭さを振り払うように、剣を素振りしていた。 

 平服のズボンにブーツ以外は身にまとわず、鍛えられた身体を夜の冷たい空気にさらし、汗をかく。

 いったい、いつまでここでじっとしていなければいけないのだ。

 王は何を考えているのか。

 脱落した者は、ここにとどまっている間に人をやって連れ戻していた。帰ってきたものは、ただ死ぬのではない、国のための尊い犠牲になるのだ、と自らに言い聞かせてそのわびしさを堪えていたという。

 その者たちの、安堵の笑顔をみて、申し訳ない気持ちと、理不尽に感じる王命に憤りを覚えていた。 

 周囲では、かがり火を焚いて騎士団の将卒らが輪になってカードゲームをしたり酒を酌み交わしながら暇を潰している。

 コヴァクスも一時はその輪の中にはいっていたのだが、そのうち剣の素振りをするようになった。

「やっておるな」

 と言うのは父のドラヴリフトであった。幕舎を出て様子見の見回りをしているようだ。

「や、父上」

 コヴァクスは剣を背中に回して跪く。夜の冷たいはずの空気が、父が現れたとたんに、温度が上がったように思われた。

「丁度よい。私も、剣を振いたいと思っていたところだ。コヴァクス、相手になるぞ」

「望むところ。いざ」

 ドラヴリフトは帯剣を抜き、コヴァクスも父の方に剣を構え。両者視線をまじえ、剣先も向け合う。

 大龍公と小龍公が稽古で剣を交えようとしているのを見て、周囲の者たちは遊びを中断し、ふたりに熱い視線をそそぎ。稽古のことが、騎士団の将卒たちにたちまちのうちに広がり。ニコレットはそれを聞きつけ、自身も剣を片手に駆けつければ、父と子は、激しく剣を交えていた。

 かがり火は暗夜からドラヴリフトとコヴァクスをすくい出すように照らしだし、握られる剣もまたかがり火の火に照らされて輝き。時折双剣まじわれば、暗夜の中で光る火花を散らす。

「やっているわね」

 とニコレットは微笑んで、勝負の行く末を見守るようなおとなしさは見せず。

「お兄さま、助太刀!」

 と叫んで、父と子の間に割って入り。ドラヴリフトと剣を交えだす。

「こら、オレと父上の試合に割り込むな」

 とコヴァクスは小言を言うが、ニコレットは、お兄さまのケチ、と言うだけで聞きやせず、構わず父に剣を繰り出す。

「よい。ふたりでかかって来るがよい」

 ドラヴリフトは娘のお転婆さが、いとおしく感じられるものの。甘やかさず、その剣技の鋭さは笑顔とは違い鋭い。剣光の閃き、兄と妹の剣の間を行き交い、翻弄する。

 コヴァクスに来た、と思えばニコレットにゆく、と思えば急に返してコヴァクスの剣を打つ。

 剣は真剣、一つ間違えば、命に関わる。が、父はふたりが成長し実戦に出てからこの真剣での稽古試合をとってきた。

 いついかなるときも、身も心も戦場にあると心得よ、それはすなわち、いついかなることで命を落すかもしれないから、それをしかと心がけよ、という父からの厳しい教えだった。

 コヴァクスとニコレットは、父からの教えを受け止めようとし、またせめて一撃でもと剣を繰り出すものの、ことごとく父の剣に弾かれる。剣と剣が触れるたびに、まるで自分の剣ではないような衝撃を受けていた。



 最初は楽しそうにしていたニコレットも、色違いの瞳をいからせ本気になってくる。額にはびっしりと汗をかいている。それはコヴァクスも同じだった。

 もし父がその気になれば、いともたやすくふたりは斬られてしまう。が、さすがにそこまではせず、危ないと思ったら寸止めする。これに対して、父が気遣いなく剣を振えるようにすることが、ふたりの子の課題であった。

 が、その課題達成まで修練はまだまだ必要そうである。

 ドラヴリフトの目が、夜であるのに、きらりと光ったのがはっきりとわかった、ような気がした。それとともに、父の剣、唸りを上げて風を切り。

「あッ!」

「う、おわッ!」

 とニコレットに続きコヴァクスが声をあげれば、ニコレットはややうずくまり気味に剣を落として左手で右手の手首を押さえ。コヴァクスは剣こそ落さなかったものの、両手で柄を握りしめ、石にでもなったかのように身動き一つしない、いや、出来ないようだった。

 強い衝撃が走っては首筋から背筋にかけてすさまじく駆け抜けたようだった。

「馬鹿者!」

 というドラヴリフトの怒号。

「王よりの沙汰を待つと見せて、怠惰を貪っていたようだな。我が跡を継ぐ者が、そのような体たらくでどうする。恥を知れ!」

 そんな、とコヴァクスは父をにらむ。怠惰を貪っていたなど言われるのは心外であった。鍛錬怠らずにいたのは、さっきまで素振りをしていたのを見れば明らかではないか。

 ニコレットは、じっとうつむいて父の言葉を聞いている。まるで平手打ちを受けたような気持ちだった。

「ソシエタス!」

 ドラヴリフトは他の将卒らとともに稽古を見学していたソシエタスの方を向くと、

「今夜一晩中、ふたりの稽古を監督せよ」

 と言うと、今度はふたりの子に向き直り。

「言ったとおりだ。怠惰の罪として、今夜寝ることは許さん。日の出まで、ふたりで稽古をせよ」

 背中を見せて自分の幕舎へと戻るドラヴリフト。ふたりの子、コヴァクスとニコレットは呆然と互いに目をやり、それから憮然とする。

「大龍公の言われたとおりです。さあ」

 ソシエタスは剣を拾い、ニコレットに差し出す。

 父からの命令は、王命に次ぐ重さ。ニコレット剣を受け取り鞘におさめると同時に、稽古用の刃引きの剣が手渡される。ソシエタスが配下に命じて用意させたものだ。

 いいとばっちりだと苦笑しながも、自身も同罪であるとの解釈をもってふたりの稽古を監督するソシエタス。

 闇夜の静寂の中、剣の交わる音響きわたり。時折光る火花散る。

 コヴァクスとニコレット、振う剣の重さに、将来背負うものの重さをも感じ取っていた。

 そのとき、センナピクエト山では、ドラゴン騎士団討伐のバゾイィー王率いる討伐軍、あるいはフェニックス騎士団が、闇夜の静寂に包まれてやすらかに眠っていた。

 その一方、カトゥカは松明で闇を切り開き、クネクトヴァは片手に短剣をもち、気を張りめぐらしおぼろな夜目を利かせながら手探りで、森の中の道を進んでいた。



 松明は途中の集落で譲ってもらったものだが、いつまでもつのか。おぼろげに闇よりすくい出される木々の向こうはまた闇で。進めど進めど、闇からは生い茂る木々に草花が闇から姿をおぼろげにあらわすばかり。

「きゃあ」

 とカトゥカが声をあげれば、

「うわ!」

 とクネクトヴァも声を大にして叫ぶ。木のくぼみが、人の顔に見えて、幽霊だ! と恐怖を感じたらしいが、その正体がわかると、

「なーんだ、ただの木かあ」

 とことさら馬鹿馬鹿しそうにつぶやくクネクトヴァ。

「木かあ、って怖がっていたくせに」

「先に声出したのはカトゥカだろ」

「あれは威嚇の声を出したの」

「うそつけ! きゃあ、が威嚇かよ」

「あたしの場合はそうなの。あんたはあんたで、うわ、って言ってたじゃない。あれほんとうに怖そうだったわよ」

「それは聞き間違いだ。うわ、じゃなくて、うお、って言ったんだ。盗賊かと思って、来るなら来いって気合を出したんだ」

「はいそれうそ! あんたも……」

 と言いあいになろうとするとき、風がふたりと森の木々をなで、風のささやきに応じて木々に草花のざわめきが闇夜に響いた。かと思えば、ほう、ほう、とふくろうが静かに鳴いたかと思えば、くうを弾くような羽ばたきの音をさせて、突然ふたりの頭上をかすめていって。

「わあ!」

 とふくろうの羽ばたきに弾かれるように、ふたりは遮二無二に駆けた。手をつなぎ。

 が、はっとして立ち止まると、たがいに目を合わせて。それから手をつないでいたことに気付き慌てて離して。

「ここどこ!」

 とそろって叫んだ。

 あろうことか、道から外れて森で迷子になってしまった。クンリロガンハへの道は知らぬでもない。ゴルドン神父とともに、郊外の町や村などの集落へ出向いたこともあるし。かつて腕白盛りのころ、よく冒険に出かけてはゴルドン神父を心配させていた。

 都ルカベストをから少し外れると山に入り、森に分け入ることになる。軍隊が通るような道は森の中でもよく整地されているが、そこから外れた裏道は細く昼でも暗い、でもだから、子供心をわくわくさせる冒険を与えてくれていた。

 クネクトヴァにとって、都から外は見るも聞くもなにもかもが初めてのように、いつも新鮮な気持ちにさせてくれる居場所のようなものだったし。心の中ではいつも、広い世界を夢見ていた。

 だから危急の遣いを託された。が、咄嗟のこととはいえ、それからも外れてしまった。

 うまくいけば、王より先に、クンリロガンハにいるドラゴン騎士団と合流できるはずだったのに。

「どうしよう」

 と途方に暮れた。

 周囲を見渡しても、森の中、闇の中。いま自分たちがどこにいるのか、皆目見当もつかない。動けない。

 そんなふたりをからかうように、そよ風がふたりの頬をなでた。

(あれ)

 カトゥカはふと、風上に向かって歩き出す。クネクトヴァは、どこにいくんだ、と呼び止めるが。

「いいから、着いてきて」

 と止まらない。かと思えば、松明が闇からすくい出す景色にふたりは、あ、と声をあげた。

「道だ!」

 突然足の感触が、しっかりしたものにかわった。松明をかざして、周囲を良く見渡す。森の中に、よく整地された道が走っている。それはクンリロガンハに通じる道だ。そこに、いる。

「やった、道に出れた!」

 第六感とでもいうか、そよぐ風がどこか力強く感じられた。それは障害となる木々の少なさを物語っているように、カトゥカには思えたのだった。

「えへん、感謝しなさいよね」

「えらそうにいうな」

 得意なカトゥカに、クネクトヴァはほっぺをぷっと膨らませて、ずんずん進む。もう、ケチ、と言いながらカトゥカも進む。いつでもすぐ隠れることができるように、道の端を歩きながら。

 しかし、疲れた。不眠不休だった。それだけ必死だった。

 だけど、王より先にドラゴン騎士団と会えそうだ。その期待を胸に秘め糧として、ふたりはひたすら歩いた。

 だが、しばらく歩いて、ふたりは石になったように動かなかった。



 オンガルリ王家の紋章の旗が、向こうに見えた。王の親征軍が、ここに駐屯していた。

「そんな」

 震える足をどうにかあやつり、森の茂みに隠れた。幸い見張りは居眠りをしていたので、ばれずにすんだ。

 クンリロガンハへの道は知っている、と思って得意になって歩いていたが、こんな深夜になっても森の中にいたのは初めてだった。そのせいか、道を誤まってしまったようだ。 

 知っているという慢心が、過ちに導いたようで。クネクトヴァは悔恨の念に駆られて頭をかかえる。だけどカトゥカは勇ましいもので、

「もうこうなったらしょうがないじゃない。森の中を歩いて、軍隊を追い越しましょうよ」

 と言う。

「もしばれたらどうするんだよ。オレばかりか、ゴルドン様も危ない目に」

「でも、ほかの道がわかるの」

「……」

 わからない。クネクトヴァは黙り込んだ。どうしようと、思案に暮れていると、

「誰だ、出て来い!」

 という声が聞こえた。とともに、おい居眠りするな、という叱咤の声も聞こえた。他の見張りに見つかっていたようだ。

 ままよ。

 と、弾かれるように、ふたりは森の中をひた走りに走った。

「曲者だ!」

 夜闇をつんざく警笛の音が響いた。それにともない、駐屯する軍隊がにわかににぎやかになってゆく。

 もうふたりは走った。走りに走った。

 どこをどうとかどこに向かうとか、考える余裕もなく。気がつけばカトゥカは松明を捨てて、真っ暗闇の中を、ふたり手をつないで、木にぶつかり草にあしをつかまれながら、走りまくっていた。

 そこには、

「死にたくない!」

 という、生々しいまでの生存本能だけがあった。

 光がふたりを追ってくる。それは死をもたらす死神の光のように感じられた。と思ったら、足の感触がしっかりした。森を抜けたようだ。でも真っ暗闇なのでわからない。光は執拗にふたりに迫ってくる。その光が、今いる場所を照らす。

 さっきの道だ。が、前にも後ろにも旗がない。光が動いて、道が照らし出される。ふたりは後先考えずに、光の指し示した道をひた走った。

 はるかうしろで、すばしっこいだの、馬を引け、だのと叫んでいるのが聞こえた。が、そんなもの意識するゆとりもなく、ただ走った。

 すると、前方で何か聞こえたような気がした。本能のなせる業が、とっさに足を止めて聞き入る。それは馬の蹄の音だった。

「おわった」

 とふたりは力が抜けて、その場にへたりこみ、死神の到来を待つのみ。馬の蹄の音は、近づいてきて、松明の明かりも見え出す。目を凝らしてみれば、騎士が三騎。一人は松明を持ち、一人は旗を持っている。声がする。遠くに来すぎてしまっただの、もうそろそろ引き返そうだの。

 でもどうでもいいやと、静かに来るのを待っていれば、

「人がいるぞ」

 という声。それから、蹄の音が早くなり、「おい」という呼びかけの声。無気力に顔を上げれば、

「あ、ああ!」

 と抜けた力が戻ってくるような気分だった。一人が持つ旗は、三本の牙の紋章、ドラゴン騎士団の龍牙旗だった。

「ど、ドラゴン騎士団の方ですか」

「そうだが、お前は、だれだ」

 嬉々とたずねるクネクトヴァとカトゥカに不審を抱きつつ、騎士団の騎士が問いかえせば。

「私はマーヴァーリュ教会のゴルドン筆頭神父様に仕えるクネクトヴァというものです。火急の報せがあり、ゴルドン様より言伝ことづてをあずかっています。是非、ドラヴリフト様に……」

 お目通りを、と言おうとしたが、安心しすぎたためか、へたりこんで何も言えなくなった。カトゥカも一緒だった。

「なに、ゴルドン筆頭神父からの言伝? これはただ事ではない」

 騎士は一騎ずつクネクトヴァとカトゥカを乗せると、本陣へと引き返していった。それはまるで風になったかのような速さで。クネクトヴァとカトゥカは、風に乗った気持ちで目を閉じていた。


 風に乗ることしばし。目を開ければ、陽は昇ろうとし。森を抜け騎馬は下り坂を駆け下る。やれやれ、遠くへ行き過ぎてしまったな、と自分に呆れる騎士の声が耳に入った。

 どうやらドラゴン騎士団の偵察隊らしかった。王の沙汰を待つ間も用心怠らず、偵察を四方に放ちいざというときに備えていた。が、この三騎は遠くに行き過ぎてしまったらしい。でもそのおかげで、クネクトヴァとカトゥカは助かった。

 追撃の手は来ない。ぎりぎりでまいたようだ。

 やがて、三騎は速度を落してゆっくりと進んでいく。ぱっかぱっかと蹄を鳴らしながら、クネクトヴァとカトゥカは、ゆりかごに揺られているような気分になって、激しい睡魔に襲われ抗うことが出来ず、そのまま寝入ってしまった。

 それからまた時間が経って、頬を軽くたたかれて目を覚ました。とろんととろけそうなまなこに写るのは、獅子のような威厳ある髭面の男性。これこそ誰であろう、ドラゴン騎士団団長ドラヴリフトであった。

 それに気づいて、弾かれるように起き上がって、慌てて跪いて、

「ゴルドン様より言伝が……」

 と震える声を出しながら差し出した。

 ふと、腰帯に差していた短剣がないことに気付いた。

 手紙を受け取り、じっくりと目をやるドラヴリフト。威圧感があり、クネクトヴァは一言も発することができず、短剣のことを聞くことが出来なかった。

(あっ)

 そういえば、カトゥカがいない。どうしたのだろうか。

 というより、今さらのように、そばにいるのはドラヴリフトだけではなく、騎士団の将卒ら数人いることを気付いた。そして自分は今、ドラゴン騎士団の陣営の中にいるのだ。よほど頭がぼけているようだ。

「……」 

 ドラヴリフトは手紙を目にしたまま、黙して語らず。手紙に書かれていることを読んで、どう思っているだろうか。と思うと、何も言わずに手紙を懐にしまこむと、それと入れ違いに短剣を差し出す。それはゴルドンからもらった短剣であった。

「あらためさせてもらった。確かにそなたは、ゴルドン筆頭神父に仕えるクネクトヴァだな」

 短剣を受け取りながら、「はい」と応えれば。

「ともにいた少女は、ニコレットに預けてある。案ずるな」

 ニコレット。ドラヴリフトの娘で、小龍公女、あるいは戦乙女と称せられる女将だ。それを聞いて、安堵のため息をついた。

「色々と問いただしたいことはあるが、ゴルドン筆頭神父の顔に免じて許してやろう。だが、感心せんことだ」

 何か勘違いされているようで、ちょっと、むっとした。が、まさか大龍公に刃向かえるわけもなく、ただ「はい」と返事をすることしかできなかった。

「それより、そなたたち見つかりはしなかったか」

 と言われて、心臓が胸から飛び出しそうだった。額から脂汗がにじみ出る。それを察し、ドラヴリフトは、

「見つかったようだな」

 と言う。将卒らは、見つかったとは何だ、と互いに隣人と目をあわす。

「召集をかけよ。全員集合だ!」 

 そう号令をかければ、電光石火の速さで将卒らは部隊内を駆け回り、大龍公のもとに集まれ、といってまわる。クネクトヴァはあっけにとられて成り行きを見守っている。

 やがて陣営の騎士たちは、コヴァクスにニコレットはいうにおよばず、騎士団幹部から下っ端までが、一箇所に整然とドラヴリフトの前に並び、点呼を取る。

 一万を超える人数である。たなびく数本の龍牙旗が、我らドラゴン騎士団なりと、無言の名乗りを上げて見る者を威圧する。

 クネクトヴァはよく訓練をされたドラゴン騎士団のその動きの冴えに、ただあっけにとられるしかなかった。号令一つで、これほどまでの人数がこんな動きをするのか、と。

 それが騎士団というものだが、クネクトヴァは初めて見るので、何もかもが驚きの連続だった。

 カトゥカといえば、ニコレットの隣にいるのを見て、ほっとする。

 点呼が終了すると、

「父上、ドラゴン騎士団全員集合いたしました」

 とコヴァクスが言うと、ドラヴリフトは、うむと頷く。

「皆の者、一大事が起こった。心して聞け」

 と叫ぶ。図太くもよく通る声で、獅子吼というに相応しいものだった。

 大龍公の獅子吼を受け、将卒たちは身構え続きを待てば。

「王が、我らを討伐に来られている。もう近くまで来ているであろう」

 その言葉を聞き、コヴァクスにニコレットはもちろん、ソシエタスや騎士団の者たちは聞き間違えたか、と思ってにわかには信じられなかった。ほとんどの者たちが、何を言うんだ、と戸惑いの表情を浮かべている。



 無理もない、とドラヴリフトは歯噛みをした。が、伝えねばならない。手紙を掲げて、

「マーヴァーリュ教会の筆頭神父、ゴルドン殿が弟子の少年に手紙を託し我らに伝えてくださることを、いま一度言う」

 と言う大龍公のその言葉に、周囲に緊張が走った。

「この手紙には、あろうことか、王はイカンシにたぶらかされ、我らドラゴン騎士団を反逆者とみなし、親征軍をもって討伐に向かわれている。手遅れにならぬうちに、逃げよ。としたためられている」

「王が?」

「私たちが反逆者ですって!」

 コヴァクスとニコレットは信じられないと思わず声をあげた。信じられないことで、どう反応してよいかわからない。そこへ、

「さらに、エルゼヴァスは魔女の嫌疑をかけられ。もはや逃れられぬと自害をしたという」

 と、さらに信じられないことがたたみかけられる。

 母が、自害? まさか。

「なきがらは、マーヴァーリュ教会にて手厚く葬られるということだが、王はそこに我らも加えようと考えておられるとも、したためられておる」

「馬鹿な!」

 コヴァクスが叫んだ。

「ゴルドン殿も、こんなときに下らぬ戯言をいう」

「口を慎め!」

「しかし」

「ゴルドン殿が、戯言を言うようなお方か」

「でもお父さま、そんなこと、いきなり言われても、信じられません」

 ニコレットは色違いの瞳を揺らして父に訴える。だが、父は無情にも

「これは事実だ。実際に、手紙を託されたこの少年は王の軍勢を見たという」

 と、クネクトヴァを指差した。

 クネクトヴァは、一万を超えるドラゴン騎士団に威圧され、金縛りにあってしまっている。それはニコレットのそばにいるカトゥカも同じだった。

 噂に聞き憧れもしたドラゴン騎士団であったが、今のこのただならぬ雰囲気に飲み込まれてしまった。

「では、我々はどうすればよいのでしょう」

 と言うのはソシエタスであった。王がドラゴン騎士団を討伐するという、それがいかに信じられなくても事実というなら、その対処はどうすればいいのだろか。刃を交えるのか。しかし、それでは反逆者であることをこちらから認めてしまいかねない。

 ならば、このまま討たれるというのか。

 騎士団に陰が覆う。

 死すはいとわず。いや、死ぬのが怖くないといえばうそになる。だが、なによりも怖いのは、わけもわからぬうちに反逆者にされて討たれるということだった。そこに何の意義があるというのだろう。

 意味も意義もなく死ぬのは、ドラゴン騎士団ならずとも、人間ならば一番の恐れとすることだった。だがそんな理不尽な死を押し付けられることは、この長い歴史の中で数え切れないくらいあることだ。

 人はそれを悲劇といって、涙を流す。

 それが己の身に降りかかったとき、南方エラシアのポリス(都市国家)郡に伝わる悲劇物語に感動するような気持ちになるだろうか。

 重い沈黙が立ち込める。こうしている間にも、王の軍勢は迫りつつあるのだ。

 ドラヴリフトの瞳が揺れる。いかなる強敵に出会うとも、太陽のごとく光り輝いていたその瞳は、勇姿は、今は影を潜めていた。

「コヴァクス、ニコレット、来なさい」

 と言うと、我が子を引き連れて、己の幕舎へとゆく。ふたりの子は、互いに目を合わせながら、父についてゆく。

 幕舎に入る。他の者はいない。

「お父さま……」

 ニコレットは、声が震えている。

「お母さまが自害なされたのは、まことでしょうか」

「まことだろう」

 色違いの瞳が揺れ、溢れる涙が頬をつたう。コヴァクスは奥歯を噛みしめ拳を強く握りしめている。

 うそなのか、ほんとうなのか。わけがわからなかった。

「まあ、落ち着け」

 という父の目にも、涙が浮かんでいた。苦楽をともにした妻の、突然の訃報。いかに大龍公ドラヴリフトといえど人の生き血をすすって生きているわけではなく、やはりひとりの人間であることを、その涙は物語っていた。



 ドラヴリフト涙を打ち払い。我が子コヴァクス、ニコレット呼び寄せて、

「父は死ぬであろう」

 と言った。

 王に討たれようというのだ。

 さらに言う。

「お前たちは、故郷へ帰れ。と言いたいが、これではそれもままなるまい。皆と力を合わせて国を出よ」

「父上、何を言われます」

「お父さまに見捨てられて、どうしてわたしたちだけがのうのうと生きながらえましょう」

「我ら年は若くとも、ドラゴン騎士団として、父上とともに死ぬ覚悟です」

 父とともに死出の旅と言う我が子らを、ドラヴリフトは鋭い眼差しで見据えると。

「お前たちに国を出よと言うのは、我わたくしのために言うのではない。おれが死なねば、世は奸臣のままにされてしまう」

 もしこのままおめおめと討たれれば、オンガルリ王国は奸臣の好きなままにされてしまう。

 大龍公ドラヴリフトは、わが命を賭けて王への忠誠を示すとともに、その死に様をもって、王をたぶらかした奸臣に痛恨の一撃を食らわせようというのか。

 では、残された者たちには、どうせよというのか。

「国を出て、春の到来を待つ冬の木々や草花のように風雪をしのび。機を見てオンガルリへ舞い戻り、奸臣を討ち王を立て、国をただせ」

 コヴァクスとニコレットは、目に涙をたたえて父を見つめるだけであった。

「まだわからぬか。奸臣のために王は道を誤り国を滅ぼし、愚君のそしりも免れまい。またこれまで、国のために、何人の者が死んだのか。お前たちのような数多あまたの若者もまた、国のために戦って死んだ。ここで我ら全てが死ねば、死んだ者たちの名誉もどうなる。未来永劫、愚君、反逆者の烙印をおされ罵られ続けられもよいのか。それを挽回するのは、生ける者しかおらぬ。またそれは若者に託すしかないのだ」

 その、遺志を託す若者のためにも、ドラヴリフトは命を捧げるという。

 そこまで言われて、コヴァクスもニコレットもなにも反論はできなかった。

 涙を呑んで、父の遺志を受け継ぎ一時の恥をしのぶ道を選んだ。

 ドラヴリフトは幕舎の奥にある執務用の机のそばに立っている龍牙旗を手にし、コヴァクスにそれを差し出す。

「これは、バゾイィー国王陛下が我らのために特別に仕立てられた旗だ。お前たちに託そう。これを旗印に、また勇気と忠誠の証しとし、志を完遂せよ」

 その龍牙旗は前線に出す他の龍牙旗と違い赤く、ドラゴン騎士団の象徴である龍の牙が銀糸によって刺繍され、赤地の旗の中で厳かな輝きを放っていた。

 ドラヴリフトはこれを傷つけまいと前線には出さず、つねに後方において護衛をつけて、あたかもそこに王がおわすがごとく守ってきた。

 いままで何度も目にしたものの、今こうして眺めていると、赤い龍牙旗の赤は、まるでいままで国のために戦って死んだ者たちの血で塗られたように赤く。銀の龍牙はその赤い血に浮かんでいるようだ。

 コヴァクスとニコレットは、自身の命もまたこの龍牙旗のように、オンガルリ王国はじまって以来の勇者たちの血の上に存在するのだと、そこはかと思わざるを得なかった。

 コヴァクスは鋭い眼差しを旗に向け、もの言わず受け取った。かたわらのニコレットは、旗を保管する長箱を素早く用意し蓋を開ければ。コヴァクスは丁寧に旗を竿に巻いて箱に入れた。



 そして親子三人幕舎を出、将卒らにドラヴリフトは己の意思を伝えた。大龍公の意思を聞き、騎士団は騒然となったのは言うまでもない。中には、

「もしそれが事実なら、そんな王に従う義理はない」

 とまで言う者もあった。しかしドラヴリフトは、

「なら貴様一人でそうせよ」

 と言って突き放した。

 動揺は隠し切れず、騎士団を包み込んでいた。国を出るといっても、どこへゆこうと言うのだ。ソシエタスも、知恵を絞りこれからのことを懸命に考えているようだ。

 クネクトヴァもカトゥカも、無言で成り行きに任せるしかなかった。年少の自分たちに、何が出来るというのだろう。

「一旦は国を出、よい場所を見つけ、騎士団をもって集落をつくり新天地を開拓してゆくがよい。必要ならば、タールコ以外の国に傭兵として雇われてもよい。無論、騎士としての誇りは捨てぬうえで」

 とドラヴリフトは言ったが、動揺はおさまらない。妻や子をもつものもいる。これまでの生活を捨てるなど、はいそうですか、とできる相談ではなかった。ドラゴン騎士団にいるからこそ、名誉も与えられ、それとともに安定した生活も保障されてきたのだ。だからこそ、命を賭けて戦えた。

 人は夢や理想だけで生きることは出来ない。いや、夢や理想をみなもととし、現実の生活を築き上げてゆく。そのせっかく築き上げてきた現実の生活がいま、音を立てて崩れ去ろうとしている。

 騎士団の動揺を見て取ったドラヴリフトは、やはり、と言いたげにすこしため息をついた。毀誉褒貶きよほうへんは世の常とはいえ、いざそれが自身に迫ったとき、人はどうなるか。

 そのときだった。 

 天よりいかずち(雷)響くような軍楽の音が鳴り響いたかと思うと、天まで届けと言わんがばかりな雄叫びと馬蹄の音が、地とくうを揺らした。

 それはバゾイィー率いる親征軍だった。 



 それまでタールコに向けられていた刃は、まさにいまドラゴン騎士団に向けられたのだ。不審者の発見の報告を聞いたバゾイィーは進軍速度をはやめたのであったが、まさか王よりの沙汰が討伐と知らなかったドラゴン騎士団は、クネクトヴァに託された手紙に書かれた旨が真実であったことによりひどい衝撃に襲われてしまい、その対応も遅れた。

「それ、反逆者どもを討ち取れ!」

 と馬上剣を采配にして配下の軍勢を叱咤する。ことに、直属の親衛隊、フェニックス騎士団は王を守りながら、龍牙旗めがけて突撃をしかける。進軍中に、急ごしらえではあるが、白地に金糸で刺繍されたフェニックスの旗がひるがえり、龍牙旗を押し倒す勢いで向かってきている。

 王もさるもの、不審者の報告を聞き進軍速度を速めたことにおいて、ドラゴン騎士団の不意を突けたこと用兵の心得十分にあることを実証した。

 これはドラヴリフトから学んだものであったが……。

「王が我らを討つというのは、まことであったのか」

「なぜ、我々が討たれる?」

 ただでさえ動揺していた騎士団の将卒らは、ここにきて完全に精神の破綻をきたしてしまい、おろおろする間に親征軍にフェニックス騎士団は、ドラゴン騎士団と激突し。またたく間に剣戟の響き野獣にも似たの咆哮が響きわたり、流血が地を染め上げてゆく。

 五万の軍勢である。いかにドラゴン騎士団といえど、不意をつかれたことにくわえ数の不利もあり、たてつづけに討たれてゆき、屍を地に横たえてゆく。

「私から離れないで!」

 咄嗟にニコレットはカトゥカの手を掴み、愛馬向かって駆け出し。コヴァクスは反射的に剣を抜き、反撃に出ようとした。しかし、

「刃向かうな!」

 という大龍公ドラヴリフトの怒号。

「刃向かいせず、逃げよ」

 ひたすらそればかり繰り返す。ふいに、ソシエタスが視界に入る。大龍公の言葉をよく聞き、剣を抜き馬上の騎士と渡り合ってはいるが防戦一方で相手を傷つけようとしない。が、ドラヴリフトの視線を感じてその方に振り向けば。

「ソシエタス、子供たちを頼む!」

 頷くソシエタスは、相手の騎士の足をつかんで引き摺り下ろし、

「ごめん」

 と相手の顔面に蹴りを入れ気絶させる。それを尻目に、まずコヴァクスのもとに向かった。

 コヴァクスは三騎の騎士に囲まれ、馬上からの攻めをかわしたり受け流したりしていた。そばにはクネクトヴァがいる。腰が抜けて動けなさそうなのを、コヴァクスは必死にかばっていた。

 これにソシエタスが助太刀に入れば、「許せ」とまず一頭の馬脚を斬ってたおし。わっと悲鳴を上げて騎士が転び落ちる。その間にコヴァクスはさっきのソシエタスのようにひとり騎士の足をつかんで引き摺り下ろして、顔面に蹴りを入れた。

 残る一騎は、小癪なと叫びながら鋭い斬撃を繰り出すも、コヴァクス難なくかわしざま、剣を持つ手を掴んで引き摺り下ろし。仰向けに倒れたその腹を思いっきり踏みつけ悶絶させる。

 その気になれば斬れるのだが、そこまではせず、せいぜい骨折で済むよう苦心しながらの手加減した抵抗は、思った以上に神経を遣い、相手を討ち取る以上にしんどいものだった。



 クネクトヴァは、あわわ、と身動きできないものの。

「カトゥカは」

 と首を右に左に振って赤毛の少女の姿を捜せば、白馬を駆るニコレットの背中にしがみついているのが目に入った。そのカトゥカの背中には、長箱がくくりつけられている。赤い龍牙旗の長箱だ。さすがに長箱をもって馬を駆り混戦を抜け出すのは容易ではないので、カトゥカに託した、というわけだ。

 その白馬を駆るニコレットは、ほかに二頭引き連れていた。兄とソシエタスの愛馬だ。

「お兄さま、ソシエタス!」

 と叫び馬に乗れとうながせば、コヴァクス素早く駆け出し馬に飛び乗る。ソシエタスはクネクトヴァをかついで駆けて、馬に飛び乗った。

「ゆけ!」

 父は叫んだ。ふたりの子は名残惜しそうに、動きが鈍る。そこへソシエタスが、剣の横っ面でそれぞれの馬の尻をたたく。

 馬はいななきをあげて、駆け出し。

「小龍公と小龍公女に続け!」

 とソシエタスはわめきちらしながら、ふたりの後を追った。

(あとを、たのむぞ!)

 遠ざかる子らを見送りつつ、ドラヴリフトは心で叫んだ。

 その間にも、攻め手はひっきりなしに向かってきて、剣や槍をかわしながら相手を無手で投げ飛ばし、けっして剣で斬ろうとはしなかった。

「なんたる男よ」

 フェニックス騎士団の鉄壁の守りに囲まれながら、かつてドラゴンのごとしと賞賛したドラヴリフトに、王は心を射抜かれる思いであった。

 圧倒的多数の王の軍勢に襲われながらも、無手で抗い、決して相手をあやめない。

 だが、さすがに無傷というわけにはいかず、無手で抗うごとに傷ついてゆく。傷つきながらも、

「王よ」

 と、ドラヴリフトは叫んだ。

「我らは反逆者にあらず。誰かは知らぬが、奸臣の言葉に踊らされたもうな」

 叫び声とともに、血も吐いた。言葉通り、血を吐く思いでドラヴリフトは王に訴えていた。

「我が命を所望されるならば、喜んで捧げよう。されど、若者たちは、どうか」

「たわごとを抜かすな!」

 ドラヴリフトの叫びを遮断するイカンシの叫び。壊滅状態のドラゴン騎士団の龍牙旗は地に捨て置かれ、土と泥と血にまみれていた。さらにそれを踏みしだきながら、王の軍勢はドラゴン騎士団の騎士たちを討ち取ってゆき。

 ドラヴリフトに群がった。

 これがイカンシの指示なのは言うまでもなかった。

「ドラブリフトを討ち取った者は、ドラゴン・スレイヤー(龍退治の英雄)の称号を与えるぞ!」

 イカンシは周囲にわめきちらした。騎士に称号を与えることは、王が決めることなのだが、少しでも早くドラヴリフトを討ちたい焦りから独断専行で、称号を叩き売りだした。

 もっとも、肝心の王はドラヴリフトの迫力に圧倒されてそのことに気付かず、呆然としていたのでイカンシを叱り飛ばせなかった。

 またこれをいいことに、野心溢れる騎士たちは雄叫びあげてドラヴリフトに群がり。その、王への訴えは掻き消されてしまった。

 称号を与えられるということは、名誉は無論のこと、将来の保障ともなるからだ。



 無数の剣と槍がドラヴリフト一人に繰り出される。それをかわしていたドラヴリフトだったが、もはや命運尽きたと観念し、動きを止めた。とともに、巨躯をつらぬく剣、槍。

 天を見上げ、がっと吐血し。血涙を頬にしたたらせた。

(エルゼヴァス、いまゆくぞ)

 エルゼヴァスはドラヴリフトにとって、四十五年の人生の中で、我が身に華を飾ってくれた、唯一の愛する女性であった。だがその彼女は、先に天国へ逝ってしまった。

 祝言の際、願わくば死するときは同年同月同日を望まんと、神に祈ったのだが。祈りはかなわなかった。いや、祈りは妬みの心によって折られた、とでも言おうか。

 天国のエルゼヴァスが見えるのか、ドラヴリフトは天を仰いだまま、巨躯に剣と槍をつらぬかせたまま、身動きひとつしなかった。

 ドラヴリフトは、仁王立ちのまま、息絶えていた。

 これには、誰しもが息を呑み、思わず後ずさってドラヴリフトを遠巻きに見つめた。さすが大龍公よ、という声も聞こえた。

 そこから、ひとり馬を降りて抜け出した男は、剣を閃かせ何のためらいもなくドラヴリフトの首を剣で刎ねた。

 ようやくその巨躯は崩れ落ちるようにたおれ、地に横たわった。そばでは、男がドラヴリフトの首をかかげ、王やイカンシに見せつけ。 

「フェニックス騎士団の騎士にしてドラゴンスレイヤーのカン二バルカ、逆賊ドラヴリフトを討ち取った!」

 と誇らしげに宣言した。

 王は、こくりと頷いた。

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