第26話:鉄血の国
帝都を出発して数日。
私たちは、帝国の北端にそびえる険しい山脈を越え、その麓に位置する小国へと辿り着いていた。
「……すごい」
馬車の窓から外を見た瞬間、私は思わず声を漏らした。
そこには、今まで見たこともない景色が広がっていたからだ。
空を覆うのは、魔法の光ではなく、工場から吐き出される灰色の煙。
耳に届くのは、優雅な吟遊詩人の歌ではなく、ガシャンガシャンと規則正しく刻まれる金属音と、プシューッ! という蒸気の噴出音。
山の斜面にへばりつくように建設されたその都市は、無数のパイプと歯車で埋め尽くされていた。
「ようこそ。ここが職人とドワーフの国、『鋼鉄公国グラム』だ」
隣に座るクロード様が、サングラスの位置を直しながら教えてくれる。
今回の旅も「お忍び」なので、彼は銀髪を魔法で黒く染め、富豪の商人を装っている。(私はその秘書兼・技術顧問という設定だ)
「見てくださいクロード様! あの城門! 魔法動力じゃないですよ!」
私が指差した先には、巨大な鋼鉄の門があった。
その脇には巨大なボイラーが設置され、筋肉隆々のドワーフたちが石炭をくべている。
蒸気圧が高まると、巨大なピストンが動き出し、ギギギ……と重々しい音を立てて門が開いていく。
「蒸気機関……! あれは蒸気機関ですよ!」
馬車の窓から身を乗り出して、そのまま落ちそうになった私を、クロード様は引っ張り上げて椅子に座らせた。
「すまんが、あまり詳しくないんでな。解説してくれないか?」
「ピストンの往復運動をクランク機構で回転運動に変えるんです。それだけだと扉を開けるパワーが足りないので、さらにギア比でトルクを増幅させてるんですよ! 美しい……なんて無骨で機能美に溢れた設計!」
「私に分かる言葉で話してほしかったんだがな」
私は窓に張り付いて、瞳をキラキラと輝かせた。
帝国の魔法技術(魔導炉)の方がエネルギー効率は圧倒的に良い。
けれど、この「物理的な力で無理やり動かす」というアナログな機構には、エンジニアの魂を揺さぶるロマンがあるのだ!
「……ソフィア。私を見る時より目が輝いていないか?」
クロード様が少し不満げに呟く。
「まさか! クロード様は世界一素敵ですよ。あんな機械とは比べることもおこがましいです!」
「……しかし私は、そんな輝いた目で見つめられた覚えがない」
そう呟くと、クロード様は顔を背けてしまった。
「機械に嫉妬することになるとはな……」
彼が呆れている間に、馬車は都市の中へと入っていった。
街並みもまた、独特だった。
建物はレンガと鉄骨で組まれ、道路にはガス灯が並んでいる。
そして何より目を引くのが、街中を走り回る「蒸気自動車」や、空を飛ぶ「飛行船(気嚢式)」だ。
「はわわ……! 蒸気三輪車! 板バネのサスペンション付き! あっちには自由人形の露店販売機が! ぜんまい式かしら!?」
私はもう、興奮が止まらなかった。あっちを見てもこっちを見ても、解析したい「技術」だらけだ。
今すぐ馬車を降りて、片っ端から分解して図面を引きたい!
「落ち着け、ソフィア。鼻息が荒いぞ」
「だってこんなん、宝の山ですよここは! 見てください、あのパイプの配管! 継ぎ目のリベット打ちが均一で美しいです! 帝国じゃあんな丁寧な仕事は見られません!」
「ふむ。確かに精巧だな」
クロード様も興味深そうに外を見るが、すぐに眉をひそめた。
「だが……視線が痛いな」
「え?」
言われて気づく。
通りを行き交う人々――煤で汚れた作業着を着たドワーフや、革のエプロンをつけた職人たちが、私たちの馬車をジロジロと見ているのだ。
それも、好奇の目ではない。
明らかな「敵意」と「蔑み」を含んだ目で。
「なんだ、あの派手な馬車は」
「ケッ、南の魔法使い共か。軟弱なツラしやがって」
「魔法なんか使いやがって。鉄への冒涜だ」
窓越しに、そんな悪態が聞こえてくる。
中には、あからさまに唾を吐き捨てる者もいた。
「……なるほど。本当に『魔法嫌い』なんですね」
私は少し背筋を伸ばした。
この国の住人にとって、魔法は「楽をするためのインチキ」であり、汗水垂らして鉄を打つ自分たちの仕事を否定する存在なのだろう。
この間私が少しだけ思い悩んだ――「技術が職を奪う」という懸念が、ここでは「魔法への憎悪」として顕著に現れているのだろう。
「歓迎はされていないようだな」
「想定内です。むしろ、アウェーの方が燃えます」
私はニヤリと笑った。
彼らが魔法を嫌うのは、魔法の「便利さ」しか見ていないからだ。
魔法と科学が融合した先に、どんな素晴らしい未来があるかを知らないだけ。
なら、それを見せつければいい。
「まずは宿を取りましょう。そして、この国一番の『頑固親父』に会いに行きます」
「……この国の鍛冶ギルド長、『鉄腕のガント』のことか?」
「はい。彼を説得できれば、この国の技術は私のものです!」
馬車は蒸気の霧が立ち込める大通りを進み、街の中心部にあるホテルへと向かった。
煤けた街並みの中で、私のエンジニア魂だけが、高炉のように熱く燃え上がっていた。




