第27話:技術バトル
鋼鉄公国グラムの首都。
その中心に鎮座しているのは、きらびやかな王城でも、荘厳な教会でもない。
黒煙を吐き出し続ける、巨大な「工場」のような要塞だった。
「……大きいですね」
私たちがその建物の前で見上げると、視界が煤けたレンガと鉄骨で埋め尽くされた。
建物の外壁には無数のパイプが血管のように這い回り、あちこちの排気口からシューッ!という蒸気が噴き出している。
耳を劈くような金属音と、地響きのような重低音。
こここそが、この国の経済と技術の心臓部――「鍛冶ギルド本部」だ。
「この国では、王よりも『腕のいい職人』が偉いと聞く。ここはいわば、彼らの『聖域』だな」
変装したクロード様が、サングラス越しにその威容を見上げる。
「つまりこれからあう男こそが、この国で最も発言力を持つ人物だ。彼を口説ければ、後は事務的な手続きを残すのみとなる」
入り口には、鉄の塊から削り出された巨大な看板が掲げられ、ハンマーと金床の紋章が刻まれていた。
一歩中に入ると、ムワッとした熱気が私たちを包み込んだ。
そこは、まさに鉄と炎の世界だった。
広い吹き抜けのホールでは、何百人ものドワーフや人間の職人たちが行き交っている。
巨大な歯車が天井で回転し、ベルトコンベアが鉱石を運び、奥からは常に炉の轟音が響いている。
洗練された魔法研究所とは対極にある、汗と油と鉄の匂いが充満する空間。
「熱いな。ここでは私の魔法も効力を半減するだろうな」
私はハンカチで額の汗を拭いながら、案内された最奥の部屋へと進んだ。
そこは、この国中の職人を束ねる「ギルド長」の専用工房だ。
重厚な鉄の扉が開かれる。
そこには、デスクに座って書類仕事をする役人の姿などはなく――。
カンッ! カンッ! カンッ!
赤々と燃える炉の前で、巨大なハンマーを振るう一人の老人の姿があった。
私たちが声をかけるよりも早く、背中越しの拒絶が飛んできた。
「話は聞いているが──」
部屋の主は、身長は私の胸元ほどしかないが、横幅はその倍はあるんじゃないかという屈強な老人。
「──お断りだ。帰んな、魔法使い」
立派な白髭を蓄え、葉巻をくわえたその男こそ、この国の職人たちを束ねる伝説の鍛冶師、「鉄腕のガント」だ。
「ま、待ってくださいガントさん! 話だけでも聞いてください!」
私は食い下がる。
しかし、ガントは赤く焼けた鉄塊をハンマーで叩きながら、こちらを見ようともしない。
「俺は忙しいんだ。それに、俺は魔法使いが大嫌いなんだよ。汗もかかねぇ、筋肉も使わねぇ。杖を一振りするだけで何かを作った気になる……そんな軟弱な連中と話す舌は持ち合わせちゃいねぇ」
カンッ! カンッ!
彼がハンマーを振るうたびに、火花が散る。
その一撃一撃は正確無比で、確かに職人としての腕は超一流だ。
「私たちは、貴方のその技術を見込んでお願いに来たのです! この国の加工精度は世界一です。どうか、私の設計した部品を作ってはいただけませんか? 金貨ならいくらでも――」
「金の問題じゃねぇ!」
ガントが手を止め、ギロリと私を睨みつけた。
「俺たちが打つ鉄にはな、『魂』がこもってんだ。使い手が命を預ける剣。暮らしを支える道具。一つ一つ、使う奴の顔を思い浮かべて打つんだよ。それをなんだ? 『部品』だ? どこの誰が使うかも分からねぇ、同じもの大量に作るためだけの機械なんて、そんな味気ない鉄くずなんぞ作れるか!」
「……っ」
職人のプライド。
「一点モノ」へのこだわり。
それは理解できる。けれど、私が作りたいのは芸術品ではなく、教育のための「インフラ」なのだ。
「お願いします。これを見てください!」
私は懐から、徹夜で書き上げた「魔導自動旋盤」の設計図を取り出し、彼の作業台に広げた。
「これが私の作りたい機械の図面です! 貴方の技術でこの『メインシャフト』と『ギア』を作っていただければ、誰もが均一な道具を作れるようになるんです!」
ガントは葉巻を吹かしながら、チラリと図面に目を落とした。
そして、鼻を鳴らした。
「……なんだこりゃ。見たこともねぇ形だが……」
彼は図面を指先でつまみ上げると――。
ビリッ。
「あっ」
私の目の前で、設計図を真っ二つに破り捨てた。
「――くだらねぇ」
ガントは破れた紙切れを、燃え盛る炉の中へと投げ捨てた。
「機械に任せて道具を作るだと? ふざけるな。そんな『魂のない道具』で、いい仕事ができるわけがねぇ。職人をナメるなよ、小娘。二度とそのツラ見せるな」
パチパチと音を立てて、私の設計図が灰になっていく。
私の努力の結晶が。
未来の生徒たちのための希望が。
「魂がない」という精神論だけで、否定された。
「…………」
私の頭の中で、また何かが「プツン」と切れる音がした。
「……ソフィア?」
後ろで見ていたクロード様が、私の異変に気づいて声をかける。
だが、もう遅い。
私はゆっくりと顔を上げた。
「……おい、クソジジイ」
「あぁ?」
ガントが怪訝そうに振り返る。
私は作業台をドンッ!!と叩きつけた。
「今、なんて言いました? 『魂がない』? ……ふざけてるのはどっちですか!!」
「な、なんだと……?」
「あの図面の一本一本の線に、私がどれだけ計算を込めたと思っているんですか! 強度計算! 摩擦係数! 熱膨張率! 安全率! 使う人が怪我をしないように、長く使えるように、あらゆる変数を考慮して引いた線です! それを『魂がない』だなんて……貴方の目は節穴ですか!?」
私はガントに詰め寄った。
相手は屈強なドワーフだが、今の私は「怒れるエンジニア」だ。
「大体なんですか、『手作りの魂』って! 貴方の作った剣、確かに凄いですけど、差がありますよね!?
昨日の剣は名剣だけど、今日の剣はちょっと重心がズレてるとか、そんなギャンブルみたいな品質で『命を預けろ』だなんて、無責任にも程があります!」
「な、なにをっ……!? ふざけるな! そんな低品質品作るわけがねぇだろ!」
「私の設計は違います! 100個作れば100個、全てが最高品質! それが本当の『技術』であり、使い手への『誠意(愛)』でしょうがぁぁぁっ!!」
工房内の職人たちが、あんぐりと口を開けて私たちを見ている。
ガントの顔が、怒りで真っ赤に染まっていく。
「い、言わせておけば……この小娘ぇぇぇっ!! そこまで言うなら証明してみやがれ!」
ガントが私に指を突きつけた。
「俺と勝負だ! 俺の手打ちと、お前の言う『機械』! どっちが優れた剣を作れるか、白黒つけようじゃねぇか!」
「上等です! 受けて立ちます!」
私は彼の指を睨み返した。
「私が勝ったら、土下座して謝ってもらいます! そして、私の設計図通りに部品を生産するラインを、この国に作らせてもらいますからね!」
「いいだろう!負けたら二度とこの国の敷居を跨ぐな! その面見せたら焼き入れて殺してやる!」
バチバチと火花が散る。
今度は物理的な火花ではなく、職人と技術者の意地のぶつかり合いだ。
「……やれやれ。やってしまったか」
背後でクロード様が、肩をすくめているのが気配で分かった。
でも、止めないでくださいクロード様。
これは、譲れない戦い(聖戦)なのです!
「期限は1週間! 同じ素材を使って、ミスリル合金の剣を10本納品する! 品質と納期、両方で勝負です!」
「へっ、吠え面かくなよ!」
バチバチと火花が散る中、私はガントに背を向け、カツカツと足音を響かせて工房を出て行った。
工房を出て、冷たい外気に触れた瞬間。
私の頭の中で沸騰していた冷却水が一気に冷やされた。
「…………あ」
私はその場に立ち尽くした。
今、私、何をした?
一国の技術顧問(という設定の皇后)が、外交先の重鎮相手に、「クソジジイ」呼ばわりして、喧嘩を売った?しかも、「土下座させる」とまで言い放って?
サーッと血の気が引いていくのが分かる。
「……やっちゃった」
私は恐る恐る、背後を振り返った。
そこには、サングラスをかけ、腕を組んで立っているクロード様の姿があった。
「ク、クロード様……! も、申し訳ありません……!」
私はその場にジャンピング土下座の勢いで頭を下げた。
「わ、私ったらまたカッとなってしまって……! 外交視察なのに、先方の顔を立てるどころか、全面戦争をふっかけてしまいました… …! これじゃあ技術提携どころか、国交断絶です! クビですよね!? 廃嫡ですか!? ううぅ……」
私が涙目でワタワタしていると、頭上から「くくっ」という笑い声が降ってきた。
顔を上げると、クロード様が肩を震わせて笑っていた。
「ク、クロード様?」
「いや、すまん。……あまりにも見事な啖呵だったものでな。『クソジジイ』とは、私の宮廷でも聞いたことがない語彙だ」
彼は楽しそうに私の手を取り、立たせてくれた。
「気にするな。あそこまでコケにされて黙っているようなら、私の婚約者とは言えん。それに、あの頑固者を黙らせるには、これくらいの荒療治が必要だろう」
「うぅ……怒ってないんですか?」
「怒るわけがない。むしろ、頼もしかったぞ」
クロード様はサングラスを少しずらし、優しい赤い瞳で私を見つめた。
「 勝算はあるんだろ。『機械』とやらは、まだ影も形もないが」
「……はい。設計図は燃やされちゃいましたし、部品を作ってくれる職人もいません」
私は正直に答えた。現状はゼロだ。
しかし、私の瞳から炎は消えていない。
「ですが、勝算はあります。職人がいないなら、私たちがやればいいんです。クロード様の『氷魔法』と、私の『魔導制御』、そしてアドミンの『演算能力』と、今からでも間に合いますかね。ギルバードさんもいてくれたら助かるんですが……。これらを組み合わせれば、3日で即席の『魔導工場』を立ち上げて残りの4日で剣を作れば……」
私の言葉に、クロード様はニヤリと笑った。
「なるほど。使えるものは使うということか。私も含めて」
「はい! スポンサー兼、動力源として馬車馬のように働いていただきます!」
「フッ、いいだろう。乗りかかった船だ。私の全魔力を使って、あの頑固親父の度肝を抜いてやろうじゃないか。たがアドミンはいいとして、ギルバードは呼べないかもしれないな。腐っても奴は王族だ。おいそれと呼べる人物ではない」
「あーそうですよね。チャラチャラしてるからあんまりそう見えないですけど」
私たちは顔を見合わせ、共犯者のように笑い合った。
やってやろう。
魔法使いの底力を、この鋼鉄の国に見せつけてやるのだ!




