一人で行くはずが、二人になりました
身支度を整え、そっと扉に手をかける。音を立てないように。誰にも気づかれないように。
――行かなきゃ。
そう思った、そのとき。
「……どちらへ行かれるんですか?」
背後から、声がした。
びくり、と肩が跳ねる。
振り返ると、廊下の影の中からルークが現れた。いつからそこにいたのか分からない。まるで最初から、そこにいたみたいに。
「ルーク……」
ノエルは一瞬言葉を失い、それから慌てて取り繕うように笑う。
「えっと……夜のお散歩かしら」
少しだけ、声が上ずる。
ルークは何も言わない。ただ、じっと見ている。見透かすような目で。
「……一緒に行っても、いいですか?」
静かな声だった。
ノエルは目を泳がせる。
「え!? あー、その……危ないかもしれないし……」
自分でも弱いと思う言葉しか出てこない。
ルークは、少しだけ俯いた。
そして。
「……あのとき」
ぽつりと、言う。
「ノエルが、家族だって言ってくれたとき」
手を、ぎゅっと握る。
「嬉しかったです」
その声は、どこか遠くを見ているようだった。
「こんな……汚くて」
少し、言葉が詰まる。
「名前もなかった僕にも、家族ができたんだって思いました」
ノエルの胸が、きゅっと痛む。
「ルークは汚くないわ」
すぐに言う。迷いなく。
「最初から、ずっと」
その言葉に、ルークはほんの少しだけ目を細めた。
けれど。
「……なら」
顔を上げる。
まっすぐに、ノエルを見る。
「僕も、連れて行ってください」
一歩、近づく。
「ノエルと一緒なら、どこへでも行きます」
その言葉は、優しさじゃなかった。もっと重い。失うことへの恐怖を、必死に押さえ込んだような。
ノエルは、言葉を失う。
(……知ってるの?)
聞かなくても、分かってしまう。
「……でも、私が行こうとしているのは……」
言いかけた言葉を、ルークが静かに遮る。
「分かってます」
短い一言。
「ここ数ヶ月、ずっとあなたのそばにいましたから」
その声には確信があった。逃がさない、という意志すら滲んでいた。
ルークは、ノエルの手を取る。
ぎゅっと。少しだけ強く。
その力に、迷いはなかった。
ノエルは、その手を見つめる。
小さくて、まだ子どもの手なのに。
震えていない。
(……この子は)
ふと、思う。
この子は、どれだけの夜を、ひとりで耐えてきたのだろう。
名前もなく、呼ばれることもなく。
扉が開く音に怯えて、誰かが来るたびに身体を固めて。
それでも、逃げ場もなく。
(……ひとりで)
(……でも本当に、この子を連れて行っていいの?)
一瞬だけ、迷いがよぎる。
けれど――
その手を、離すことはできなかった。
ノエルは、そっと息を吐く。
そして。
その手を、握り返す。
今度は、逃がさないように。
「……仕方ないわね」
少しだけ、困ったように笑う。
「怒られるときは――」
ルークを見る。
その目は、もう揺れていなかった。
「二人で仲良く怒られましょうね」
一瞬、静寂。
それから。
ルークが、ほんの少しだけ笑った。
それは、初めて見せる、柔らかな表情だった。
夜は、まだ深い。
けれど。
二人の足は、もう止まらなかった。




