第42話:証明終了(Q.E.D.)
『ソフィア、バルブ開放まで3、2、1――今だ!』
インカムからレインの声が響く。
「はぁぁぁぁっ!!」
私は全身の魔力を腕に集中させた。
普通に回そうとしても無理だ。ならば――ねじ切る!
バキィィィッ!!
鈍い金属音と共に、赤錆びたバルブが回転し――根元から吹き飛んだ。
ドォォォォン!!
開放されたパイプから、目も眩むような青白い光の奔流が噴き出す。
凄まじい風圧が私を襲うが、私は身体強化で足を踏ん張り、その光景を見届けた。
「行きましたよ、そちらへ!」
地脈から溢れ出した膨大な魔力エネルギーが、地下のパイプラインを通って大時計塔へと逆流していく。
「来たよ! エネルギー充填、120%突破!」
大時計塔が激しく振動する。
ティナが即席で組み上げたパイプが、高熱を帯びて赤く発光し始めた。
ボルトが弾け飛び、蒸気が噴き出す。
「抑えろティナ! 放出角、修正プラス0.03度! 1ミリもズレるなよ!」
「無茶言わないで! ……えぇい、ドワーフ根性ぉぉぉ!」
ティナは自身の身体強化魔法を発動し、ガタガタと震える巨大な砲身(元・時計塔の鐘楼)を、自らの体ごと押し付けて固定した。
レインは懐中時計を見つめる。
秒針が、運命の時刻を刻む。
「……計算完了。放て(ファイア)!」
レインが叫び、ティナが最後のレバーを引き下ろした。
カッ!!
音が消えた。
次の瞬間、大時計塔の先端から、天を突くような巨大な光の柱が放たれた。
それは夜空を切り裂き、渦巻く黒雲を貫いた。
青、緑、紫――極彩色の光がオーロラのように広がり、歪みきっていた空間を洗い流していく。
地下のソフィア、塔の上のティナとレイン。
そして、街の人々。
誰もがその光景を、呆然と見上げていた。
カジノが生み出した汚れた欲望(魔力)が、数学と工学によって純粋な光へと変換され、空へ還っていく。
それは破壊の光ではなく、浄化の光だった。
やがて、光が収束し、地鳴りが止む。
歪んでいた建物や道路が、まるで逆再生のビデオを見るように、あるべき形へと戻っていく。
「……ふぅ」
レインは眼鏡の曇りを拭い、静かになった計器を見下ろした。
針は正常値を示している。
「Q.E.D.(証明終了)だ」
彼は満足げに呟いた。
数時間後。
朝日が昇る頃、私たちは大時計塔の前で再会した。
街は半壊に近い状態だったが、奇跡的に死者はゼロ。
カジノの運営陣は我先にと逃げ出したため、今後の復興は住民たちの手に委ねられることになるだろう。
「……で? 少し貴方に聞きたいことがあるんてわすが」
煤だらけの顔で私が尋ねると、レインは肩をすくめた。
「言わなくてもわかるよ。俺が、あんたらの存在を計算に入れていたことについてだろ?」
彼は懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
それは、私たちがここに来るよりも前に書かれたと思われる、書き損じの計算用紙だった。
そこには、こう書かれていた。
『変数XとYの介入により、生存確率68.8%へ変動……』
「……どうして、我々が来ると分かっていたんですか?」
私が問いかけると、レインは鼻で笑った。
「帝都での防犯装備の相場が0.5上昇した。あのクロードが外国に出るときはいつもそうなんだよ。帝国臣民は自国の安全保障は皇帝に依存していると無意識に理解している。すぐに回復したから勘違いだったのだろうが、勘違いさせる要因があったということだ。帝国周辺の生活品店や宿屋が俄に潤ったていた。金遣いの荒い金持ちが旅行している証左だ。まぁ、そんな感じの細々とした情報を拾って、お前たちが来ると踏んでいたんだよ」
レインは私の顔と、ティナの顔を交互に指差した。
「世界は数式で繋がっているんだよ。風が吹けば桶屋が儲かるように、世界中の微細な変数を統合して分析すれば、概ね何が起きるかは予想ができる」
「しかし、実際に目で見ていないことを信じられるのですか? その、相場? の動きでさえ、他の要因からそうなっているだけということも……」
「それ以外に細々とした要素があるだよ。それに、自分の計算結果だ、自信をもって正しいと言えなくちゃ、学者なんてやってられないよ」
レインは肩をすくめ、手元の羊皮紙――『生存確率68.8%』と書かれた紙を指先で弾いた。
「とはいえ、計算できたのは『お前たちがここに来る』ところまでだ。そこから先、この崩壊する都市で生き残れるかどうか……残りの31.2%の不確定要素は、現場の『変数Y』にかかっていた」
レインは視線を横に流した。
そこには、まだ煤だらけで、自分の身長ほどもあるスパナを抱えたティナがいた。
「へ? 私?」
「ああ。あの極限状態で、崩壊寸前の砲身を物理的に押さえ込むなんて芸当、普通のエンジニアには不可能だ。……あそこで『石頭』のドワーフが踏ん張らなければ、砲撃の軌道がズレて全員死んでいた」
「むぅ……なんかムカつくー! 石頭ってなによ、石頭って!」
ティナが頬を膨らませて抗議の声を上げるが、レインは彼女の帽子の上から、ポンと手を置いた。
「褒め言葉だ。その『石頭(頑固さ)』がなければ、俺の計算式は画餅に帰していたからな。まぁ、『賭け』だったわけだがな。……勝率が7割なら悪くない賭けだった。礼を言うぞ、技術屋」
不意打ちの称賛に、ティナは「うぐっ」と言葉を詰まらせ、顔を真っ赤にして帽子を目深にかぶり直した。
「……ふん、当たり前だし。私にかかればあんなの余裕だし」
照れ隠しでボソボソと言うティナを見て、レインは満足げに笑い、私に向き直って手を差し出した。
「約束だ。俺の頭脳をお前らの学校に貸してやる。計算通りだが、想像以上だ。……退屈しなさそうだな、お前らの学校は」
「ええ。貴方を飽きさせない自信はありますよ」
私は彼の手をしっかりと握り返した。
こうして、私たちは最強の数学者を手に入れた。
「数学の国」での旅は、街一つを吹き飛ばしかける大騒動の末に、ハッピーエンド(計算通りの解)で幕を閉じたのだった。




