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第35話:ディーラー・ズ・ハイ(前編)

「ふぅ……。この時期の観光地は大変ですね」


チェックインの手続きを終えるのに、結局1時間近くかかってしまった。


私はルームキーを手に、ティナを待たせているロビーのソファへと戻った。


「お待たせ、ティナちゃん。部屋に行きましょ――」


声をかけようとして、私は足を止めた。


いない。


ソファの上には、誰も座っていなかった。


「……嫌な予感がします」


私はすぐに周囲を見回した。


すると、ロビーの奥、カジノエリアへ続く通路のあたりで、何やら揉めている人だかりが見えた。


「いやだぁぁ! 離してぇぇぇ! ソフィアちゃぁぁぁん!!」


聞き間違えるはずもない。ティナの悲鳴だ。

私は人波をかき分け、その中心へと駆け寄った。


そこには、泣き腫らしてボロボロになったティナと、彼女の両脇を抱えて連行しようとする黒服の男たちの姿があった。


「ちょっちょっと! ティナちゃん!……一体何をしているんです?」


私が声をかけると、ティナは顔をぐしゃぐしゃにして泣きついた。


「ソフィアちゃん……! うぅ、ごめんなさいぃぃ……! 勝てると思ったのに……全部外れて……!」


「……事情を説明していただきましょうか」


私が黒服たちを睨むと、その背後から一人の男が現れた。


燕尾服を着こなした、このカジノの支配人らしき男だ。


彼は慇懃無礼な態度で、一枚の羊皮紙を突きつけてきた。


「お連れ様でしたか。いやはや、困ったものですよ。このお嬢さん、最初は勝っていたのですがね。熱くなりすぎて、最後には一文無しだ。

 それでも勝負をしたいと言うから、特別に『身体』を担保に貸してあげたのですが……結果はご覧の通りです」


羊皮紙には、ティナの筆跡でサインが書かれている。


『負けた場合、この身柄をカジノ側の所有物とし、労働によって返済する』と。


「借金額は……金貨5000枚!? たった1時間で!?」


法外なレートだ。間違いなくカモにされたのだ。


ティナは「ごめんなさいぃぃ」と泣きじゃくるばかり。


「……分かりました。私が支払います。彼女を離しなさい」


私は財布を取り出したが、中身を確認して動きを止めた。


手持ちの現金は、旅費を含めても金貨100枚ほど。桁が二つも違う。


(……足りない。でも、帝国に連絡すれば……)


私は冷静に交渉を試みる。


「手持ちが足りません。ですが、私には支払う当てがあります。少し時間をください。本国に連絡して、すぐに送金させますから」


しかし、支配人は冷たく首を横に振った。


「お客様。ここは『フォルトゥナ』です。『その場での精算』が絶対のルール。ツケ払いや後払いは一切認めておりません」


「……では、彼女の身柄を賭けて、私と勝負というのはいかがですか? 私が勝てば借金は帳消し。貴方がたが勝てば……」


しかし支配人は言葉尻を制して、これを拒否した。


「お断りですね。見目麗しい『ドワーフ』なんて珍しい種族を、わざわざリスクに晒す必要がありませんから」


支配人が指を鳴らすと、黒服たちがティナを引きずり始めた。


「いやぁぁ! 助けてソフィアちゃん!」


「連れて行け」


「……仕方ありませんね」


私は深く溜息をつき、懐から「ある物」を取り出した。


「――止まりなさい」


凛とした声と共に、私が掲げたのは、黄金の鷲と剣が刻まれた紋章。


神聖オルステッド帝国の、皇族だけが持つことを許された身分証だ。


「なっ……!?」


「そ、その紋章は……まさか……」


黒服たちが足を止め、支配人の顔色が変わる。


「初めまして。私はソフィア・エレオノーラ・フォン・オルステッド。――帝国皇帝の皇后です」


静まり返るロビー。


確認させてくれと手を伸ばす支配人に対して、私は素直にその要請に答える。


「……間違いなさそうだ」


私は紋章を懐にしまい、さらに畳み掛けるように微笑んだ。


「その子は、我が国の重要な客人であり、私と……皇帝陛下の大切なご友人です」


 私は一歩踏み出し、あえて穏やかな笑みを浮かべたまま彼らを見据えた。


「もし彼女を不当……いえ、たとえ正当な理由であろうとも、拘束するというのなら……そうですね」


 言葉を区切り、首をかしげて見せる。


「今頃私の連絡を待ちわびている夫――『皇帝クロード』に助けを求めることに致しましょうか」


「皇帝、か……」


「ご存知かは分かりませんが、僭越ながら私は、陛下から並々ならぬご寵愛を賜っておりますので」


 動揺する彼らに、とどめとばかりに告げる。


「私からそんな連絡が来たとなれば、この街ごと氷漬けにしに来るかもしれませんが……構いませんか?」


「……ち」


支配人が至極面倒くさそうに舌打ちをする。


オルステッド帝国現皇帝クロード。


実は他国において、彼の威勢は悪名・・として轟いている。

概ね誇張された風聞なのだが、せっかくだから理由しない手はない。


黒服たちは何やら相談を始めた。

聞こえないが、内容は想像できる。


『ただの客ならあしらえる。だが、大陸最強の軍事国家の皇后となれば話は別だ。あの悪名高き皇帝が、損得度外視にこのカジノ都市を地図から消すことだって、大袈裟でなく考えられる』


「……と、そのような脅し文句を使って、こちらの要望を押し通すなんて真似は、したくありません。私も、穏便に済ませたいのです」


私は強張る支配人に歩み寄った。


「もし、真っ当に勝負に応じてくれるのなら、この身分証のことは忘れましょう。これからも今まで通り、平和に営業できます。……ただ、彼女の身柄を賭けて、私と勝負をしてくれればいいのです」


「……仕方がありませんね」


支配人は眼鏡を拭きながら、観念したように頷いた。


「……承知いたしました。勝負をお受けしましょう」


「懸命な判断です」


「ただし! 条件がございます」


支配人の目に、ギャンブラーとしての狡猾な光が戻る。


彼は、逃げられない状況を逆手に取ったのだ。


「こちらが負ければ、そのお嬢さんをお返しします。ですが、そちらが負けた場合はどうなさるおつもりで?『後払いなし』のルールは絶対です。金がないなら、賭けるものがないでしょう」


「そうです。もちろんですとも」


手持ちの金が足りないのなら、払えるものは一つしかない。

その条件、望むところだ。


「では、私の『身体』を賭けましょう」


「!?」


「帝国の皇后の身柄です。金貨5000枚どころの価値ではありませんよ? 私が負けたら、ティナと共に大人しく貴方がたに従いましょう」


「そ、ソフィアちゃん!? ダメだよ!!」


ティナが悲鳴を上げるが、私は手で制した。


支配人が変わらずに人畜無害な笑顔を保つが、その瞳には下卑た鈍い輝きが漂っていた。

リスクは高い。

だが、もし勝てば、正当な理由で帝国すら脅せる人質が手に入る。


「……いいでしょう。その勝負、乗りました」


契約成立だ。


通されたのは、カジノの最上階にあるVIPルーム。


中央には、緑色のラシャが敷かれたテーブルが一台だけ置かれている。


「勝負はシンプルにいきましょう」


支配人が自らディーラーの位置につき、新しいカードの封を切った。


「『ブラックジャック』。 私と貴女、一対一のサシ勝負です」


ブラックジャック。


手持ちのカードの合計を「21」に近づけるゲーム。


運の要素もあるが、何より「配られたカードを記憶する力」と「次に来るカードを読む力」が勝敗を分ける。


極論を言えば、場に出たカードを記憶・計算し、「シュー(デッキ)の中に残っているカードがプレイヤーに有利か不利か」を予測するカード・カウンティングという手法を使えば、客側ほとんど負けることはない。


言うまでもなくイカサマで、常人の記憶力では不可能、当然私の記憶力も人並みなので、には不可能だけれど。


「望むところです」


私が席につこうとした時、支配人が手を挙げた。


「おっと、待ってください。……その片眼鏡モノクル、外していただけますか?」


彼は私の左目を指差した。


「最近は魔導具を使ったイカサマも多いのでね。身体検査まではしませんが、怪しい道具は外していただく決まりです」


ティナが息を呑む。


このモノクルこそが、私が外部と通信し、演算結果を表示するためのデバイスだと勘付かれたか。あるいは単なる用心か。


どちらにせよ、私の「目」を塞ぐつもりだ。


「……ふふっ、用心深いですね」


私は躊躇なくモノクルを外し、テーブルの端に置いた。


「構いませんよ。私の視力は裸眼でも十分ですから」


「ご協力感謝します」


支配人がニヤリと笑い、カードをシャッフルし始める。


その程度のこと、私も想定内だ。


私の唇が、自然と三日月形に歪む。


「さあ、始めましょうか」

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