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聖女の姉ですが、不要と言われたので奴隷を買いました

その日、すべてが終わった。

そして同時に、すべてが決まった。


「この子が――聖女です」


神官の声は、不思議なほど軽かった。


部屋の空気が変わる。

次の瞬間、光が満ちた。


やわらかな金色の輝きが、ゆりかごを中心に静かに広がっていく。


そこにいたのは、ひとりの赤子。

誰が見ても分かる、“選ばれた証”。


「……本当に?」


母の声は震えていた。


「間違いありません。これほどの光、歴代でも稀です」


父は、ゆっくりと頷いた。

そして、赤子を見下ろし――笑った。


「そうか」


たったそれだけの言葉だった。

けれど、その一言で、すべてが決まった。


部屋の隅で、少女はそれを見ていた。


まだ幼い。

けれど、その意味だけは、はっきりと分かってしまった。


(……わたしじゃ、ない)


胸の奥が、ひどく冷えた。


それから、世界は変わった。


名前を呼ばれなくなった。

抱きしめられなくなった。

食事の席も、いつの間にか別になった。


「触るな」

「汚れる」

「その子に近づくな」


最初は、冗談だと思っていた。


少しすれば元に戻ると、信じていた。

だって昨日までは、


「ノエル」


そう呼ばれていたのだから。


ある日。

少女は、そっと手を伸ばした。


ゆりかごの中で眠る妹へ。

ほんの少し、触れてみたかっただけ。


それだけだったのに――


ぱしん。


乾いた音が、部屋に響いた。


弾かれた手が、宙で止まる。


「触るなと言っただろう!」


父の怒声が落ちる。


少女は、その場に尻もちをついた。

何がいけなかったのか、分からないまま。


「その子は、もう必要ない」


母が言った。

まるで壊れた道具を見るような目で。


その瞬間。

何かが、完全に終わった。


そして、馬車が用意された。


「辺境へ送る」


それだけだった。

理由も、説明も、何もなかった。


少女は、泣いた。

ずっと、泣いていた。


馬車が動き出しても、涙は止まらなかった。


「いや……いやだ……」


かすれた声が漏れる。


「どうして……?」


誰も答えない。


窓の外の景色が流れていく。

見慣れた城も、庭も、すべて遠ざかっていく。


もう戻れないと、分かってしまう。


胸が痛い。

苦しい。

息が、うまくできない。


そのときだった。


視界の端に、別の光景が映り込む。


鉄の檻。

鎖。

並べられた人間たち。


奴隷商。


ぼんやりと、それを見つめた。


泣きすぎて、思考が働かない。

ただ、目に映るものを受け取るだけ。


その中で、ひとりだけ顔を上げていた。


金色の髪。

泥にまみれた頬。

痩せ細った体。


それでも、その目は――泣いていなかった。


(……なんで)


どうして泣かないの。

どうして、そんな顔をしているの。

泣いていない目が、自分と同じ“終わった目”に見えた


何かが引っかかる。

胸の奥を、ぎゅっと掴まれるような感覚。


気づけば、声が出ていた。


「あの子が欲しい」


父が眉をひそめる。


「は?」


少女は震える手で、その少年を指した。


「あの子……」


理由なんて、分からなかった。

ただ、このままにしてはいけないと思った。


父は少女を一瞥し、泣き止ませるためなら何でもいいと言わんばかりに顔をしかめた。


「……面倒だな」


馬車が止まる。

金貨が無造作に投げられる。


値段も、名前も、聞かない。


鎖が外された。


少年は引きずられ、馬車へと連れてこられる。

まるで、物のように。


どさり、と。


少女の隣に落とされた。


一瞬だけ、少年の目が揺れた。


けれど、何も言わなかった。


馬車が、再び動き出す。


少女は、まだ泣いていた。


それでも。


その手は、無意識に――

少年の服の端を、掴んでいた。


その日。

少女は、すべてを失い。


そして――


初めて、誰かを選んだ。


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