表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/57

第39話:測地線

「跳びますよ! ティナちゃん!」


「らじゃー!」


ダンッ!


私たちは石畳を蹴り、目の前の建物の非常階段を一気に駆け上がった。

錆びついた鉄骨が悲鳴を上げるが、構わない。


3階部分の踊り場から、さらに上の屋根へとジャンプする。


「うわっとっと!」


瓦屋根の上に着地すると、雪で足が滑りそうになる。

だがティナは、ドワーフ特有の重心の低さと体幹の強さで踏ん張り、私は結界魔法の応用でバランスを修正する。


「アドミン! ルートガイド!」


『了解! 前方12時の方向、隣のビルの給水塔を経由して、向かいの鐘楼へジャンプ!

 そこから地下水路へダイブ!』


視界に赤いライン(ナビゲーション)が表示される。

それは常人の感覚では「自殺行為」としか思えない、空中の点と点を結ぶルートだった。


「無茶苦茶だね!」


「それが『最短』です!」


私はドレスの裾を翻し、跳躍した。

眼下には、歪んだ空間に捕らわれ、蟻地獄の底を這うように進むゴーレムの姿が小さく見える。


あいつは「直進」している。


だが、私たちは「空間の外側」を飛んでいる。


「っ……!」


風を切る音が耳元で唸る。

カジノ都市の上空。

ここからは、街全体に現れる「魔力の歪み」がよく見えた。


まるで蜃気楼のように揺らめく空間の海。

その波間を縫うように、私たちは屋根から屋根へと飛び移っていく。


「次は地下です!」


鐘楼の屋根から、路地裏のマンホールへ向かって落下する。

着地寸前に結界魔法を前方に射出し、衝撃を殺、ティナと共に地下水路へと滑り込んだ。


ザパァァァン!


冷たい汚水が跳ねるが、気にしている場合ではない。


『警告。右側壁面に高濃度の魔力溜まりを検知。接触すれば、空間圧縮によりどっか別のところに弾き飛ばされるよ!』


「右に寄らないで! 左の壁を走るよ!」


「ええええ!?」


私はティナの手を引き、遠心力を利用して壁面を走った。

すぐ右側では、空間がねじれ、鉄柵が飴細工のようにひしゃげているのが見える。


一瞬でも判断を誤れば、私たちもあの鉄屑の仲間入りだ。


「心臓に悪いよぉぉぉ!」


「文句はあの数学者に言いなさい!」


地下水路を抜け、再び地上へ。

目の前には、ついにあの大時計塔がそびえ立っていた。


「見えた! ゴールだ!」


ティナが叫ぶ。

だが、同時に別の影も見えた。


カシャン、カシャン……。


大通りの向こう側から、あのゴーレムが淡々と歩いてきている。

距離はほぼ互角。

あちらは障害物なしの平坦な道。


こちらは泥だらけで息も絶え絶え。


「あと100メートル……!」


私は残った魔力を全て脚部に集中させた。

特段魔法として術式を纏わなくても、魔力による肉体強化もある程度は可能。


「ティナ、私に合わせて!」


「うん!」


「いっ――せーの――」


「せぇぇぇぇい!!」


私たちは同時に地面を蹴った。

雪を爆発させ、弾丸のように飛び出す。

ゴーレムもまた、最後の直線を機械的な正確さで進む。


時計塔の入り口。


そこに立つ、管理人の姿。


そして、その横で懐中時計を見つめるレイン。


(届け――!)


私は懐から手紙を取り出し、腕を限界まで伸ばした。


カシャン。


ゴーレムの手も伸びる。


一瞬の静寂。


そして――。


バシィッ!!


乾いた音が、寒空の下に響き渡った。


「……はぁ、はぁ……!」


私は膝に手をつき、荒い息を吐いた。

隣ではティナが大の字になって倒れ込み、空を見上げている。


「……判定は?」


私が顔を上げると、レインは驚きに目を見開いたまま、ストップウォッチを握りしめていた。

管理人の手には、私が叩きつけた手紙。

そしてゴーレムの手は――わずか数センチ、届いていなかった。


「……14分59秒82」


レインが震える声でタイムを読み上げた。


「ゴーレムの到着予想時刻より、0.18秒速い」


彼はゆっくりと視線を落とし、泥だらけでボロボロになった私たちを見た。

そして、ゴーレムを見やり、再び私たちを見る。


「……『測地線』か」


レインがポツリと呟いた。


「直線を捨て、あえて危険な屋根や地下を選んだ。この歪んだ空間において、それが唯一の『解』だと見抜いたか」


「……ええ、まあ。身体を張った『実地検証』でしたけどね」


私が髪をかき上げて笑うと、レインは呆れたように、しかしどこか嬉しそうに口の端を歪めた。


「なるほどね……なるほどなるほど」


突然、彼は腹を抱えて笑い出した。


「面白いよ。なるほどね。君みたいな行動力の塊が、きっと世界を変えるんだろうね」


彼は笑い涙を拭い、私に手を差し出した。


「わかった。いいよ、ソフィア・エレオノーラ・フォン・オルステッド。……負けを認めよう。約束通り、話を聞こうじゃないか」


私はその手を取り、しっかりと握り返した。


「ええ。では改めて、スカウトさせていただきます。レイン先生」


こうして、最高の頭脳を持つ数学者との交渉の機会を得た。

代償として、ドレスは泥だらけ、全身筋肉痛のおまけ付きだったけれど。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ