第28話:工場制魔法工業
「場所はここでいいか?」
クロード様が手配したのは、街外れにある廃墟同然の古い倉庫だった。
かつては蒸気機関車の整備工場だったらしく、天井が高く、床も頑丈だ。
ここなら、どんなに派手な実験をしても誰にも文句は言われない。
「完璧です! 勝負の期限は1週間……時間はギリギリですが、やるしかありません!」
私は埃っぽい空気を胸いっぱいに吸い込み、気合を入れた。
本来なら、工場の立ち上げだけで数ヶ月はかかるプロジェクトだ。
だが、私たちには強力な助っ人がいた。
「おい、運び込め!」
倉庫の外から威勢のいい声が響き、大きな木箱を抱えた作業員たちが次々と入ってきた。
彼らは皆、背中に「アルケム連合・技術開発局」の紋章が入ったつなぎを着ている。
「クロード様、彼らは……?」
「ギルバートからの『陣中見舞い』だ。あいつの私兵である専属技師たちと、最新の工作機械一式を送ってもらった」
クロード様がニヤリと笑う。
「『妻が面白いことを始めるから、手駒を貸せ』と連絡したら、二つ返事で送ってきてな。……借りは高くつきそうだが」
「さすがギルバート殿下! 後で技術提携の契約書を送っておきます!」
木箱から出てきたのは、精密加工用の旋盤や、巨大な自動プレス機。
これさえあれば、土台の問題はクリアできる。
「よし! 一気にやりますよ! みなさん、私の指示通りにラインを組んでください!」
ここから、不眠不休の突貫工事が始まった。
作業開始から3日目。
ラインの形は出来上がってきたが、私たちは壁にぶつかっていた。
「……ダメです。試作品の強度が足りません」
私は、出来上がったばかりの剣をへし折り、頭を抱えた。機械で正確に削り、正確に叩いているはずなのに、なぜかガントさんの剣のような「粘り」が出ないのだ。
『解析結果。金属内部の魔力浸透率が不均一です。手作業の鍛造に比べて、機械プレスは『魔力の馴染み』が悪いです』
アドミンの冷徹な分析が突き刺さる。
「……ガントさんは魂と言っていた。非科学的な話だけど、それが剣のできに大きな影響を与えているのは間違いない。機械には『魂』が込められないから、いい剣は作れないの……?」
私は焦りを感じていた。
機械は正確だ。
でも、それだけだ。
ガントさんの言う『魂』とは何なのだろう。
本当に手作業で叩けば込められるものなのだろうか。
それとも、職人の勘のようなもので、素材ごとの叩き分けのような、いわゆる『職人技』というものなのだろうか。それでは、機械では再現のしようがない。
期限は迫っている。このままでは、ただの「形の綺麗なナマクラ」を量産して終わってしまう。
「……ソフィア。少し休め」
煮詰まる私に、クロード様が冷えた水を渡してくれた。
彼は床に散らばった失敗作の剣の断面を拾い上げ、興味深そうに眺めていた。
「君は焦っているな。……思い出せ。君はなぜ、機械を使おうと思った?」
「それは……誰でも同じ品質のものが作れるように……」
「違うな。君は言っていたはずだ。『私の論理についてこられるが技術がない』と」
クロード様は、失敗作の剣の断面を指差した。
「職人の手作業は、鉄と対話しながら力を込める。つまるところ、ドワーフは技術として魔法を使うことを嫌うが、その実は魔力的素養は強く、『素材』として魔力を用いているのだろう。それが『魂』の正体なのだと思う。だから彼らの剣は強い」
「え?」
それは、私には思いつかない理論だった。
ドワーフが、無意識に魔法を使っている?
「祈り」や「気合」と呼ばれるものが、実際には鍛造の瞬間に微弱な魔力干渉を起こし、鉄の質を変えているというのか。私はハッとした。
私はずっと、機構の素晴らしさ、数値としての『精度』や『再現性』にばかり目を向けてしまっていたように思う。
エンジニアとして「目に見える数字」だけを追いかけ、素材そのものが持つ「魔力的な可能性」を見落としていたのだ。
「でも……だとしたら機械では再現不可能です。機械には無意識も、気合もありませんから……」
私がうなだれかけると、クロード様はニヤリと笑った。
「機械は鉄を暴力的に叩き潰す。だから魔力が入る余地がない。だが定説を覆すのが君だろう……無理やりにでも魔力を入るようにすればいいのではないか?」
「え?」
「鉄が拒むなら、拒めないほどの『圧力』でねじ伏せ、逃げ出す前に私が『凍結』して閉じ込める。……それができるのは、機械と魔法を組み合わせた我々だけだろう?」
その言葉で、私の脳内に雷が落ちた。
「……無理やり……?」
その言葉が、私の脳内の引き出しを開けた。
待って。
物理学の基本原則――『相転移』だ。
「……そうか。そうです!」
私はガバッと立ち上がった。
私は間違っていた。機械で職人の真似事をしようとしていたんだ。
違う。
機械の強みは「再現性」だけじゃない。
人間には不可能な「圧倒的な物理エネルギー」だ。
物質は、温度や圧力の変化によってその性質を劇的に変化させる。
超高圧をかければ、黒鉛がダイヤモンドに変わるように。
なら、ミスリルだって――限界を超えた物理的圧力をかければ、魔力を拒むその「結晶構造」自体に変化が起きるのではないか?
私は弾かれたように顔を上げた。
「アドミン! シミュレーションを実行して!」
『オッケー! 何を計算する?』
私は早口で、専門的なパラメータを指示した。
「ミスリル合金に対し、降伏点超える超高圧プレスをかけた場合の、『格子構造』と『魔力透過率』の相関関係を計算して! 特に、塑性変形が発生する瞬間の、原子配列の『励起状態』について!」『了解。演算開始……』
アドミンの処理音が響く。
これまでの「職人の真似事」じゃない。
これは、物質の限界を物理演算でこじ開けるアプローチだ。
『……演算完了。回答:肯定。9800メガパスカルの加圧時、金属結晶の配列が強制的に均一化され、魔力抵抗値がほぼゼロになる特異点が発生します』
「やっぱり……! ビンゴね!」
私は拳を握りしめた。
予想通りだ。
物理的な圧力で、魔法的な抵抗を無効化できる!
『だけどお姉ちゃん。この励起状態の維持可能時間は0.5秒だけ。 その時間を過ぎると分子結合が崩壊し、熱エネルギーとして霧散しちゃうみたい』
「0.5秒あれば十分よ。そこに全てを賭ける!」
私が一人で納得して頷いていると、横からクロード様が眉をひそめて口を挟んだ。
「……すまない、ソフィア。その『いーるどぽいんと』やら『しんぎゅらりてぃ』というのは、どういうことだ? 私にも分かる言葉で頼む」
「あ、すみません!」
私は興奮を抑え、夫に向き直って、身振り手振りで説明した。
「えっと、つまりですね! 鉄が『嫌だ!』って言う暇もないくらいの力で、一瞬だけギュッ!と押しつぶすんです。そうすると、鉄が『あ、抵抗できない……』って呆然として、口を開ける一瞬の隙が生まれます。その0.5秒の間に、魔力をドバッ!と流し込んで、クロード様がカチコチに凍らせて蓋をするんです!」
「……なるほど」
クロード様は分かったような分からないような、しかし楽しげに笑った。
「要するに、『抵抗する気力も起きないほどの力でねじ伏せて、逃がさない』ということか。……随分と物騒だが、私好みの戦術だ」
「はい! これぞ科学と魔法の必勝パターンです!」
方針は決まった。
私は改めて、工場の制御盤に向き直った。
そしていくつかの調整を経て、5日後。
朝日が差し込む倉庫の真ん中に、調整を終えた魔導工場が鎮座していた。
「行きます。……システム、オールグリーン。動力接続。生産開始!」
重低音と共に、機械が唸りを上げる。
炉でドロドロに溶かされたミスリルが、ラインへと流れていく。
数トンの圧力が、熱い鉄塊を叩き潰す。
職人のハンマーとは桁違いの衝撃。
それにより、ミスリルの分子は強制的に整列させられ、一瞬だけ「無防備」になる。
「今です! !! 魔力注入!!」
私が制御する膨大な魔力が、整列した分子の隙間に奔流となって流れ込む。
そして――
「逃がさん。……凍てつけ!」
クロード様が冷却槽に手をかざす。
超低温の特殊溶液へ、灼熱の剣が滑り込む。
猛烈な蒸気と共に、幻想的な青い光が舞い上がる。
熱を奪うと同時に、金属の中に浸透した魔力をその場に「凍結」する。
物理法則と魔法法則が、凄まじい圧力と温度差の中で一つに溶け合った瞬間だった。
ガシャン。
コンベアの終点に、一本の剣が吐き出された。
私は駆け寄り、それを手に取る。
……震えが止まらなかった。
表面にうっすらと青い魔力のが浮かび上がっている。
ただのコピー品ではない。職人の手打ちすら超えた、次世代の「魔導剣」だ。
「……成功です」
私は確信を持って、その剣を高く掲げた。
「これなら勝てる。いいえ、ガントさんを驚かせるどころか、この世界の鍛冶の歴史を変えてしまいますよ……!」
倉庫に響く歓声の中、私はクロード様と顔を見合わせた。私たちは見つけたのだ。
機械という「器」と、魔法という「魂」。
その二つが完全に融合した先に広がる、無限の可能性を。




