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第33話:旅立ち

鋼鉄公国グラムでの経験は、私に多くの学びを与えるとともに、新しい仲間ももたらした。


「ふぁぁ……ここが帝国の『首都』かあぁ。こんなおっきな凱旋門みたことないやぁ。うちの国は全部機能性重視だから、外観とか気にしないんだようねぇ」


馬車の窓から身を乗り出して、ぽかんと口を開けているのは、ドワーフ族の娘、ティナだ。


祖父譲りの栗色の髪を無造作に後ろで縛り、小柄な体には、サイズの大きな作業用つなぎ(オーバーオール)を纏っている。


そのあちこちに染み付いた黒い機械油の汚れは、彼女が「現場」の人間であることの勲章だ。


首からは愛用のスパナをペンダントのようにぶら下げ、額には分厚いレンズの拡大鏡ゴーグル


煌びやかな帝都の街並みの中で、彼女の姿はひどく浮いていたが、本人は全く気にしていない様子だった。


「ふあ! 見てよソフィアちゃん! あの街灯! なんで支柱にあんな螺旋状の装飾が入ってるの? 強度的には直線のほうが有利なのに……あえてねじって『美しさ』を出してるんだ……無駄だけど、すっごく綺麗……!」


彼女の瞳が、エメラルドのように輝く。

ドワーフの国では「パイプは剥き出し」「歯車は実用性のみ」が常識だ。


けれど、目の前に広がる帝都は違う。

白亜の石畳、計算された街路樹の配置、空中に浮かぶ半透明の広告魔法陣。


それらすべてが、「機能」だけでなく「権威」と「美」を両立させるために設計されていることに、彼女はエンジニアとして衝撃を受けているようだった。


「うわぁ、あの噴水も! ポンプが見えないよ!?  水圧だけであの造形を維持してるの?……へぇぇ、帝国の魔導制御って、こんなところまで行き届いてるんだぁ……」


ティナは興奮して鼻息を荒くしながら、メモ帳片手にキョロキョロと視線を巡らせている。

その純粋な探究心は、見ていて微笑ましいものだった。


とにかく帝国で新しいものをたくさん知りたい!


という彼女の希望を叶える目的で帝国へ連れてきたけれど,そんな彼女の様子をみて,私は彼女に,帝国だけでは知ることとのできない,もっと広い世界を知ってもらうことにした。


「ねぇ,ティナちゃん,せっかくだから私と『世界』を回らない?」


数日が経ち,ある程度帝国の生活に慣れてきたティナに,私はそんな提案をした。


私の執務室のソファーで,まるで自室でくつろぐかのようにごろ寝をしながら本を読む彼女は,「へ?」と気の抜けた返事をしたかと思うと,意味を理解できていない様子で,私の方を見つめ返した。


「世界を見るって、なんの話?」


「言葉通りの意味よ。私と一緒に,ほかの国にを回ってほしいの」


私は,順番にことの経緯を説明した。

学校を作ろうとしていること。

鋼鉄公国グラムへは教材作成のために技術提携の依頼をしに行ったこと。


そして,学校を作るのだから,当然そこで働く講師が必要だということ。

その講師をスカウトしに,世界を旅する予定だということ。

ティナの返事は,答えを聞くまでもなくその輝かせた目が物語っていた。


「いく!!!」


これぞまさに二つ返事というやつだ。



―――――――――――――――――――――



「『校舎建設』『機材搬入』」


私は空中に展開したホログラムの工程表ガントチャートに、涼しい顔で「済」のチェックを入れた。


「それで,次は講師探しか。順調だな」


向かいの席で公務をしていたクロード様が、感心したように頷く。


「そうですね。一応、目星はつけているですが」


「しかしそれなら、わざわざ探しに行かなくとも,帝国の魔導院やアカデミーから優秀な教授を派遣させられるぞ。それに,君の名声を聞けば、誰もが喜んで馳せ参じるはずだ」


クロード様が提案するが、私は首を横に振った。


「いいえ、私が考えている学校は,既存の魔法学校とは異なっていますので,それに見合う人材というのは,恐らく帝国で教鞭をふるっている方々にはいないかと思われます。まぁ,一般的な魔法の授業も考えていますので,お力を借りることもあるんですが」


私はカリキュラムの一部を見せた。

そこには、既存の学校が教える『魔法』ではなく,物理や化学とった,いわゆる『自然科学』が含まれていた。


「私が目指しているものは,既存の『魔法』技術と『科学』技術を根底にした,新しい学問です。そのためには既存の枠組みにはとらわれない『先生』が欲しいのです」


かつて私が教わった、あの『おじ様』のような。


「……なるほど。確かに、そういう話なら,現状帝国に教えられるものはいないだろうな。帝国の学校は,本質的には富国のためのものだから,軍事力に直結する,いわば攻撃的な魔法を中心にカリキュラムが組まれているし」


クロード様が苦笑する。


「まぁ、そうだな、では最初にどこへ行くんだ? 目星と言っていたが,やみくもに探すわけではないんだろ?」


「ええ,まずは北方大陸の『数学の国」へ行こうかと思います。世界を数式で解き明かそうという変人たちが集まって,自治を始めた国と聞いています。きっと面白い方がたくさんいますよ」


私は地図を指さしながらつづけた。


「アドミンの検索でも、何人か有力な候補が挙がっています。特に、その国には『確率論』の実証のためにカジノに入り浸り、学会を追放された元教授がいるとか。魔導工学の基礎となる『計算』を任せるには、教科書通りの優等生よりも、それくらい尖った人物のほうが適任かもです」


「そうか。なんにせよ、君が楽しそうなら構わん」


クロード様が納得したように頷き、そして――スッと立ち上がって私の隣に並んだ。


「では、行こうか」


「はい? どこへ?」


「決まっているだろう。その『数学の国』とやらへだ」


「……は?」


私が固まると、クロード様は「当然だろう?」という顔で荷物をまとめようとした。


「待ってください! なぜ陛下がついてくるんですか!」


「君が変人たちに囲まれるのだぞ? 護衛が必要だ」


「私にはアドミンも、最高レベルの防衛結界もあります! それに、いくら何でも国をあけすぎですよ! この間のグラムの時だって,帰ってきたら宰相さんに怒られたじゃないですか!」


「構わん。奴は優秀な男だ。このまま全て宰相に任せてしまえばいい。それより私は、君が何か月も私の目の届かない場所に行くことの方が、国家存亡の危機だと認識している」


「私情100%じゃないですか!!」


私は慌てて、執務室の扉に向かって叫んだ。


「宰相ーっ! 近衛兵ーっ! 陛下が脱走しようとしてます! 捕まえてーっ!」


「ええい、離せソフィア!  私も君と『かくりつろん』について語り合いたいんだ!」


「嘘をおっしゃい! 数学なんて嫌いでしょうが! せめてちゃんと『確率論』といえるようになってから出直してください!」


翌朝。帝都の正門前。


「ソフィアぁぁぁ! 行かないでくれぇぇぇ!」


「離してくださいクロード様! 鼻水がついてます! 威厳を!」


ズルズルと宰相と近衛兵たちに引きずられていくクロード様。


この世の終わりみたいな顔をしているが、1ヶ月もしないうちに帰ってくる予定だ。


まったく、大げさな人だ。


「お土産買ってきますから! 毎日アドミンで通信しますから!……行ってきます!」


私は半ば逃げるように馬車に飛び乗った。 隣では、今回の旅の道連れであるティナが、あきれ顔で工具箱を抱えている。


「……ていうか私の国に来た時商人って名乗ってたよね。その後皇帝陛下って聞いてびっくりしたけど,今は逆の意味でびっくりしてるよ。あれが雷鳴とどろく天下の皇帝陛下か……あんなキャラだったのね」


「忘れて、ティナちゃん。あれは『プライベートモード』のバグだから」


そんな感じで慌ただしく、なんだかキャラ崩壊しかけている皇帝陛下を尻目に、私とティナ、そしてアドミンの、騒がしいスカウト旅が始まったのだった。



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