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第34話:算術の国

帝都を出発してから、北へ向かうこと約一週間。


私たちがたどり着いた「数学の国」――正式名称『数理公国』は、大陸の北端、万年雪を戴く山脈の麓に位置している。

国の成り立ちが少し特殊で、始まりは権力を嫌った学者たちが、人里離れた地を求めてここにたどり着いたのが始まり。


一年を通して冷たい風が吹き荒れる極寒の地であり、好んでこの国を支配しようとする者がいないために成り立つ自治国家。


国民のほとんどが学者や研究者で構成され、静寂と論理を愛するこの国は、本来であれば享楽的な観光客など寄り付かない、厳格な学術国家でもある。


しかし、その国境沿いに存在するこの・・・だけは、異彩を放っていた。



カジノ都市「フォルトゥナ」。



「1+1=2」の絶対的な正解を愛するこの国において、唯一「運(確率)」という不確定要素を産業とすることが許された、国家公認の経済特区。


その設立目的は極めて合理的だ。


一つは、研究に没頭するあまり経済観念の欠落した学者たちを養うための、近隣諸国からの外貨獲得手段として。


そしてもう一つは――机上の空論になりがちな「確率論」や「統計学」を、生の人間と金を使って検証するための、巨大な「実証実験場」として。


だからこそ、この街には大陸中から一攫千金を夢見るギャンブラーだけでなく、世界を計算式で支配しようとするマッドな数学者たちもまた、吸い寄せられるように集まってくるのだ。


「……寒っ!! なにこれ、冷蔵庫の中!?」


国境を越え、車窓の景色が一面の銀世界に変わった途端、ティナがガタガタと震えだした。

帝都の温暖な気候とは別世界だ。


私たちは馬車の中で、予め用意していた「寒冷地仕様」の衣装に着替えることにした。


「ふふっ、似合っていますよ、ティナ」


着替えを終えたティナを見て、私は思わず頬を緩めた。


いつもの作業用つなぎの上から、分厚い羊毛の裏地がついた「特製ムートンジャケット(アビエイター風)」を羽織り、首には自分の顔が埋まるほど長いマフラーをぐるぐる巻きにしている。


さらに頭には、耳当てのついた飛行帽を被り、その上からいつものゴーグルを装着。


小柄な体型も相まって、その姿はまるで「モコモコの雪ん子」か、愛らしい小動物のようだ。


「うぅ……動きにくいよぉ。こんなに着込んだら精密作業ができない……」


ティナはペンギンのようにパタパタと腕を動かして不満げだ。



「我慢しなさい。凍えて指が動かなくなるよりマシでしょう? それに、そのブーツの底には『スパイク機能』も内蔵しておきましたから、雪道でも滑りませんよ」


「えっ、ホント!?」


……カシャンと足踏みをするティナ。


「おぉ! 爪が出た! かっこいい!」


単純なティナはすぐに機嫌を直して、車内の床を踏み鳴らしている。


「そういうソフィアちゃんこそ、すっごく綺麗……! なんか、『雪の精霊』みたいだよ!」


ティナが目をキラキラさせて私を見上げる。

私が選んだのは、純白の「軍服風ロングコート」だ。


襟元と袖口には、保温性に優れた最高級の白銀狐シルバーフォックスのファーをあしらい、ウエストはベルトでキュッと締めてシルエットを美しく見せられるようにしている。


足元は、雪の侵入を許さない白のエナメルロングブーツ。


全体を「白と銀」で統一し、周囲の雪景色に溶け込むようなコーデ。


「ありがとうございます。もちろん見た目だけじゃありませんよ。このコートの裏地には、私の魔力を循環させて体温を一定に保つ『恒温結界回路』を縫い込んであります」


「へぇーすごいね! それ売り出せば儲かるんじゃない?」


「ふふ。実は欠点があって、常に魔力を消費するのでめちゃくちゃ疲れるのです!」


「あはは! つまり常に全力ダッシュしてるってことね! そりゃあ体も暖まるか!」


ソフィアちゃんはケタケタ笑った。


「……あーあ、クロード様が見たら『雪原の女神だ!』って泣いて喜んだろうなぁ」


「……想像できるからやめてください」


私たちは顔を見合わせて笑い合い、完全防備で馬車の扉を開けた。


氷点下の風が吹き込むが、この装備なら問題ない。


いざ、極寒の「数学と賭博の国」へ。


─────────


カジノ都市「フォルトゥナ」──その中心にそびえ立つ巨大カジノホテル「グランド・ロワイヤル」。


一歩足を踏み入れれば、そこは別世界だった。

真紅の絨毯、黄金のシャンデリア、そして欲望と熱気が渦巻く遊技場。


そのロビーにて。


「……すごい行列ね」


受付カウンターの前には、チェックイン待ちの客が長蛇の列を作っていた。


世界中から観光客が集まるこの時期、手続きだけで一時間はかかりそうだ。


ソフィアは横にいるティナを見た。


彼女は慣れない長旅と、初めての人混みに少し疲れた様子で、あくびを噛み殺している。


「いい、ティナちゃん。私は受付に行って手続きをしてくるから、少し待っててくれる?」


私はロビーの隅にある、ふかふかのベルベットのソファを指差した。


「そこのソファに座って、大人しくしているのよ? ここは広いから、迷子になったら大変だからね」


「はぁーい。分かったよぉ……」


ティナが素直にソファに腰を下ろしたのを確認し、ソフィアは「絶対に動かないでね」ともう一度念を押してから、行列の最後尾へと小走りで向かった。


残されたティナは、言いつけ通りに座ってはいたものの、すぐに手持ち無沙汰になってしまった。


キョロキョロと周囲を見渡して、一体何に興味を向ければよいのか迷っている様子だった。


そんな彼女の孤独な隙間に、甘い誘惑が忍び寄る。


「お嬢様、お退屈のようですね」


「へ?」


声をかけてきたのは、カジノの入り口に立っていた燕尾服の男だった。


彼は慇懃な笑みを浮かべ、一枚のコインを差し出した。


「よろしければ、こちらで一攫千金などいかがですか? 今なら初回ご遊戯用のコインを、特別に一枚サービスしておりますよ」


「……え、いいの? でも私、子供だし……」


「構いませんよ。ここは『確率の国』。計算ができる者なら、誰にでも平等にチャンスが与えられる場所ですから」


男はそう言って、ホールの奥を手で示した。


そこには、極彩色の光を放ちながら回転する、巨大な機械仕掛けが鎮座していた。


「すっげえぇぇぇ!!」


ティナは工具箱を抱きしめたまま、ソファから飛び起きて目を輝かせた。


彼女の視線は、ギャンブルの華やかさではなく、その機械の「構造」に釘付けになっていた。


そこに鎮座していたのは、直径2メートルはあろうかという巨大回転円盤マネー・ホイール


「見てあの軸受ベアリング! ミスリル合金を使ってるから回転摩擦が極限までゼロに近い! それに、あの革製のストッパー……乾燥具合から見て、ピンに当たるたびに減速の抵抗値が微妙に変化してる……!」


ティナはフラフラと、円盤の最前列まで吸い寄せられてしまった。


ソフィアの「動くな」という言いつけは、目の前の魅力的なギミックの前に霧散してしまっていた。


ディーラーが「ノーモア・ベット」と叫び、力いっぱいホイールを回す。


「あの初速なら……今の湿度が45%だから、革の摩擦係数を計算して……」


ティナの脳内で、歯車が高速回転する。


ドワーフ族特有の空間把握能力と、機械への偏愛が導き出した答え。


(……3回転と4分の1周。止まるのは――あそこだ!)


「ねぇおじさん! この『黄金の王冠(50倍)』に一枚!」


ティナは貰ったばかりのコインを、一番倍率の高いエリアに叩きつけた。


周囲の客が「おいおい、そんな大穴に来るわけがない」と失笑する。


しかし。


カラカラカラ……カチッ、カチッ……。


ホイールが減速し、ゆっくりとピンを越えていく。


そして。


ピタリ。


革のストッパーが指し示したのは、まさしく『黄金の王冠』だった。


「うわっ!? 当たった! すごい!」


ドワァァァッ!と歓声が上がり、山のようなチップがティナの元へ押し寄せる。


周囲の客が驚愕の目で見る中、ティナはニシシと笑った。


「なんだ、簡単じゃない! 機械仕掛けなら、ドワーフの私に分からないはずがないもんね! よーし、この調子で新しい工具セット代を稼いじゃうぞー!」


これが、地獄への入り口とも知らずに。


ティナはビギナーズラックと技術者としての自信に酔いしれ、チップの山を抱えて奥へ奥へと進んでいった。



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