第45話:原因不明のエラー
帝都に帰還してから数日。
学校設立の準備に追われる日々の中、私たちは次なるターゲット――生物学の教師候補である「闇医者」について、作戦会議を開いていた。
「……なるほど。ターゲットの潜伏先は特定できたわけか」
執務室で、クロードが地図を覗き込む。
地図上の帝都の北東エリア、通称「第4スラム」に赤いマーカーが引かれている。
「ええ。目撃情報と魔力痕跡からして、この廃墟の地下で間違いないでしょう。元ハイエルフの『ヴィスカリア』。森を追放された異端のエルフです」
「エルフは魔法そのものを信仰対象とする種族だからな。『闇医者』というより、医者そのものを敵視している節がある。つまり、科学を毛嫌いしている訳だ。スカウトするには丁度良いかもしれんな」
私は資料を提示しながら、眉をひそめた。
「ただ……少々、厄介な情報も拾いました」
「厄介な情報?」
「ええ。アドミンに現地の事前調査をさせたところ、このエリアで奇妙な『流行り病』が起きているようなのです」
私は空中にホログラムを展開し、数枚の写真を映し出した。
それは、スラムの住人が腕や足の一部を灰色に変色させ、石のように硬化して動かなくなっている画像だった。
「通称『石化熱』。皮膚が石になり、高熱を出して衰弱する。衛生局も手を焼いていて、この地区を封鎖しようかという話も出ているそうです。ちなみに死者はまだ出ていません。苦しみが終わらない分、ある意味たちが悪いのかもしれませんが……」
「石化、か。……魔物の呪いか、あるいは毒か?」
クロードが険しい顔をするが、私は軽く肩をすくめた。
「そのどれかなのでしょうけど……スラムは衛生環境が悪いですから、変な魔物が湧いたか、地下の毒ガスが漏れたか。
……まあ、どちらにせよ、ある意味好都合です」
「どういうことだ?」
「その闇医者は、この病気を独自に調べているそうです。私たちが乗り込んで、この病気をサクッと解決してしまえば、最高の手土産になると思いませんか? 『貴女が治せなかった病気、私が治しましたよ』というのは、プライドの高い学者なら食いついてくるのでは」
「……なるほど。恩を売るわけか。性格が悪いな」
「効率的と言ってください。散歩がてら、チャチャッと解決してスカウトも済ませてきましょう」
私は席を立ち、隣で数式を書いていたレインの首根っこを掴んだ。
「行きますよ、レイン先生。疫学調査には統計学が必要です」
「あぁ……? 面倒くせぇ。俺は今、コーヒーの表面張力の計算で忙しいんだが」
「私も行く!」
元気よく手を挙げたのは、ティナだった。
彼女は新しい工具ベルトを腰に巻き、やる気満々だ。
「スラム街って、配管がボロボロなんでしょ? 病気の原因が汚水なら、私がインフラを修理してくるよ! 環境が良くなれば病気も減るもんね!」
「感心ですね。では、3人でさっさと片付けてしまいましょう」
私たちは気楽なピクニック気分で、城を出発した。
……それが、取り返しのつかない「慢心」だったのだろう。
最近、色々なことが上手く進んでいたから。
魔法を主と仰ぐエルフが治せなていない時点で、私の論理は破綻しているということにと気が付かずに。
帝都の北東、貧民街。
そこは、煌びやかな帝都の影の部分だ。
腐った水と排泄物の臭いが充満し、路地裏には咳き込む人々の姿があった。
「……ひどい有様だな」
レインがハンカチで口を覆い、顔をしかめる。
私たちは情報収集のため、まずは患者が集められているという現地の診療所テントを訪れた。
「解析開始……」
私はモノクルを起動し、石化して呻く患者の一人を診察した。
魔力の流れ、生体反応、呪いの痕跡……。
どうせ、ありふれた下級の呪いか毒素だろう。そう高を括っていた。
「……ん?」
私は眉をひそめた。
『エラー。原因不明』
「どうした、ソフィア」
「おかしいです。呪いの波長が検出されません。毒素反応もない。これではまるで、細胞そのものが『勝手に石に書き換わっている』ような……」
私は試しに回復魔法をかけてみた。
あまり得意ではないが、魔法由来ならまるで効果がないということもないだろう。
光が患部を包むが、石化した皮膚は元に戻らない。
それどころか、魔法の光に反応して、石化範囲が数ミリ広がった気がした。
「魔法が……効かない?」
「おいソフィア。これを見ろ」
レインがテントの隅にある記録簿を指差した。
「感染拡大のグラフだ。……等比数列的に増えている。呪いや毒なら、発生源を中心に広がるはずだが、これは『飛び火』している。人から人へ、接触以外のルートで感染している可能性が高い」
「空気感染、ということですか?」
「分からん。だが、俺の計算では、このペースだと3日後には地区全体が全滅する」
不気味だ。
私の知識にあるどの「石化」とも違う。
感染するのなら、これは病気の類なのだろうか。
魔法的な現象ではないなら、これは私の専門外だ。
「……とりあえず、地区を物理的に封鎖しましょう。原因が分かるまで、人の出入りを禁じます」
私は結界を張り、隔離措置を取ることにした。
結界で囲えば、外には漏れない。この中だけで解決すればいい。
まだ、そう思っていた。
「ソフィアちゃーん! こっちの修理、終わったよー!」
奥の路地から、ティナが戻ってきた。
顔や服が煤と泥で汚れている。
「換気ダクトが詰まってたから、直しておいたよ! これで空気も綺麗になるはず!」
「お疲れ様です、ティナ。あれ……防護マスクは?」
「あ、暑くて外しちゃった。へへ、大丈夫だよ。ドワーフは頑丈だもん!」
ティナはニカっと笑い、鼻の下を指で擦った。
────その指先に、微かに灰色の粉のようなものが付着しているのを、私は見逃していた。
「調査はこれくらいにして、一旦戻りましょう。サンプルは採取しましたし、ラボで詳しく解析する必要があります」
「そうだね。お腹も空いたし、帰ろっか!」
私たちは何食わぬ顔でスラムを後にした。
自分たちが、死神の鎌の届く範囲に足を踏み入れていたことなど、微塵も疑わずに。
その夜。
皇宮に戻った私は、採取したサンプルの解析に没頭していた。
だが、何度やっても結果は「エラー」。
魔法的なアプローチが一切通用しない。
帝都には、科学的かアプローチをする『医者』は存在する。
彼らにも協力を仰いだが、結果はまだわからない。
いや、そもそも今まで分からなかったことが、私が調査を始めた程度で分かるはずもないのだ。
これは──やはり慢心、いや、傲慢だったのかもしれない。
「……煮詰まりましたね。休憩にしましょうか」
私は伸びをして、コーヒーを淹れるために部屋を出た。
廊下を歩いていると、ティナの部屋の前を通った。
中から、ガタン!と何かが倒れるような音がした。
「ティナちゃん? まだ起きてるんですか?」
返事はない。
私はノックをして、ドアを開けた。
「入りますよ? ……ティナ?」
部屋の中は静まり返っていた。
散らばった図面。作りかけの機械。
そして、部屋の中央で、ティナがうずくまっていた。
「……あ、ソフィア……ちゃん……」
彼女は床に這いつくばったまま、弱々しく私を見上げた。
その顔色は土気色で、呼吸が浅い。
脂汗がびっしりと浮かんでいる。
「ティナッ! どうしたんですか!?」
私は駆け寄り、彼女を抱き起こそうとした。
だが、触れた瞬間、指先に伝わる「違和感」に息を呑んだ。
熱い。高熱だ。
なのに、彼女の左腕だけが、氷のように冷たく、そして――硬い。
「ごめん、ね……。お昼くらいから、なんか調子悪くて……。でも、ソフィアちゃん忙しそうだったから……迷惑かけたくなくて……」
「そんなこと……! 見せなさい!」
私は彼女が隠そうとしていた左腕を、無理やり捲り上げた。
「――――ッ!!」
声が出なかった。
ティナの左手。
指先から手首にかけて、皮膚が完全に灰色に変色し、無機質な「石」になっていた。
スラムで見た、あの症状だ。
「う、うそ……そんな……」
「痛い……痛いよぉ……ソフィアちゃん……」
ティナが苦悶の声を上げる。
見る見ると、石化が二の腕へと浸食していく。
早い。スラムの患者よりも、進行速度が桁違いに早い。
「アドミン! 解析!」
『警告。体内及び血中に、未知の微細物質が増殖中。細胞を炭素ベースからケイ素ベースへ、強制置換しています』
「な……っ!?」
置換?
物質変換?
どうして?
魔法でもないのに、そんなことが?
「ダメ……止まらない……! 回復魔法! 『聖女の慈悲』!」
私はパニックになりながら、自分ができうる最高位の治癒魔法をかけた。
だが、光が当たった瞬間、石化の侵食が加速した。
「ぎゃあぁぁぁっ!!」
「っ!? 魔力を……餌にしている!?」
魔法が効かないどころか、逆効果。
私の「知識」も、この見えない敵には通用しない。
石化が進む。
筋肉を硬化させるというのであれば。
それがこのまま、心筋にまで及んだとすれば。
──死ぬ。
ティナが死んでしまう。
私の慢心のせいで。私が今日、もっと慎重になっていれば。
「いやぁぁぁぁッ!!」
私は絶叫した。
静寂の皇宮に、私の悲鳴が響き渡る。
それは、私たちが直面した「見えない敵」との、絶望的な戦いの始まりだった。




