第46話:病巣
ティナの部屋で、私は凍りついたように立ち尽くしていた。
私の最高位魔法『聖女の慈悲』を受けたティナの左腕。
その石化が治るどころか、バキバキと音を立てて、肘から二の腕へと一気に広がったのだ。
「ぐぅ……っ、あぁ……!」
ティナが白目を剥いて痙攣する。
魔力を注ぎ込んだ瞬間、石化組織が活性化した。
それはつまり――。
「魔力を……『餌』にしている?」
戦慄が走る。
魔法が効かないのではない。魔法を使えば使うほど、この菌はエネルギーを得て増殖するのだ。
「なら、結界もダメです……!」
私は展開しかけた『時間凍結結界』を寸前でキャンセルした。
結界もまた、高密度の魔力の壁だ。
対象を包み込めば、そこは菌にとって「栄養満点の密室」になりかねない。
「どうすれば……魔法が使えないなら、どうやって……」
私の手が震える。
最強の聖女?
国を救った英雄?
笑わせる。
目の前で苦しむ友人に、私は何一つできない。
「……ソフィア! どうした、ティナの様子は!」
騒ぎを聞きつけたクロードが飛び込んでくる。
「クロード様、離れて下さい! 魔法は──魔力は厳禁です! 魔力を与えると悪化します!」
「なんだと!? ではどうする!?」
「……『兵糧攻め』しかありません」
私は唇を噛み切りながら、決断した。
「城の地下牢……一番奥にある『封魔の独房』へ運びます。壁に『吸魔石』が埋め込まれた、魔力を強制的に吸い取る部屋です。本来なら、魔法使いを閉じ込めておくための独房ですが……そこに隔離して、周囲の魔力濃度を極限まで下げることで……病の進行を鈍らせられるはずです」
「なっ……! だが、魔導師にとって魔力欠乏は拷問に近い苦しみだぞ!?」
「死ぬよりはマシです!!」
私は悲鳴のような声を上げた。
クロードが息を呑む。
私たちはティナを抱え、地下へと走った。
冷たい石の床に彼女を寝かせ、重い鉄扉を閉める。
これで進行は遅くなるはずだ。だが、根本的な解決にはなっていない。
「……『専門家』を探します」
私は鉄扉に額を押し付け、呟いた。
スラムの闇医者、ヴィスカリア。彼女なら、この病気の正体を知っているはずだ。
─────
それから、地獄のような3日間が過ぎた。
ヴィスカリアは見つからなかった。
彼女は、まるでこの事態を予期していたかのように、完全に姿をくらませていた。
そして、事態は最悪の方向へ転がり落ちていく。
『緊急連絡! 第3騎士団の詰め所で死者が発生!』
『魔導研究所にて、研究員2名が石化して死亡!』
街で、死者が出始めた。
スラム街だけではない。貴族街、そして皇城の周辺でも。
しかも、死んだのは皆――。
「魔力持ち……」
報告書を見て、クロードが呻くように言った。
犠牲者は、平民よりも貴族、それも魔力の高い騎士や魔導師ばかりだった。
魔力を餌にする病。
それが、魔力の高い人間に引き寄せられ、彼らを苗床にして爆発的に増殖しているのだ。
「……私のせいです」
執務室で、私は頭を抱えた。
「私たちがスラムから持ち帰った病が……私が移動するたびに、周囲に病を撒き散らしていたとしたら……」
私が動き回ったせいで、街中に感染が拡大したのかもしれない。
「疫病神」
まさに自分のためにある言葉に思えた。
「自分を責めるな、ソフィア。……責めるなら、許可を出した私を責めろ」
クロードが私の背中に手を置く。
だが、その手も微かに震えていた。
彼もまた、眠らずに結界の維持や国民への対応に追われている。
ふと、疑問が浮かんだ。
魔力の高い人間から死んでいく。
ならば――なぜ?
「……なぜ、私たちは生きているんですか?」
私は顔を上げ、クロードを見た。
「この国で一番魔力が高いのは、私と貴方です。魔力を餌にするなら、真っ先に私たちが感染し、発症していなければおかしい」
私たちはティナと濃厚接触していた。
スラムの現場にも行った。
なのに、私もクロードも、咳一つ出ていない。石化の兆候もない。
「……何か、理由があるはずです。他の魔導師と、私たちの決定的な違いが」
私はモノクルを起動し、自分自身のステータスと、クロードの生体情報をスキャンした。
魔力量、平常値。
体温、平常値。
「アドミン。私の体内の『魔力使用ログ』を表示して」
空中に複雑な波形が表示される。
それを見た瞬間、私の脳裏に閃光が走った。
そして同時に、かつて私がクロードにした「ある助言」を思い出した。
『貴方はたくさん魔力を作れるみたいだけど、それを一気に出すんじゃなくて、常に出しとくようにしなさい? そうすれば、こんな風には暴走させる心配はないわ』
魔力暴走を防ぐための、その訓練。
幼き日に、私がクロードに伝えたことだ。
名前も知らない少女の、今となっては無遠慮極まりない助言を、クロードは今だに、実行している。
そして私も、アドミンとして常に国中のシステムと通信し、魔力を放出し続けている。
「……そうか。だから『定着』できないんだ」
「ソフィア? 何が分かった?」
「クロード様。私たちは……『垂れ流している』から無事なんです」
「は?」
クロードが間の抜けた声を出す。
「この病は、魔力を餌にしますが……おそらぬ『溜まっている魔力』にしか根を張れないんです。普通の魔導師は、魔力を体内に、タンクに貯めるみたいにして保管していますよね。個人が作れる1日の魔力量は、そこまで多くありませんから……だからこほ病にとって居心地の良い家となる───ですが、貴方は違います」
私はクロードの胸に手を当てた。
「貴方は常に、膨大な魔力を体外へ放出し続けている。いわば『高圧洗浄機』です。病巣が取り付こうとしても、貴方の体から吹き出す魔力の奔流に押し流されて、定着できないんです!」
「な、なるほど……? つまり、私が魔力を無駄遣いしているおかげで、病が寄り付かないと?」
「言い方は悪いですが、そうです! そして私も、常にアドミンとの通信で魔力を回しているから同じ状態です」
仮説だが、一応の説得力がある。
私たちが無事な理由。
これが、この病の弱点であることを祈るばかりだ。
「『流れ』です。滞留させず、常に高速で循環させれば、菌は繁殖できない。……この理論を使えば、ティナを救えるかもしれません!」
まだ希望はある。
私は震える足に力を込め、再び歩き出した。
反撃の狼煙を上げるために。




