第29話:敗北
約束日。
私たちは荷車を引き、再び鍛冶ギルドの本部を訪れた。
「……来たか、魔法使い」
工房に入ると、ガントさんとその弟子たちが待ち構えていた。
彼らの目は充血し、手には無数の切り傷や火傷がある。
この1週間、不眠不休で炉に向かっていた証拠だ。
「逃げずに来るとは、いい度胸だ。……まずは俺たちの成果を見てもらおうか」
ガントさんが布を捲ると、そこには10本のミスリル剣が並べられていた。
その一本一本から放たれる覇気は凄まじい。
研ぎ澄まされた刃紋。
完璧な重心バランス。
まさに「職人の魂」が込められた芸術品であり、1週間という短期間でこれを10本揃えたのは、神業と言っていい。
「どうだ。俺の弟子たちが血反吐を吐いて揃えた、最高傑作だ。品質のバラつきも極限まで抑えた。文句はねぇだろ?」
ガントさんが自信満々に胸を張る。
確かに、素晴らしい出来だ。
私がノギスで測るまでもなく、その精巧さが伝わってくる。
「……お見事です、ガントさん。本当に、素晴らしい剣です」
私は素直に称賛した。
そして、自分の荷車の方を向き、小さく息を吸った。
「……次は、私の番ですね」
私は木箱の蓋を開けた。
ガントさんと弟子たちが、一斉に中を覗き込む。
そして、彼らの眉が怪訝そうに潜められた。
「……あん? なんだこりゃ。3本しかねぇぞ?」
そう。
箱に入っているのは、たったの3本だけ。
約束の数は「10本」。
あきらかな数不足だ。
「……申し訳ありません」
私はその場で、ガントさんに向かって深々と頭を下げた。
「約束の数を、用意できませんでした」
「はぁ?」
「私の設計した工程は、クロード様の魔法による『急速冷却』が必須です。ですが、人の手による魔法制御を組み込んだ結果、どうしても量産ペースが上げられず……結果仕上げられたのは、この3本だけでした」
私は地面を見つめたまま、言葉を続けた。
悔しい。
エンジニアとして、納期を守れなかったのは致命的なミスだ。
「『品質と納期』で勝負と言ったのに、納期を守れませんでした。……私の、負けです。生意気な口を利いて、大変失礼いたしました」
工房に沈黙が流れる。
クロード様は何も言わず、私の隣で静かに佇んでいる。
私が潔く負けを認めたことで、弟子たちから嘲笑が漏れる――かと思った。
だが。
「……おい。顔を上げろ」
ガントさんの声は、怒ってはいなかった。
むしろ、震えていた。
「え……?」
「謝罪なんざどうでもいい。……おい、これを見ろ」
ガントさんは私の謝罪など耳に入っていない様子で、箱の中の剣に釘付けになっていた。
彼は震える手で、その一本を手に取る。
「な、なんだ……この青い輝きは……」
ガントさんが剣を光にかざす。
表面にうっすらと浮かぶ、青白い魔力の脈動。
「超高圧プレス」と「急速冷却」によって生まれた、科学と魔法の融合金属。
「……おい! 残りの2本も出せ! 早くしろ!」
「は、はい!」
言われるがままに、私は残りの2本を作業台に並べた。
ガントさんはそれを食い入るように見つめ、並べ替え、重ね合わせ、指で弾いた。
キィィィン……。
キィィィン……。
キィィィン……。
3本とも、全く同じ音色が響く。
「……ありえねぇ」
ガントさんが呻く。
「俺たちの剣は、自信作だ。だがな、それでも微かな『ズレ』はある。火の加減、叩く時の疲れ、その日の湿度……どうしても『個体差』が出ちまう。それが手作りの味であり、限界だ」
彼は私の作った3本を指差した。
「だが、こいつらはなんだ? まるで、鏡に映したみてぇに、3本とも完全に同じ姿をしてやがる……。重心も、刃の厚みも……一寸の狂いもなく『均一』だ」
「それが……私の目指した『工業規格』です」
私が恐る恐る答えると、ガントさんは大きく息を吐き出し、天井を仰いだ。
「……完敗だ」
「えっ?」
「納期は守れなかったかもしれん。だが、モノとしての『格』が違いすぎる」
ガントさんは私の作った剣を、愛おしそうに撫でた。
「俺は何十年も鉄を打ってきた。だから分かる。こいつは、俺たちが一生かかっても到達できねぇ領域にある。『魂がない』なんて言って悪かった。……こいつには、お前さんの凄まじい執念と、新しい技術の魂が宿ってやがる」
「ガントさん……」
「負けたよ、嬢ちゃん。機械ってのは、すげぇんだな」
ガントさんが、私の目を見てニカっと笑った。
その笑顔は、頑固親父のものではなく、新しいおもちゃを見つけた少年のような、純粋な職人の顔だった。
「い……いいんですか? 私の勝ちで」
「ああ。約束通り、土下座でもなんでもしてやるよ。その代わり… …この剣の作り方、俺たちにも教えろ!この『均一さ』、ワシらも喉から手が出るほど欲しい技術だ!」
「そ、そんな土下座なんて!! いえ、もちろんです! 教えます!」
私は嬉しさで胸がいっぱいになった。
勝ったことよりも、自分の技術が認められたことが何より嬉しかった。
クロード様も、満足げに微笑んでくれている。
その時だった。
工房の外から、慌ただしい鐘の音が鳴り響いた。
カンカンカンカンッ!!
「な、なんだ!? 敵襲か!?」
「親方! 大変です!!」
若いドワーフが、顔面蒼白で工房に飛び込んできた。
「第3鉱山で崩落事故です! 作業員が数名、生き埋めになりました! しかも……地脈が刺激されて、奥で眠っていた『採掘機』が暴走してます!!」
「なんだとぉ!?」
ガントさんの顔色が変わる。
第3鉱山。そこは、この国の主要なミスリル鉱脈だ。
そして何より――。
「ま、孫の……孫のティナが、今日あそこに視察に行ってるはずだぞ!!」
「えっ……!?」
事態は急変した。
技術対決の余韻に浸っている場合ではない。
私はクロード様と顔を見合わせた。
「ソフィア」
「はい。行きましょう、クロード様!」
私たちは頷き合い、ガントさんよりも先に工房を飛び出した。




