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第54話:収束

怪物が崩れ去った後、帝都には静寂だけが残った。

だが、感傷に浸っている時間は一秒たりともない。


私たちが倒したのは「発生源」だけであり、街にはまだ数千人の石化患者(被害者)が取り残されているのだ。


「……戻りましょう、クロード様。ヴィスカリアたちが待っています」


「ああ。ここからは、時間との勝負だな」


私たちは瓦礫の山を背に、全速力で皇宮へと帰還した。

皇宮の地下、仮設ラボ。

扉を開けると、そこは戦場のような熱気に包まれていた。


培養タンクが唸りを上げ、レインが数台の端末を同時に操作し、ヴィスカリアがフラスコを片手に怒鳴っている。


二人は私たちが入ってきたことにも気づかないほどの集中力で動いていた。


「……ヴィスカリア」


私が声をかけると、彼女はふぅと大きく息を吐き、こちらを振り向いた。

その顔には濃い疲労の色があったが、瞳だけはギラギラと輝いていた。


「……遅いじゃない」


彼女は一本のアンプルを掲げて見せた。


「試作品。効能は問題なさそう。ただ製造ラインが追いつかないから、2人で何とかしてもらえるかしら?」


「感謝します。……分かりました。すぐに手配します」


私は頷き、振り返った。

クロード様が呼びかけると、緊急招集された近衛兵が跪き、命令を乞う。

クロード様が、腹の底に響く声で号令をかけた。


命令を聞いた近衛兵は、直ちに帝都中の医師、治癒士、薬師を集めた。

退役した者から学生まで。


病に倒れていない者を総動員させ、製造設備の製作にあたらせた。


ここから人海戦術だ。

指揮系統はクロード様に任せるとなると、私自身も製造ラインの一部とし働くこととしよう。


怪物退治よりも遥かに地味で、けれど遥かに重要な「戦い」の始まりだった。



──それからの三日間は、まさに戦場だった。

私は皇宮の一室を対策本部に変え、ひたすらに情報の処理に追われていた。


ワクチンは作ったそばから接種に回されていく。


「第4区画、投与完了! 全員の石化解除を確認!」


「第6区画より応援要請! 魔力欠乏の患者が多数、ポーションの追加を!」


飛び交う報告。

私は寝る間も惜しんでペンを走らせ、結界による衛生管理を維持し続けた。


2週間が過ぎた。


ふと、窓の外を見る。


眼下には、石化が解けた人々が、家族と抱き合って泣いている姿が見えた。


母親が子供を抱きしめる声。

恋人の無事を確認して安堵する声。


「……よかった」


ペンを持つ手が止まる。

数字や効率の向こう側にある、温かい「結果」。


私が守りたかったのは、この光景だ。

疲労で霞む視界の隅で、私はようやく肩の力を抜いた。


ふた月が過ぎた。


「ソフィア様!」


その時、侍女が部屋に飛び込んできた。


「お目覚めになられました! ティナ様が!」


私は椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。


「……う、ぐすっ……」


病室に入ると、ベッドの上で小さくなっているティナの姿があった。

彼女は私を見るなり、ボロボロと大粒の涙をこぼした。


「ごめんなさい……ソフィアちゃん……。私、何もできなくて……。ソフィアちゃんの役に立ちたかったのに、足手まといになって……捕まって……」


しゃくりあげる彼女の体は、まだ石化の後遺症で白く痩せ細っていた。

私は迷わずベッドに駆け寄り、その小さな体を強く抱きしめた。


「謝らないで、ティナ」


「でもぉ……!」


「貴女が生きていてくれた。……それだけで、私は戦えたのです」


もし彼女が死んでいたら、私は復讐の鬼になって、この国を滅ぼしていたかもしれない。


彼女が耐えてくれたから、私は理性を保ち、正しい手順で国を救うことができた。


「貴女は立派に戦いました。……おかえりなさい、ティナ」


「……はいぃ……っ! ただいま、戻りましたぁ……!」


ティナが私の胸で泣きじゃくる。

その温もりを感じて、ようやく私の中で張り詰めていた最後の糸が切れた。


安堵と疲労が一度に押し寄せ、私はそのままティナのベッドの端に、泥のように崩れ落ちた。



─────


数日後。


事態が完全に収束した頃、クロード様はバルデル伯爵の屋敷跡地を調査していた。


「……やはりか」


焼け焦げた執務室から回収された、数冊の日記と裏帳簿。


そこには、伯爵が保守派の貴族たちと結託し、魔導具の利権を独占しようとしていた不正の証拠が事細かに記されていた。


これで保守派は一網打尽だ。彼らは失脚し、クロード様の改革を阻む者はいなくなるだろう。

だが──。


「肝心の部分が、抜けているな」


クロード様が眉をひそめる。

日記の最後の方。

伯爵に「菌」と「促進剤」を提供した人物に関する記述だけが、不自然に空白になっていた。 


ページが破り取られたわけではない。

まるで「最初から書こうとした瞬間に、認識を阻害された」かのように、筆跡が乱れ、意味を成さない落書きになっているのだ。


「……尻尾切り、ですか」


隣で見ていた私が呟く。


「恐らく、伯爵自身も利用されていることに気づいていなかったのでしょう。あるいは、口を割らせないための『呪い(契約)』でもかけられていたか」


バルデル伯爵は、ただの駒に過ぎない。

この盤面の裏には、もっと慎重で、冷酷なプレイヤーが潜んでいる。


「……逃げられたか」


クロード様が帳簿を閉じる。


「だが、これで終わりではない。敵が誰であれ、私が作る『新しい帝国』に仇なすならば、いずれ必ず姿を現すはずだ」


「ええ。その時は、また二人で叩き潰しましょう」


私たちは顔を見合わせ、頷き合った。

見えない敵の影は不気味だが、今は恐れる必要はない。



石化病のパンデミック発生から、2カ月。

最後の患者が完治し、事態は収束した。



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