第7話:世界樹
水晶大通りでの食べ歩きと買い物を楽しんだ私たちは、帝都の中心にある「中央広場」へと足を運んだ。
そこは、先ほどまでの賑やかな通りとは打って変わり、静寂と重苦しい空気に包まれていた。
「……あれが、帝国の守護神『世界樹』だ」
クロードが眼鏡の奥で、瞳を細めて指差す。
広場の真ん中に鎮座する、天を衝くほどの巨木。
本来ならば黄金の葉を茂らせ、帝都中に加護をもたらす神木だと聞いている。
けれど、今の姿はあまりにも痛々しかった。
「……枯れてる」
葉は茶色く変色してカサカサと音を立てて散り、太い幹には亀裂のようなシワが走っている。
まるで、寿命を迎えた老木のように生気がない。
木の周囲には、白い研究衣のようなローブを纏った宮廷魔導師たちが十数人集まり、宙に浮かせた魔力モニターや計測機器やらを睨んで何かを相談していた。
どうやら、外部から魔力を注入して延命措置を行っているようだが、上手くいっていないらしい。
「ここ数年、地脈の乱れで、大地からの魔力吸い上げが滞っているのだ」
クロードが悔しそうに呟く。
「あらゆる儀式、あらゆる秘薬を試したが、回復の兆しが見えない。……もってあと2年、というところだろうか」
彼は眼鏡の奥で、どこか遠くを見るような、切ない瞳をしていた。
「私は、この木が好きだったんだ。いや、国の象徴なのだから、大切にするのは当たり前なのだが……なんと言えばいいか、個人的な思い入れがあるんだ」
「え?」
クロードはそっと、ゴツゴツとした幹に手を触れた。
「私は生まれつき魔力が強すぎて、触れるものを凍らせてしまうことがあった。両親でさえ、私のこの赤い瞳を恐れ、遠ざけた」
彼の指先が、愛おしそうに樹皮を撫でる。
「だが、この世界樹だけは違った。幼い私がどんなに冷たい魔力を漏らしても、決して枯れることなく、ただ静かに私を受け入れ、雨宿りをさせてくれた。……私にとって、こいつは『国の守護神』である以前に、唯一の『友人』だったのだ」
クロードの声には何時も通りの力強さがあったが、寂しさを感じさせる響きだった。
「だから……今日、君を連れてきたかった。枯れ果ててしまう前に、お前に会わせておきたかったんだ。私の唯一の友人が、まだその形を保っているうちに」
「クロード様……」
胸が締め付けられた。
最強の皇帝と呼ばれる彼が、こんなに寂しそうな顔をするなんて。彼はもしかしたら、今見せている姿とは裏腹にずっと孤独だったのかもしれない。そして、この木だけが、彼の味方だったのだろうか。
(……上等じゃない)
私の奥底で、技術者としての、そして一人の女としての炎が燃え上がった。
魔力を糧にして育つというのなら、それは私の領分、得意分野。これは、私の大切な人が大切にしている「友人」を救うミッションだ。
(何年かかっても絶対に治そう。そして元気な世界樹を一緒に眺めるんだ!)
私はクロードの手をギュッと握り返し、力強く言った。
「大丈夫です。……その友人、私が絶対に死なせません」
「ソフィア?」
「任せてください。……ちょっと見てきますね」
私は彼の手を離し、世界樹の幹に向き直った。
決意を胸に、私は人だかりをかき分け、木の根元へと進む。
周囲では、魔導師たちが真剣な顔をして話し合っている。
「浸透圧の低下が見られる」
「魔力の吸収量は年々下がっている。やはり寿命なのか」
彼らの声を聞き流し、私はゴツゴツとした樹皮にそっと手を触れた。
(待っててね。原因を突き止めて、必ず治療法を見つけるから)
目を閉じて、いつものように意識を集中させる。
『術式解析開始……対象:世界樹ユグドラシル』
私の脳裏に、世界樹の内部構造が青白い光のラインとして浮かび上がる。
根から吸い上げた魔力を、導管を通じて幹へ、枝へ、そして葉へと送る循環システム。
複雑怪奇な迷宮のような構造だ。
私は慎重に、魔力の流れを一本一本追跡していく。
根……異常なし。
葉脈……機能不全だが、原因ではない。
幹の導管、師管……。
(……ん?)
私は眉をひそめた。
何かおかしい。
もっとこう、根源的な呪いや、未知の病原菌が巣食っていると思っていたのに。
視点を幹の中腹、地上5メートル付近に集中させる。
そこにあるのは、真っ黒いノイズ。
(これ……ただの汚れ?)
私は拍子抜けして、思わず目を開けた。
何度も見返したが、間違いない。
地脈を流れる魔力における不純物が、長い年月をかけてヘドロ化し、主要な導管を物理的に塞いでいるだけだ。
(なんだ……。これなら「一生」どころか、「5分」で終わるじゃない)
私は安堵のため息をつくと同時に、振り返って魔導師たちに声を張り上げた。
「そこの方たち! 魔力注入をやめてください! 逆効果です!」
私の声に、現場の指揮官らしき魔導師長がギョッとして振り返った。
「な、なにをしている! 君は!? ここは立ち入り禁止区域だぞ!」
「部外者ですけど、原因が分かりました。……そこ、詰まってますよ」
「はい?」
魔導師長が呆気にとられた顔をする。
「地上5メートル付近の主導管です。魔力の残滓が固形化して、物理的に塞いでます。人間で言う『血栓』です。そこに無理やり魔力を流し込もうとするから、圧力が逆流してエラーを吐いてるんです」
私が淡々と説明すると、魔導師たちは顔を見合わせた。
「そんな馬鹿な! 我々は最新鋭の探知魔法でスキャンしていたが、魔力的なしこりなどは検知されなかった!」
「魔力じゃなくて『物理的な汚れ』なんです。あんまり知られてないですけど、自然界を流れる魔力には、長い年月をかけて結晶化してしまうものもあるんです」
私は、まるで新人に教える時のように丁寧に解説を加えた。
「それに莫大な量ですので、本来なら通り抜けてしまうところを、物理的な干渉を伴い、塵みたいなゴミを巻き込んでしまうこともあるんです。そういうものが詰まってしまっているので、純粋な魔力のしこりを探すような探知魔法では気が付かないんですよ」
「な、なんと……」
盲点だったと言わんばかりに、魔道士たちは目を白黒させていた。
私は袖をまくった。
せっかく買ってもらった可愛いワンピース姿だけど、やることは「配管清掃」だ。
クロードが心配そうに私を見る。
「ソフィア、できるのか?」
「任せてください。数年がかりの大手術になるかと思ったら……ただの『詰まり』でしたから。得意分野です!」
私はニカッと笑って見せた。
「故郷の劣悪な下水道管理で散々やらされた作業です。5分で終わらせて、一緒にご飯の続きを食べに行きましょう」
「……そうか」
クロードは私の手を取り、その甲に口づけをした。
「許可する。……頼む、私の友を救ってくれ」
「了解です!」
私は両手に魔力を集中させた。
イメージするのは、水属性魔法の極致――流。
こびりついた頑固な汚れを、螺旋状の魔力ドリルで粉砕し、一気に押し流す。
(ターゲット、ロックオン。……洗浄開始!)
「……えいっ!」
私の指先から、青白い光の奔流が放たれた。
それは世界樹の硬い樹皮を透過し、内部の黒い詰まりへと一直線に突き刺さる。
ガガガガガガッ……!!
幹の奥底から、まるで岩盤を掘削するような、重く低い振動音が響き渡った。




