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奴隷として買われた僕は、初めて家族と呼ばれました

小さな食卓に、湯気が立っていた。


木の器に注がれた、じゃがいものスープ。

そして、硬いパンがひとつずつ。


豪華とは程遠い。


けれど。


そこには、確かに“温かさ”があった。


「さあ、食べてください」


使用人のひとりが、優しく言う。


ノエルは小さく頷き、スプーンを手に取った。


慣れた手つきで、スープをすくう。


その隣で――


ルークは、器を両手で持ち上げた。


そして、そのまま口をつけようとする。


「……待って」


ノエルが、そっと声をかけた。


ルークの動きが止まる。


警戒したように、肩がわずかに強張る。


「スプーンを使うのよ」


ノエルは、ゆっくりと自分のスプーンを見せる。


すくって、口へ運ぶ。


それを見てから、もう一度ルークを見る。


「こうやって」


ルークは、恐る恐るスプーンを持った。


ぎこちない。


指の置き方も、力の入れ方も、全部が不自然だった。


スープをすくおうとして――


半分以上をこぼす。


「……っ」


ルークの顔が、一瞬で強張る。


怒られる。


そう思ったのが、はっきり分かる。


けれど。


「違うわ、こうよ」


ノエルは、怒らなかった。


そっと、ルークの手に触れる。


指の位置を、少しだけ直す。


「力を入れすぎないで」


優しく、ゆっくりと。


まるで壊れ物を扱うみたいに。


「……そう、それでいい」


もう一度、すくう。


今度は、少しだけ上手くいった。


こぼさずに、口に運べる。


ルークの目が、わずかに見開かれる。


「ほら、できたじゃない」


ノエルが、嬉しそうに笑う。


ルークは、視線を逸らした。


ほんの少しだけ、頬が赤くなっていた。





その夜。


ルークは、使用人たちに連れられていった。


「風呂に入るぞ」


最初は抵抗した。


体が強張り、逃げようとする。


けれど。


誰も怒らなかった。


無理やり引きずることもなかった。


「大丈夫だ。痛くない」


何度も、何度も、そう言われて。


少しずつ。


本当に少しずつだけ、力が抜けていった。


そして。


戻ってきたルークを見て。


ノエルは、思わず息を呑んだ。


泥は落とされ。


髪は整えられ。


その下から現れたのは――


「……きれい」


思わず、声が漏れる。


「ルークの髪、金糸みたいね」


灯りに照らされて、柔らかく光る。


まるで、本当に糸のように。


ルークは、また視線を逸らした。


さっきよりも、少しだけ強く。


「……見すぎです」


ぼそりと、小さく呟く。


ノエルは、くすりと笑った。


その後。


二人は、それぞれ別の部屋へ案内された。


夜は、静かだった。


風の音だけが、遠くで鳴っている。


ノエルは、眠れなかった。


目を閉じても、今日のことが何度も蘇る。


虫ケラ。


胸が、きゅっと痛む。


「……やだなぁ」


ぽつりと、呟く。


そして。


ノエルは、そっと部屋を抜け出した。


廊下を、忍び足で歩く。


少しだけ迷って。


それでも、足は止まらなかった。


ルークの部屋の前に立つ。


コンコン、とノックする勇気はなかった。


そっと、扉に手をかける。


きぃ――


音を立てて、扉が開いた。


その瞬間。


ルークの体が、跳ねた。


びくり、と。


明らかに、異常な反応だった。


呼吸が浅くなる。


目が見開かれ、暗闇の中で何かを探すように揺れる。


「っ……!」


声にならない声。


体が固まる。


逃げることも、できない。


開く扉。

踏み込んでくる足音。

逃げ場のない空間。


過去が、よみがえる。


「私よ、ルーク!」


慌てた声が、空気を切った。


「突然ごめんなさい!」


ノエルだった。


その声に。


ほんの少しだけ、空気が変わる。


ルークの呼吸が、わずかに戻る。


「……ノエル……」


ようやく、名前を呼ぶ。


「なんで……」


かすれた声。


ノエルは、少しだけ困ったように笑った。


「ルーク、眠れないかと思って」


少し間を置いて。


「ひとりだと、ちょっと怖くて」


くすくすと、小さく笑う。


その笑い方は。


昼間よりも、少しだけ弱かった。


ルークは、黙ったままノエルを見る。


そして。


ぽつりと、問う。


「……どうして」


言葉を選ぶように。


「どうして僕を買ったんですか」


少しだけ、間を置く。


「あなたは……酷いこと、しないんですか」


部屋の空気が、静かに沈む。


ノエルは、少しだけ目を瞬かせた。


それから。


ゆっくりと、笑った。


「どうして買ったか?」


首を傾げる。


「そんなの、わからないわ」


あっさりとした答えだった。


「でもね」


一歩、近づく。


「あなたに酷いことはしないって、誓うわ」


まっすぐに、ルークを見る。


「だって」


少しだけ、声が柔らかくなる。


「あなたは、家族だもん」


その言葉は。


静かに、確かに。


部屋の中に落ちた。


ルークの目が、揺れる。


信じていいのか、分からない。


でも。


さっき、手を取られたこと。

怒られなかったこと。

名前を呼ばれたこと。


その全部が、胸の中に残っている。


ルークは、ゆっくりと視線を落とした。


そして。


ほんの少しだけ。


「……じゃあ」


小さく、呟く。


「……捨てないでください」


その声は。


祈りに近かった。


ノエルは、迷わなかった。


「捨てないわ」


即答だった。


夜は、静かに更けていく。


まだ不安は消えない。


まだ怖い。


それでも。


その夜。


二人は初めて――


ひとりじゃなかった。

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