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第一章

 オンガルリ歴三百十六年の秋のある日。

 オンロニナ平原。 

 オンガルリ王国において最強の誉れ高きドラゴン騎士団一万五千は、南方の王国タールコの軍勢と対峙し。ドラゴン騎士団を率いる大龍公・ドラヴリフトは威風も堂々と先頭に立ち、騎士に呼びかけた。

「王国の命運、この一戦にあり。おのおの命を賭けて、わが王のため、悠久の大儀と名誉のために戦おうではないか」

 裂帛の気合をこめた叫びは、騎士たちの肝っ玉を強く打ち、

「応」

 と大地が揺れるような掛け声、天まで届くかとばかりに響きわたった。

 ドラゴン騎士団を率いるオンガルリ王国の貴族でもあり、大龍公と称されるドラヴリフト、このとき四十五歳の男盛り。顎は獅子のような髭で覆われ、黒い瞳はひときわ輝き、掲げる剣に鉄甲の鎧兜からは銀波があふれ、騎士団の騎士ひとりひとりを包み込むような威厳があった。

 十六歳での初陣より常に陣頭に立ち、幾多の戦場を駆け巡ってはは華々しい戦功を立て。その勇敢さから国王バゾイィーより、

「その強さはまさにドラゴンのごとし」

 と、大龍公の称号をたまわり。また彼の率いる騎士団=軍隊は、ドラゴン騎士団とよばれるようになり。周辺諸国からの侵略をいくたびとなく退けた。

 このたびの戦いも、ドラヴリフト率いるドラゴン騎士団の栄光に磨きをかけるものと、オンガルリ王国の誰しもが疑わなかった。

 またドラヴリフトに二人の子あり。

 ひとりは長子コヴァクス二十歳。いまだその面影に父と同じ鋭くも黒く輝く瞳をそなえ、いまだ幼さを残すも、大龍公の子息として小龍公と呼ばれるだけあり、父譲りの勇敢さを備え。馬上、その鎧姿も凛々しく、将来を期待される青年将校であった。

 またひとり、次子は女であった。名はニコレットといい、母親エルゼヴァス譲りの美しい金髪は今は兜の中に納まるも、敵軍鋭く見据える瞳の色は、左は父譲りの黒にして右は母譲りの碧眼という、左右異なる色の瞳の持ち主だった。花も恥らう十八の乙女の身ながらこれも父譲りの勇敢さを備えて戦場を駆け巡り、兄に続き小龍公女、あるいは龍の生みし戦乙女と呼ばれていた。


 

 中央にドラヴリフト率いる五千、その右翼にコヴァクス率いる五千、左翼にニコレット率いる五千。三列の陣列を組み、騎士歩兵ともに身を包む鉄甲、太陽の光受けて輝き、鼓動打つようにきらきらときらめき、タールコの軍勢向かい足並みをそろえて前進していた。

 風にはためく、ドラゴン騎士団旗。三本のドラゴンの牙の描かれた龍牙旗は、敵には恐怖をあたえ、味方には勇気を与えた。

 龍牙旗たなびく様を見て、タールコの軍勢の中には早くも怖気づいた者があったが。タールコの将、ヨムハドは我が軍勢三万であることを、声高に叫び。

「おそれるな。今日こそいまいましきドラゴンの牙をへし折ってやれ」

 と大喝し、中軍に位置する戦車(馬車)隊にあり、華麗な装飾を施された戦車の上、槍を振い自軍を鼓舞していた。

 その装いは白布を頭に巻き、その上に半円の鉄の帽子を被り、頭上には赤く染められた鷲の羽が立てられていた。身にまとう鎖帷子くさりかたびらの上には、胸に鷲の紋章を描いた袈裟が首からかけられて、明らかにドラゴン騎士団と違う装備であった。

 他の将卒も、それぞれ同じ装いをもって戦場にのぞんでいた。

 オンガルリとタールコの因縁は深く、双方の国が建国されて以来、双方土地を奪い合い、その戦い、いつ果てるとも知れず。オンガルリとタールコ双方の国において、宿敵国を攻め滅ぼした者こそが、真の英雄となれる、と周辺諸国の人々でさえささやくほどであった。

 もともとオンガルリとタールコ周辺地域は、西にも東にも、果てしなく大地の続く大陸の中継地点に位置し。人の行き来も多く、民族の融合や分裂、さらにそれが国家となってからもまた融合と分裂を繰り返した、戦乱の土地であった。

 さらに、国境一つすぎれば、文化も宗教も生活習慣も違う『異世界』が広がる。いわば文化圏の玄関口でもあった。

 かつて西方にも、、東方にも、大帝国が興り。タールコは東方の帝国に支配され、オンガルリは西方の帝国に支配されて、それぞれ先鋒として刃を交えていた歴史があった。だが東西の大帝国が滅びて各国が独立し、集合離散を繰り返す群雄割拠の様相を呈している今においても、それぞれがそれぞれを一番の宿敵と見定め、戦争を繰り返している。



 水と油が混ざり合おうとしながらも、混ざり合えずに分れるかのように。それはまるで、水と油が同じうつわに入れられて、揺れて双方泡立つように。

 そのうつわを揺らすは何か。人々は気付きながらも、気付かぬようでもあり。

 同じことがあるとすれば、両軍とも肌の色髪の色瞳の色も様々な人々によって編成されているということであり。どちらかにしかない、というものはなかった。

 人は、水と油のように分かれない。小龍公女ニコレットの両眼が、それを物語っていた。



 軍鼓管楽風を揺らし、双方の軍靴に騎馬の蹄、兵卒の掛け声、地を、天を揺らし。戦いの緊張感は、心の昂ぶりとともに高まってゆく。

 太陽は中天にのぼり、下界を見下ろす。

 それを隠すように、双方より無数の矢が飛び空を覆い。双方盾を上に掲げて矢の雨をしのぐも、運の悪い者が射抜かれて、たおれ伏した。

 やがて互いの目と鼻のかたちや肌の色がはっきりとわかるほどに両軍勢は近づき。

 ドラヴリフト、ヨハムド両将の、

「かかれ」

 という号令のもと、激突した。

 双方天地を揺るがす怒号を轟かせ、騎馬・戦車が駆けあい、歩卒が走り、剣がひらめき、槍は風をつらぬき。

 草千里を走るような緑広がるオンロニナ草原は、たちまちのうちに人馬の屍たおれ草花は血に染まっていった。

 大龍公ドラヴリフトにその子ら、小龍公コヴァクスに小龍公女ニコレットも剣を振い、おのおの力の限り戦い敵陣深く切り込んでゆき、ドラゴン騎士団の騎士たちも遅れをとるなと、勢いを増してつづく。

 ことに若きコヴァクスとニコレットの血気は盛んなもので、敵を一騎、また一騎と討ち果たしては愛馬を激しく奔らせ(はしらせ)、数の不利もなんのとタールコの軍勢を突き崩してゆく。

 コヴァクスがゆけば、それは疾風怒涛となって戦場を駆け巡り、敵兵ことごとく古木となってたおれて。ニコレットがゆけばその優雅な剣さばき、剣光のもと血風かわって戦場に赤い薔薇が咲き乱れるかのよう。

 龍牙旗も同じく戦場を駆け、我が身に吹き付ける風を糧として堂々とたたずみ、敵を威圧し。

 数の上では有利なタールコは、徐々に押されていた。 



「数は我が軍が多いのだぞ。取り囲んで、握りつぶしてやれ」

 ヨハムドは槍を振い、自軍を叱咤し怒涛のようにおしよせるドラゴン騎士団とぶつかりあった。さすが彼も、タールコの軍勢の全権をまかされる将だけあり、戦車揺れるをものともせず両脚をふんばり、槍で敵騎を薙ぎ倒し、あるいは突き殺し。

 一丸となるドラゴン騎士団の一角を突き崩そうと奮戦し。ヨハムドに随うタールコの諸将も、三万の軍勢がドラゴン騎士団の気風に圧されぬよう声を張り上げ将卒らを叱咤していた。

 が、オンガルリ王国最強をうたわれるドラゴン騎士団は強く、得物を使うに上手く馬を乗りこなすに軽やか。いかに戦車から槍を繰り出し、車輪の刃で攻め立てようとも、攻めをするりと馬とともにかわし隙を見て剣を、槍を繰り出し御者を、戦車の勇士を討ってゆく。そのそばには、必ず龍牙旗があった。

 二倍の兵力差にもかかららず、タールコの軍勢は後退をしないのがやっとの状況で、ここから敵を押し前進をするのは困難に思われた。

「おのれ。ドラヴリフトめが」

 ヨハムドは忌々しくうめいた。

 大龍公ドラヴリフトの名が轟く前まで、タールコとオンガルリは互角であった、それが、ドラヴリフト以下ドラゴン騎士団が現れてからというもの、タールコは徐々に圧されはじめ。領土もドラヴリフトの初陣のころよりだいぶ削り取られ、奪われた城は大小あわせ十五にのぼる。

 国王バゾイィーなど怖れずとも、ドラヴリフトの名を聞けば、泣く子も黙る、といわれるほどその勇名とどまることを知らず。また戦果も勇名の轟きにあわせとどまることを知らなかった。

「どうするべきか」

 と、悩みあぐねているとき、左翼のニコレットの軍勢の勢いが急に衰えたかと思えば、左翼の龍牙旗は、突如として後退してゆく。

「むっ」

 小龍公女ニコレットの勇名も、父と同様に轟き、誰しもが龍の生みし戦乙女と怖れていたが。

「やはり、所詮は小娘ということか」

 と、ヨハムドは槍を采配に左翼を指し、

「それ、小娘が崩れた。そこから突破しろ」

 と号令をかけた。

 ニコレット率いる左翼の軍勢は厚みがなくなり、後退してゆき。ついには、背中を見せて走り出す。

 ついにドラゴン騎士団の一角を崩せたと、そこから中軍右翼と突き崩してやる、とヨハムドは意気込み、全軍をもってニコレットを追わせた。

 が、当の小龍公女ニコレット、

「そうよ、ついてらっしゃい」

 と怖れるどころか、笑って敵を誘っている風であった。

 この戦いでタールコ第一の勇士の誉れを手に入れたいヨハムドは、血相変えて、

「追え」

 を繰り返し、馬を鞭打つ御者を鞭打ち、自らの戦車を敵味方の別なく跳ね飛ばしながら、速度を上げさせた。

 そのため、タールコ軍の陣形は一丸となったものから、触手をのばすようにニコレットを追いはじめ、やがて細長いものになってゆく。



 ヨハムドの鼻息は荒く、ニコレットの背中は常に視界にとらえられ。タールコ第一の勇士の誉れを、あと少しで掴み取れそうであった。

 後退する左翼を追うヨハムドを見て、小龍公コヴァクス、うんとうなずき、

「馬鹿め!」

 と一喝すれば、「我に続け」と馬を駆けさせ右翼を率い、雑魚を捨て急速にヨハムドの背後に回りこもうとする。そこへ、父ドラヴリフトの中軍も加わろうとする。

 ニコレットを追うことに夢中だったヨハムドは、背後の気配怪しきを察し後ろを振り向けば。龍牙旗が背後より我を追いかけてくる。自分を先頭に細長くなった陣形は厚みがなくなり、脇の甘さを相手に見せつける格好となった。

 そこで、

「しまった」

 と気付いたが、遅いようであった。

 細長くなった陣形はコヴァクスとドラブリフトの軍勢によって分断され、各個撃破されてゆく。

 ニコレットはおとりでわざと後退し、ヨハムドの気を引いたのであった。それに気付かず、陣形の崩れを意に介することなく、左翼引きゆくを好機と追ったのはまさに罠であり。好機は己になく、ドラゴン騎士団の方にこそあったのだった。

「お、おのれ」

 とうめくも、細長くなった後続はちりぢりになっては踏みしだかれ。蜘蛛の子を散らすように、兵卒らは逃げ惑っていた。

「雑魚はかまわず、大将ヨハムドを狙え」

 と、散らばるタールコ軍を掻き分けながら、こちらに迫りつつあるは、泣く子も黙る大龍公ドラヴリフト。

 勇敢な者は、一矢報いんと立ち向かうも、それことごとく剣風の前の塵のように斬り払われてゆく。



「将軍、ここはお逃げください」

 とそばの戦車の近習の進言を、忌々しそうに奥歯を噛みしめヨハムドは聞いていたが。もうそれしかないようで、

「退却」

 と号令を下すと、一目散に戦車を走らせた。それを、血気盛んなコヴァクスが追いかけ、次子ニコレットも馬首を反し、自軍をひきつれヨハムドの戦車を追った。

 大将が逃げ出せば、もうあとはもろいものだった。兵卒らは我先にと駆けて。戦車が横並びに逃げるその様は、まるで戦車競争の様相を呈していた。

 それでも勇敢なタールコの勇士が三名、ドラヴリフトの前に立ちはだかり、行く手をさえぎろうとする。

「己が命と引き換えにしても、我が軍の将を逃がそうとするか。討つには惜しい勇士ではある」

 ドラヴリフトは嘆息するも、彼らが降伏をしないことは知っている。むしろ、死に花を咲かせてやることこそが、その勇気に報いることだと、自ら剣を振い、しんがりに立ったタールコの勇士と刃をまじえた。側近たちは大将を一人で戦わせまいとこれに続こうとするが、

「手出し無用!」

 と叫んだ。このときのドラヴリフトは、ドラゴン騎士団を率いる大龍公であるとともに、彼もまた一人の勇士として、戦っていた。



 タールコの勇士は三名、こっちは一人。値打ちのつりあいは、取れている。

 剣光閃々、火花散り。タールコの勇士、勇将の誉れ高きドラヴリフトと刃をまじえる名誉をさずかり、その心昂ぶり、瞳は輝いてゆき。ひとり討たれればまたひとり討たれ、最後のひとりも、剣のひらめくとともに、名誉の戦死を遂げた。

 その間にコヴァクスとニコレットは右翼、中軍、左翼の軍勢をうまくまとめ、背中を見せ逃げ出すタールコ軍を飲み込むかの勢いで、ヨハムドを追っていた。

 戦局は決した。

 が、決して追撃の手は緩めない。疾風怒濤、顔を真っ青にして生きた心地もないヨハムドの背中は、徐々に迫りつつあった。

(こんなことなら、王や大臣の言うことを聞くのであった)

 と、おそい後悔に胸を掻き乱されていた。タールコの大臣、ラッリアンはオンガルリへ攻め込むに際し、無理をするなと何度も言っていた。

 兄であるタールコの王もまた、ヨハムドにそう助言していた。

 そなたはドラヴリフト率いるドラゴン騎士団と当たるのは初めてだが、彼らは強く、決してあなどってはいけない、と。

 美しい黒髪に、鼻の高い秀麗な顔立ちをし、強靭であるとともに鍛え抜かれた肉体は性別を超える美を誇り、その美しさ神の如しと言われることから、『神美王』と呼ばれるタールコ王、ドラグセルクセスには、胸に策を秘めているようで。その策のために、ヨハムドに兵を預けドラゴン騎士団に当たらせた。その策が何か、ヨハムドは聞かされてはいなかった。が、さすがに王に対して言ってくれというのは気後れして言えなかった。

 が、それよりも、武人としてドラゴン騎士団と戦える喜びが勝った。

 その喜びは、今はどこかへ吹き飛ばされていた。

 ヨハムドはたしかに勇敢な将軍であるが、功名心が強く。ドラゴン騎士団の強さは危機というよりも好機とうつって、常に王に対しドラゴン騎士団と戦わせてほしいと要請していた。それだけに、出兵の許可が降りたときは天にも昇る気持ちであったのが、今は、どうだ。

 今さらながら、どうして王が自分を今までドラゴン騎士団と当たらせず、他方への進出にばかりいかせていたのか、やっとわかった気がした。

 ふと後ろを振り向いた。

 白馬を駆るヘテロクロミア(虹彩異色症)の少女、戦乙女の小龍公女ニコレット。

 兄コヴァクスも、負けじと続く。

 この戦いで、敵を完膚なきまでに叩きのめせば、以後あるであろう、和平交渉を有利に進められる。そのためには、最低限ヨハムドの首を獲る必要があった。だから、コヴァクスとニコレットは必死だった。

 が、勢いに任せて突き進みすぎるきらいがあり、

「我らが小龍公女を、命にかえてもお守りせよ」

 と副官、ソシエタス三十二歳は部下を叱咤しニコレットを孤立させまいとその周りを囲み鉄壁の守りをなす。兄コヴァクスの方は、副官が追いつかずどんどんと突っ走ってゆく。無論これを阻む者はあったが、それことごとく剣風に吹き飛ばされた。

「おのれ」

 とヨハムドの戦車のそばで駆ける騎乗の側近は、弓を取り出しながら大きく振り向き、コヴァクス目掛けて矢を放った。

「!!」

 風を切りこちらに向かってくる矢を、コヴァクスはすんでのところでかわし。不幸なタールコの将卒がひとり、矢の犠牲になって地に倒れた。

 それを尻目にコヴァクスは叫んだ。

「敵将ヨハムド、観念して我らに首を差し出せ! それが勇士として潔さではないか」



 ヨハムドはドラゴン騎士団に囲まれ、その中を右往左往している有様だ。ニコレットをおとりとした策にのり、敵陣崩れたとこれを追ったばかりに我が陣形を崩し、気がつけば取り囲まれてそこから抜け出せない。いかに戦車を突っ込ませようが、騎士らの鉄壁の輪を崩すことはならず。

 ドラゴン騎士団の右翼中軍左翼型崩れをなすと見せ、ヨハムドの周囲を崩しそれを取り囲んでいたのだ。

 数の上では有利なはずのタールコ軍ではあったが、一旦陣形が崩れるやこれを立て直すことかなわず。草葉が車輪に踏み砕かれるようにして、激しく回転する鉄壁の輪に突き崩される一方であった。

(おかしい)

 これに違和感を感じたのは、ドラヴリフトであった。

 今まで戦ってきたタールコの軍勢はもっと手ごたえがあったはずだ。それなのに、今戦っているヨハムドの軍勢には、てんで手ごたえが感じられない。ヨハムド自身も、今までの敵将に比べれば三流の武将だ。

 なぜ神美王ことドラグセルクセスは、こんな武将を大将として三万の軍勢を預け、オンガルリに攻め込ませたのであろう。どうにも合点がいかない。

 が、かといって、手を緩めるわけにはいかない。

 ドラゴン騎士団の奮戦の甲斐あって、因縁のタールコとオンガルリの戦いは一進一退の状況だったのが、オンガルリ有利に進められ、タールコの領土を削りつつある。その戦力と士気を決定的なものにし、無駄な戦争をしないようにするために、ここで敵を完膚なきまでに粉砕せねばならぬ。

 タールコの勇士を討ち、追悼の意を表してドラヴリフトは猛然とヨハムドに向かった。

 鉄壁の輪の中でコヴァクスとニコレットに追われ右往左往していたヨハムドは、ドラヴリフトがこちらに向かうのを見ていよいよ狼狽して、遮二無二に戦車を駆けさせた。悪あがきであった。これはおよそ将たる者の見せる姿ではない。

 そんなことだから、タールコ軍はもう軍隊としての態をなさず、敗残兵駆け回っては討たれる一方の惨めさばかり。こんなことで勝ったとて、なんの手柄になろう。

 その時であった。

 危険も顧みず、彼方から馬を飛ばしてくる一団あり。彼らはしきりに、

「オンガルリ国王の勅旨である」

 と叫んで、ドラゴン騎士団に呼びかけていた。その顔は蒼白そのものであった。

 何事だ、と騎士団はこの快勝の最中の突然の勅旨に驚きいぶかしがる。勅旨を無視することは国王を無視する不忠行為となる。

 せっかく勝っているのに、と。

 ヨハムドの三流たるを知ったドラヴリフトは、無理にその首を求めず。敵の逃げるにまかせ、ふたりの子に使いをやって呼び寄せ、勅旨を携えた王の遣いのもとまでゆく。

 それこそ、敵兵は面白いように剣風に吹き飛ばされてゆく、その真っ最中に父の遣いにこられて。コヴァクスは興をそがれること甚だしく。天に向かい、わっ、と獣のように咆えて、

「なぜだ」

 とコヴァクスは遣いにかみつく。

 あと少しで敵将を討てるというのに。



 しかし、

「ヨハムドなど討つに値せぬ将。それよりも国王のお言葉を拝すべきでございます」

 と言うので、やむなく、舌打ちしつつ逃げる敵に背中を見せ王の遣いのもとまでゆく。

 もう背後を狙おうという者すらないほど、戦局は決していた。

 ニコレットも異なる左右の色の瞳に、敵将を討てぬ悔しさをにじませ、後ろをソシエタスにまかせ父のもとまでゆく。

 ヨハムドは今こそ好機と、どんどんと遠ざかってゆき。やがては姿をくらませ、それに合わせタールコの軍勢もしかばねを残して、ほかは皆逃げ去っていった。。

 それらを尻目に、ドラヴリフトにコヴァクス、ニコレットの指揮のもと。ドラゴン騎士団は隊列を整え、勅旨を携えた王の遣いの前に勢ぞろいする。それはまるで、盆より散った水がふたたび盆にかえるかのように。

 歴戦の勇士たちの、その息の合った隊列の動きに、さすがは、と王の遣いは息を呑みながらも。下馬し跪く三人に、勅旨を読み上げる。

「王国東方、ワリキュアより神美王ドラグセルクセスの親征軍およそ五万余が侵攻せり。ドラゴン騎士団すぐさま眼前の敵を払い、ワリキュアに駆けつけるべし」

 この報に、さすがのドラヴリフトも目を見開き耳を疑った。

「お察しでござろうが、ヨハムドはおとり。ドラゴン騎士団を引き寄せ、その間隙を突いて、我が国の領内を侵したる模様」

「……」

 三人は静かに聞いている。苦い思いを噛みしめながら。

「国王のお怒りは、それはそれはたいへんなもの。王自ら軍を率いてご親征なされ、ドラグセルクセスと雌雄を決せんとされるようでござる」

「もうすでに、ご出征なされたのか」

「はい。国王もすぐさま軍勢五万をととのえられ、ご出征なされてござる」

「うむ……」

 ここハンロニナ平原は王国の南側に位置し、タールコとの交通の要所ゆえ幾度となく激戦が繰り広げられた地でもある。ワリキュアは王国の東方に位置する地であり、同じく交通の要所ながら、遠く迂回する経路となる。はたして、今から駆けつけて間に合うかどうか。

「……」

 ドラヴリフトは一瞬迷い、黙り込んだ。ふたりの子は、父のただならぬ様子に、どうしたのだろうと思わず顔を見合わせる。

 が、やられた、ドラグセルクセスに一杯食わされたのだ、ということはわかり。勝利もぬか喜びに終わったことも、わかった。

 だが戦いに疲れた身体を鞭打ち、遠くのまた新たな戦場へと駆けつけたところで、どれほどの働きができるというのか。神美王ドラグセルクセスは、ドラヴリフトに劣らぬ戦上手だ。これまで何度か親征軍をもって、領内を侵そうとしたのを、ドラゴン騎士団が返り討ちにしたが。一歩間違えばこっちが負けた、と思わされることは一度や二度ではなかった。

 なるほど、ドラグセルクセスは考えた。オンガルリに勝とうと思えば、ドラゴン騎士団と戦わないようにして領内に侵攻すればよい、と。そのためにヨハムドをおとりとしてドラゴン騎士団をおびき寄せ、自身は別経路をたどりオンガルリ領内に侵攻する。おそらく、前々から周到に用意されていた計画であろう。

 オンガルリ王国にドラゴン騎士団あり。だが逆にいえば、ドラゴン騎士団しかない。

 一番の問題は、国王の安否である。

 自ら軍を率いて戦うことに関しては、ドラグセルクセスには適わない。いかに最上の愛と忠誠を誓えど、戦争における能力というものを考えたとき、どうひいき目に見積もっても、国王は戦場よりも宮廷において内政に専念する方が向いている人物であった。

 だから、今まで何度か、親征を見送るように進言したことも、一度や二度ではなかったが、国王はなぜか、なにかにつけて親征を望んだものだったし。ドラヴリフトには、なぜ己の立場や危険を顧みずに国王が戦場に赴こうとするのか、わからなかった。

 どうして、他の配下にまかせなかったのか。

 なにか、嫌な予感がした。

「父よ、ゆきましょう」

「ことは急を要します。国王の御身に万一のことがあれば」

 と、ふたりの子、コヴァクスとニコレットは言った。様々なことが脳裏をよぎるが、かといってとどまることなどできるわけもなく。

 ドラヴリフトは天を仰いで、

「ゆくか」

 と言った。

 兵数を少し割いて(さいて)、負傷兵や死者の埋葬をまかせると。オンロニナ平原をあとにして、ドラゴン騎士団は一路王国東方、ワリキュアを目指し駆け出した。

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