第24話:エピローグ
黒い霧が晴れた後の空は、嘘のように澄み渡っていた
。
私の「天候制御」が生み出した雨が、会場の煤と、戦いの痕跡を洗い流していく。
「……連れて行け」
クロードの静かな、しかし絶対的な命令が下った。
近衛兵たちが、黒焦げになり意識を失ったエリックを引きずっていく。
かつては王国の第二王子として輝いていたその姿は、今は見る影もない「廃棄データ」のようだった。
「陛下。ルミナス王国への対応はいかがなさいますか?」
駆けつけた宰相が、手帳を開きながら尋ねる。
クロードは、私の肩を抱き寄せたまま冷徹に告げた。
「あの男は、禁忌兵器を用いて我が国の領土と皇帝、そして皇妃を害そうとした。これは明確な宣戦布告と見なすこともできるが……」
クロードの瞳が鋭く光る。
しかし、その声色は怒りに任せたものではなく、極めて冷静なものだった。
「奴の精神状態は明らかに異常だった。背後関係を含め、精査が必要だろう。ルミナス王国には、正式に外交の場を設けるよう通達せよ。エリック個人の暴走なのか、国ぐるみの犯行なのか。……いずれにせよ」
クロードはそこで言葉を区切り、ニヤリと――捕食者の笑みを浮かべた。
「式場破壊の損害賠償、および精神的慰謝料。……きっちりと請求はさせてもらうとな」
「はっ! 直ちに準備いたします!」
宰相が震え上がりながら一礼する。
武力による侵略よりも恐ろしい、徹底的な「詰問」と「請求」が待っていることだろう。
「ふぅ……。やれやれ、とんだ貧乏くじだよ」
そこへ、煤だらけになったタキシードをパンパンと叩きながら、ギルバート殿下が歩み寄ってきた。
後ろにはリリィと、ふらふら飛んでいるアドミンもいる。
「ギルバート殿下、リリィ、アドミン! 無事でしたか!」
「ええ、なんとかね。僕の『ケーキ入刀レーザー』、いい仕事しただろ? 修理費は請求書に入れておくから、よろしく」
「もう、殿下ったら……! ソフィア様、ご無事で何よりですぅ〜!」
リリィが泣きながら抱きついてくる。
「リリィこそ。貴女の光がなければ、ターゲットを特定できませんでした。……MVP級の働きでしたよ」
「えへへ……役に立ててよかったです!」
『僕も頑張ったよー! ちょっと回路がショートしちゃったけど……』
「ありがとう、アドミン。後で最高級のオイルでメンテナンスしてあげるわね」
私たちが互いの健闘を称え合っていると、クロード様が静かに口を開いた。
「……礼を言う。お前たちの働きで道が開き、妻を守ることができた」
皇帝からの感謝の言葉に、ギルバート殿下たちは恐縮しつつも、誇らしげに胸を張った。
即席のチームだったけれど、私たちは最高の「開発チーム」だった。
「……ソフィア」
その輪の外から、一人の老紳士がおずおずと進み出た。
私の実父、ローゼンバーグ公爵だ。
「……お父様」
「すまなかった……! あの時、お前を守れなかった愚かな父を… …許してくれとは言わん。だが、今日のお前の姿は……ローゼンバーグ家の誰よりも、誇り高かった」
涙声で謝罪する父。
かつては「王命」というシステムに従うだけの弱い管理者だった。けれど、今日の避難誘導で見せた姿は、確かに民を守る貴族のものだった。
「……顔を上げてください、お父様」
私は父の手を取り、立たせた。
「私はもう、過去のことに拘ってはいません。私は今、最高のパートナーと、最高の環境で働いていますから」
「ソフィア……」
「これからは帝国の貴族として、その手腕を振るってください。……期待していますよ?」
私が微笑むと、父はボロボロと涙を流し、何度も頷いた。
こうして、私の過去との因縁は、完全にされたのだった。
その日の夜。
治療と事後処理を終えた私たちは、王宮の最上階に寝室にいた。
「……痛みますか? クロード様」
私はベッドに腰掛け、彼の包帯だらけの上半身を心配そうに覗き込んだ。
最高級のポーションのおかげで傷は塞がっているが、魔力枯渇による倦怠感は残っているはずだ。
「問題ない。……むしろ、目が冴えてしまって困っているくらいだ」
クロードは苦笑し、元気な左手で私の頬を撫でた。
「すまなかったな、ソフィア。一生に一度の結婚式を、あんな戦場にしてしまって」
「ふふ、何を言っているのですか。退屈な式より、よほど私たちらしかったではありませんか」
私は彼の手を取り、その掌に頬ずりをした。
「それに……『共同作業』、最高でした。貴方の作った氷の導線… …あの美しい論理構造に、私は惚れ直しましたよ」
「……変わった口説き文句だな」
クロードがふっと笑い、優しい瞳で私を見つめる。
「ソフィア。……愛している。私の命、私の国、私の全てを……君に捧げよう」
「ええ。……私も、私の全ての技術と魔力を、貴方に捧げます」
言葉はいらない。
私たちは自然と唇を重ねた。
戦いの中でのキスとは違う、穏やかで、甘くとろけるような口づけ。
部屋の明かりが消える。
システム・オール・グリーン。
全ての障害は排除された。
今夜、私たちの「夫婦生活」という名の新システムの、正式な本稼働。
――そして、翌朝。
「……んぅ……」
小鳥のさえずりと共に目を覚ますと、隣には幸福そうな顔で眠るクロードの姿があった。
昨晩の余韻が脳裏をよぎり、顔が熱くなる。
幸せだ。本当に、夢のようなハッピーエンドだ。
……しかし。
エンジニアの朝は、現実的なチェックから始まる。
「さて、昨日の戦闘データを確認しておかないと……」
私はサイドテーブルの端末を起動し、帝都の結界ログを確認した。昨日の「エリック討伐戦」で、帝都の防衛システムには甚大な負荷がかかっていた。
『警告:結界耐久値、残り15%』
『警告:メンテナンス要員不足により、復旧見込み不明』
『警告:担当魔導師のスキルレベル不足』
画面に並ぶ、真っ赤なエラーログの数々。
「…………あれ?」
私は冷や汗を流しながら、スクロールした。昨日の騒動で、結界維持を担当する宮廷魔導師たちの多くが「魔力酔い」でダウンしており、復旧作業が完全に止まっているのだ。
「ちょ、ちょっと待って。帝国の魔導師って、こんなに層が薄かったの!?」
クロードは最強だ。
魔力量はもはや人外級で、その膨大な魔力を効率よく運用できる。
その威勢は遠く海を超え、小さな島国にも届くという。
故に帝国はクロードの代で大きく版図を広げ、彼の威勢を盾として目立った外圧を受けることもない。
しかし今回の事件で露見したのだ。
いくら時代最強といえど、あくまでも一人の間であることが。
帝国には、クロード以外の「中間管理職」となるエンジニアが、圧倒的に足りていない!このままでは、私が過労死するか、システムが崩壊するかの二択だ。
「……ソフィア? どうした、朝から怖い顔をして」
目を覚ましたクロード様が、寝ぼけ眼で聞いてくる。
私はガバッと布団を跳ね除け、夫に詰め寄った。
「クロード様! 大変です!」
「な、なんだ? 敵襲か?」
「いいえ、もっと深刻です! 『深刻な人材不足』です!」
私は端末を突きつけ、鬼の形相で宣言した。
「この国は技術こそ優れていますが、それを運用する個人レベルでの技能が低すぎます! このままでは、貴方との甘い新婚生活が『残業』で潰れてしまいます!」
「そ、それは困るな……」
「ですよね!? ですから、決めました!」
私は窓を開け放ち、朝日に向かって高らかに叫んだ。
「『学校』を作りましょう!!」
「……は?」
「私が教官になって、一から叩き直します! 使える魔導エンジニアを育成し、私の業務を委譲(マクロ化)するのです! さあ、すぐに予算を組んでください! 校舎の設計図なら、昨日の夜中に脳内で書き上げましたから!」
私が窓際で朝日を浴びながら仁王立ちしていると、背後から呆れたような、しかしどこか甘い溜め息が聞こえた。
「……ソフィア。その意気込みは素晴らしいが」
ガバッ。クロード様がベッドから起き上がり、背後から私にシーツをぐるぐると巻き付けた。
「頼むから、その前に服を着てくれ。……目のやり場に困る」
「あ」
言われてみれば。
昨晩の「運用」が激しかったせいだ。
「……し、失礼しました。では着替えてすぐに企画書を作成します!」
私はシーツを蓑虫のように被ったまま、ポカンとする皇帝陛下を置き去りに、すでに次のプロジェクトへと走り出していた。
バグを直したら、次は運用の効率化。
エンジニアの戦いに、終わりはない――!
結婚式編、そしてエピローグまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
魔法が効かない相手に対し、天候制御による「純粋な物理現象(落雷)」で叩き伏せる……ソフィアの必殺技が完成しました!
お父様との和解も含め、彼女の過去がようやく完全に上書き保存されたように感じます。
ですが、エンジニアの戦いに終わりはありません。次章からは、「人材不足」を解消するためのお話を書いていきます!
ここまでお読みいただき、「面白かった!」と思っていただけましたら、ぜひ最後に【★★★★★】をポチッと押して応援いただけると嬉しいです。皆様の評価が、ソフィアの新しいプロジェクト(続編執筆)の原動力になります!




