死んだはずの少女が、生きていました
「――ノエル!!」
ルークの声が、裂けるように響いた。
「ノエル! ノエル!!」
走り出す。だが、その体はすぐに後ろから引き止められた。鎧の腕。強い力で、肩を掴まれる。
「離してください!!」
必死に振り払おうとする。
「助けなきゃいけないんだ……! ノエルが、まだ――!」
騎士は、短く言った。
「……子供二名、無事」
別の騎士が、周囲を見渡しながら続ける。「これ以上は危険だ。下がれ」
「離して!!」
ルークは叫ぶ。掴まれた腕を、必死に引き剥がそうとする。
「ノエルがあそこにいるんだ!!」
声が、かすれる。喉が焼けるように痛い。それでも叫ぶ。
「助けなきゃ……助けなきゃいけないんだよ……!」
騎士は、わずかに目を伏せた。そして。
「……この規模の崩落だ」
静かに告げる。
「巻き込まれた者の生存は、極めて困難だ」
その言葉は、あまりにもあっさりとしていて、あまりにも冷たかった。
「君たちが助かったことは――幸運だ」
ルークの動きが、止まる。
(……なんで)
頭の中が、真っ白になる。
(どうして)
膝から、力が抜けた。その場に崩れ落ちる。
「……ずっと一緒って、言ったじゃん」
かすれた声。
「ノエル……」
視界が滲む。
「なんで……」
涙が、止まらない。
「なんで置いてくんだよ……約束したじゃん……」
地面に手をつき、指が震える。
「やだよ……」
絞り出すように、叫ぶ。
「ノエルーーー!!」
その声だけが、荒れ果てた渓谷に響き続けた。
誰も、何も言わない。トアは、ただ立ち尽くしていた。目の前の光景を理解できないまま。騎士たちも、言葉を失っている。ただ一人、ルークの嗚咽だけが、空気を震わせていた。
重い。あまりにも、重い沈黙。誰も、瓦礫に近づこうとはしなかった。そこにあるのは、もう“掘る場所”ではなかった。
そのとき。
――ガタ……ッ
地面が、微かに揺れた。
騎士の一人が、即座に叫ぶ。「警戒! 再崩落の可能性――」
全員が、上を見上げる。だが、石は落ちてこない。
揺れているのは――崩れた、その中心だった。
「……なんだ?」
誰かが、呟く。
次の瞬間。
瓦礫の隙間から、淡い光が漏れた。
緑。
柔らかく、しかし確かな光。
それは、徐々に強くなり、崩落した岩の山を内側から照らしていく。
「……魔力……?」
騎士の一人が、息を呑む。
光が、脈打つ。鼓動のように。
――ドクン。
大地が、応えるように震えた。
次の瞬間。
――ドォォンッ!!
爆ぜた。
岩が、内側から吹き飛ぶ。巨石が宙を舞い、土煙が一気に空へと噴き上がる。
騎士たちが、とっさに庇う。トアが目を見開く。ルークの涙が、途中で止まった。
音が、消えた。
誰も、次の呼吸を忘れていた。
風が、吹き抜けた。土煙が、ゆっくりと晴れていく。
その中心。
ぽっかりと空いた空間に――
一人の少女が、立っていた。
足元には砕けた岩。周囲には押しのけられた大地。その中心で、静かに立っている。
乱れた髪。土にまみれた服。それでも、まっすぐ前を見ていた。
「……ノエル……?」
ルークの声が、震える。
少女が、ゆっくりと顔を上げる。
そのとき、空にかかっていた薄い雲が風に流れた。遮るものがなくなる。
次の瞬間。
朝日は、すでに高く昇っていた。
強い光が、渓谷を一気に照らし出す。影が、はっきりと落ちる。砕けた岩も、荒れた大地も、そして――その中心に立つ少女も。
光は容赦なく、すべてを暴き出す。隠すものは、何もない。
それでも。
ノエルは、そこに立っていた。
逃げることもなく。俯くこともなく。
ただ、まっすぐに。
光の中に、立っていた。
「……生きてる……」
誰かが、呟く。
それは、確認ではなく、もはや――現実の受け入れだった。
大地が、かすかに鳴る。足元から伝わる、微かな振動。まるで、彼女の存在を肯定するように。
ノエルは、静かに息を吸った。そして。
一歩、踏み出す。
その姿はまるで――この世界に、選ばれ直した存在だった。




