捨てられたので、奴隷と家族になりました
馬車は、やがて止まった。
揺れが止まり、静寂が落ちる。
扉が開くと、乾いた風が流れ込んできた。
見渡す限り、荒れた大地。
草はまばらで、空はどこまでも広い。
ここが――辺境。
少女は震える足で、地面に降りた。
まだ涙は止まっていない。
袖で拭っても、拭っても、溢れてくる。
使用人たちが並んでいた。
どこか戸惑ったような顔。
けれど、深く頭を下げる。
「……お迎えいたしました」
その声は、どこか優しかった。
けれど。
その空気を、父の声が切り裂いた。
「死なない程度に生かしておけ」
一瞬。
風すら止まった気がした。
「余計なことはするな。教育も不要だ」
淡々と続けられる言葉。
まるで、人ではなく――物の扱い。
少女は、顔を上げた。
信じられないものを見るように。
「お父様……?」
父は一度も視線を向けない。
ただ、背を向けたまま言う。
「……それでいいな」
使用人たちは、ほんのわずかに顔を歪めた。
悲しみを押し殺すように。
それでも。
「……かしこまりました」
その言葉しか、返せなかった。
少女の胸が、ぎゅっと締めつけられる。
父は、踵を返した。
そのまま馬車へ戻ろうとする。
待って。
行かないで。
「お父様!」
声が、掠れる。
それでも、必死に絞り出す。
「あなたにとって……」
涙で、視界が滲む。
「私は、必要のない存在なのですか……?」
答えを、待った。
たった一言でいい。
否定してほしかった。
けれど。
「あのうるさい虫ケラを鳴き止ませろ」
それだけだった。
振り返ることもなく。
立ち止まることもなく。
父の姿は、そのまま遠ざかっていった。
音が、消えた。
何も聞こえない。
何も感じない。
ただ。
その言葉だけが、何度も何度も、頭の中で響いていた。
虫ケラ。
自分の名前が、分からなくなる。
(ああ……)
ふと。
口元が、緩んだ。
くつり、と。
笑いが、零れた。
「あーあ」
乾いた声だった。
「……捨てられちゃった」
涙は、まだ止まらないのに。
どうしてか、笑っていた。
ゆっくりと、振り返る。
そこには、あの少年がいた。
同じように、何も持たない目。
同じように、どこにも居場所のない存在。
少女は、歩いた。
ふらつく足で。
それでも、まっすぐに。
少年の前に立つ。
少しだけ、しゃがんで。
視線を合わせる。
「ねぇ」
声は、震えていた。
それでも、ちゃんと届くように。
「あなたが、今日から私の家族よ」
少年の目が、見開かれる。
少女は、涙を拭いた。
ぐしゃぐしゃのまま、笑う。
「私の名前は、ノエル」
ほんの一瞬、言葉が詰まる。
それでも。
「……あなたを、絶対に捨てないわ」
手を伸ばす。
今度は、弾かれないように。
そっと。
「だから」
声が、少しだけ弱くなる。
「あなたも、私を捨てないで」
それは願いだった。
約束じゃない。
縋るような、祈り。
それでも。
ノエルは、笑った。
「心から愛するわ、ルーク」
名前も知らない少年に。
それでも、確かに。
その手を、差し出した。
少年は、動かなかった。
ただ。
拒まなかった。それだけが、答えだった。
初めて。
ほんの少しだけ。
感情が、宿ったように。
風が吹く。
乾いた大地の上で。
すべてを失った少女は。
それでも。
初めて、“家族”を手に入れた。




