第25話:技術革新
「……ダメです。これじゃあ使い物になりません」
帝都の下町にある、皇室御用達の鍛冶工房。
熱気と鉄の匂いが充満する作業場で、私は仕上がってきたばかりの金属部品(杖の芯材)を手に取り、深い溜息をついた。
「なっ……!? 何がダメだってんだ!?」
私の言葉に、店の親方――腕利きの鍛冶職人が顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げた。
「おいおい、小娘! いくら聖女様だかお妃様だか知らねぇが、俺の腕にケチつけるってのか! このミスリルの棒を見ろ! 鏡みたいにピカピカじゃねぇか! 帝国一の騎士団長だって愛用してる一級品だぞ!」
親方は自信満々に胸を張る。
確かに、表面の研磨は見事だ。剣や槍としてなら、文句なしの業物だろう。
しかし。
「私が言っているのは『輝き(コスメティック)』の話ではありません。『精度』の話です」
私はポケットからノギス(自作の測定器)を取り出し、棒の太さを数箇所計測した。
「右端の太さは5.2ミリ。中央は5.0ミリ。左端は5.4ミリ……。一本の棒の中で、最大0.4ミリもの誤差があります」
「あぁ? たった髪の毛数本のズレじゃねぇか! そんなもん、魔力を込めりゃ気にならなくなる!」
「気になります! めちゃくちゃ気になります!!」
私は思わず声を張り上げた。
親方はキョトンとしているが、しかしこの精度が、これからの「教材」にとって死活問題なのだ。
「いいですか親方。私が作ろうとしているのは、私専用の道具ではありません。これから魔法を学ぶ、『生徒たちのための教材』なんです!」
私は親方の作った棒を掲げて熱弁した。
「私やクロード様のような熟練者なら、道具に多少の歪みがあっても、無意識に魔力操作で補正して使えます。でも、初心者はどうでしょう? 歪んだ杖を使って魔法が曲がった時、彼らは『杖が悪い』とは気づけません。『自分の腕が悪いんだ』と勘違いして、変な癖をつけてしまうんです!」
「む……」
「誰が使っても同じ結果が出る……すなわち『再現性』こそが、教育には不可欠なんです! そのためには、職人の勘に頼った『一点モノ』ではなく、0.01ミリの狂いもなく統一された『工業製品(規格品)』が必要なんです!」
「き、きかく……? さっきから何を言ってるんだ?」
親方は頭にハテナを浮かべている。
「……考えてみれば、手作りで『規格品』を大大量生産するのは限界がありますね」
私が絶望してその場にしゃがみ込んでいると、工房の入り口から涼やかな声がかかった。
「……随分と難航しているようだな、ソフィア」
振り返ると、変装用のサングラスをかけたクロード様が立っていた。
公務の合間を縫って、様子を見に来てくれたらしい。
「あ、クロード様……。申し訳ありません、私の設計思想がこの国の技術レベルと噛み合わなくて……」
「ふむ。お前の言う『規格化』とやら。……時々思うのだが、君のその独特な知識はどこで学んだのだ? ルミナス王国とて、技術水準は帝国並かそれ以下だと思うが」
クロード様が不思議そうに首を傾げる。
「勉学の賜物と言ったところでしょうかね。昔、ものづくりがとても上手なおじ様がいて、その人に教えてもらったんです」
「つまるところ、師からの受け売りという訳か」
クロード様は「なるほど」と楽しそうに笑って納得した様子だった。こういう懐の深いところ(あるいは細かいことを気にしないところ)が大好きだ。
「こういうのは、魔法で一気に作れないのか?」
「それが、魔法で作ると側は綺麗なものが作れるのですが、強度の面で実用化に耐えないのです。だからこそ、魔導師の仕事が尽きず、職人が職人ありつけるのですが」
私は顎に指を当てて思索を深めた。
考えてみれば、これを推し進めると多くの人の職を奪うことになるのでは?
しかしそれは技術の順当な発展の流れ。
合理化を推し進めた結果、人類の栄華に達するのだ。思い悩む私をみて、クロードが口を開いた。
「なるほど、君の悩みは理解した。この国の鍛冶師は優秀だが、『手作業の美学』を重んじる。君の求める『機械的な均一さ』とは相性が悪いな」
クロード様は私の手にある失敗作(誤差のある棒)を手に取り、ふっと笑った。
「ないのなら、ある場所に行けばいい」
「ある場所?」
「ああ。帝国の北に位置する、『鋼鉄公国グラム』を知っているか?」
鋼鉄公国グラム。
その名は聞いたことがある。
帝国の北隣に位置する小国だが、険しい山脈に囲まれており、魔法文明とは異なる独自の発展を遂げているという。
「あそこは『ドワーフ』と『職人』の国だ。彼らは魔法を嫌う代わりに、鉄と炎、そしてカラクリ仕掛けの技術を極限まで高めているという」
クロード様はサングラスの奥の瞳を細めた。
「彼らの作る時計は、100年経っても1秒も狂わないという。……君の求める『再現性』とやらを持っているのは、世界で彼らだけだろう」
「100年で……狂わない……!?」
私のエンジニアに、火がついた。
時計職人の技術。
歯車の噛み合わせ。
マイクロ単位の加工技術。
それさえあれば、私の設計図はすべて現実になる!
「行きます! 是非とも連れて行ってください! そこで私の『規格』を作らせてもらいます!」
「ふっ、即答だな。……だが、一つ問題がある」
クロード様は少し言い淀んだ。
「彼らは極度の『魔法嫌い』だ。特に、魔法に頼り切った帝国の人間を毛嫌いしている。外交関係も冷え切っていてな。……技術提携を結ぶのは、骨が折れるぞ?」
「関係ありません」
私はキッパリと言い放ち、拳を握りしめた。
「技術に国境はありません。良い教材を作るためなら、ドワーフの頑固親父だろうと、蒸気機関車だろうと、と熱意で説き伏せてみせます!」
私の言葉に、クロード様は満足げに頷いた。
「よろしい。……ならば、手配しよう。なんなら実は『外交視察』として計画を立てていたところだ」
こうして──。
私たちは「最高の教材」を求めて、鉄と蒸気の国へと旅立つことになった。




