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第23話:終結

私の頭の中で、何かが「プツン」と切れた。

しかし同時に、視界から余計な感情ノイズが消え去り、世界が異常なほど鮮明に見えた。


今までは片眼鏡モノクルを外部デバイスとして数値化していたものが、両眼を通してダイレクトに冷徹な数値と論理の羅列が頭のなかに流れ込んできた。


(……状況分析。黒い霧に高濃度の魔力反応、および魔力の的な動きを検出。触れたものから持続的に魔力を取しているらしい。つまり、クロード様が敗北した要因は、敵の『魔力吸収特性』にある)


黒いエリック見据えた。

彼の体は既に数多の黒い霧で覆われており、それはさながら高密度のバグ塊。魔力をぶつければぶつけるほど、それを餌にして増殖する。


つまり、純粋な魔力勝負では、世界最強のクロード様ですら相性が最悪だったのだ。


「……魔力・・が効かないのなら、結論は明快」


この世界の現象は、大きく分けて2種類に分かれる。

それは地脈を流れる魔力による現象か、物理的な法則に従う自然現象・・・・


恐らく、パンドラの箱とは、古代世界において魔力に贖うための力だったのだろう。

魔力を奪い吸収し我が力とする技術。


なるほど。

魔導技術が文明の根幹と言える現世では、忌と呼んで差し支えのない力だ。


比喩でも飛躍でもなく、この力を使えば、この世界を滅ぼすことも不可能ではない。


しかし──その強みは、弱みと表裏一体でもある。


魔法が効かないのであれば──。


私は瀕死のクロードの元へ跪くと、ドレスに隠していた予備の魔石を地面に叩きつけた。


「『全自動結界オート・バリア』、展開。――対象:クロード様。モード:全隔」


クロードの周囲に、黄金色の立方体が展開される。

結界とは、即ち拒絶する力。

設定した除外項目に沿って、外的の侵入を拒絶する。本来の使い方は、外敵を弾くためのもの。


だが今の設定を逆にする。

その内側に対して、事象を拒絶する。

除外項目は「時間」。


時間を限りなく「停止」させ、傷の進行を物理的に止める。


「なんのつもりだ? 悪あがきはよせよ」


エリックが黒い刃を向けるが、私はそれを無視して立ち上がり、空を見上げた。


(システム接続。帝都環境管理サーバーへアクセス)


(認証:管理者ソフィア。……権限、掌握)


私は空に向かって手を掲げ、静かにコマンドを詠唱した。「天候制御システム(ウェザー・コントロール)。……局地的大気操作を開始」


晴れ渡っていた空が、急速に陰る。

上空の気圧を強制的に操作し、急激な上昇気流を発生させる。

集まった湿った空気は、瞬く間に分厚い積乱雲(かなとこ雲)へと成長し、帝都の空を鉛色に染め上げた。


(クロード様、力を借ります)


雷の正体は、雲の中で凍結した氷の粒がぶつかり、生じた摩擦に寄って溜められた静電気だ。

クロードの魔法が、大気を十分に冷やした。


条件は整っている。


雲の中で、龍のような雷光が走り始める。


「なんだお前。雷の魔法など使えたのか? 馬鹿女が! クロードの魔法すら効かないのだ! お前程度のチンケな魔法など俺に効くわけがない!」


エリックが嘲笑う。

だが、私は無表情のまま告げた。


「いいえ。これは魔力で生成した雷撃魔法サンダー・ボルトではありません。大気の摩擦によって発生させた、純粋な『自然放電(物理エネルギー)』です」


「は……?」


「貴方のその身体、魔力は吸えても……数億ボルトの電気エネルギーには耐えられますか?」


私が指を下ろすと同時に、雲から太い稲妻が走った。

魔法が効かないのなら──。


「『物理現象』で潰すまでです」


カッ──。


目の前を、眩い閃光が走る。


世界全てを真っ白に塗りつぶしたようなホワイトアウト。


瞬間、耳をつんざくほどの爆音がなる。


ドォォォォンッ!!


「うぐぁぁぁっ!?」 


直撃こそしなかったが、地面を奔った衝撃波だけで、霧の体が大きく揺らぐ。

エリックの顔に焦りが浮かんだ。


「な、何をした!? 魔法じゃない? 自然現象? ハッ! だがな、当たらなければ意味がない!」


ヒュンッ!

エリックが黒い霧となり、高速移動を開始した。

不規則な軌道で会場を飛び回り、残像すら見えるほどのスピードだ。


(……無駄ですよ)


電流の速度はほぼ光速。

秒速30万キロを超える速度で逃げない限り、避けることは不可能。


つまり、不可避──のはずだが。高速で動くエリックに、落雷の標準が合わない。

数度、狙いを定めて落雷を落とすが、それはエリックには当たらず、地面へと吸い込まれていく。


(ちっ……そりゃあそうか、電気は流れやすい方に行くのだから)


これも物理だ。

物理現象──自然現象、中々思い通りにはならない。


積乱雲のエネルギーは十分。

だが、それを誘導する手段がない。

私が使えるのは解析魔法と結界魔法、そして天候を操る魔法。


クロードのように氷を出したり、エリックが勘違いしたような雷を操るような魔法は使えない。


「ハハハ! 遅い遅い! その隙だらけの首、貰ったぁぁ!」


エリックが背後へ回り込み、刃を振り上げる。

結界の防御を展開して躱す。

しかしこれもジリ貧だ。

触れたところから侵食されては、いずれ結界も保てなくなる。


万事休すか――そう思った時だった。


ぱきん──。

かすかに、空気が、凍てついた。


「……!?」


見れば、結界の中で意識を取り戻したクロード様が、血まみれの手を、ソフィアの方にかざしていた。

しかし彼は私を見ていない。


虚ろな瞳で、しかし確かな意思を持って、私の上空──漂う「水分」を見つめていた。


「……我が妻の……邪魔を、するな」


彼が最後の魔力を振り絞る。

それは攻撃魔法ではない。

空気中の微細な水分を一瞬で凍結させ、無数の「氷の空中に撒き散らす魔法。


「なんだ? こんな目くらまし! 宴会芸にもならんな! ヒャハハハハハハハ!!」


エリックは氷の霧を切り裂いて突っ込んでくる。だが、その行動こそがクロードの狙いだった。

激しく舞う氷の結晶同士が衝突し、猛烈な静電気が発生する。


それは空の積乱雲と、地上を飛び回るエリックとを繋ぐ、見えない「導線」となった。


言葉などいらない。


夫が命懸けで作ってくれた、必中のレール。


「導線は確保しました……逃げ場はありませんよ、バグ野郎」


私は右手を振り下ろす。

それがトリガー。

上空の積乱雲から、一筋の閃光。


カッ──。


再び、世界が白く染まった。クロードが作った氷の導線に導かれ、天候制御システムが溜め込んだ全ての電荷が、一点へと収束する。


光速の鉄槌。

回避など不可能。


「ギャアアアアアアアアアアアアッ!!!!?」


断末魔の叫びすら、雷鳴がかき消した。

魔力吸収など機能しない。

圧倒的な熱量と物理的破壊力が、黒い霧を原子レベルで分解し、蒸発させていく。

地面が揺れ、衝撃波が会場の瓦礫を吹き飛ばす。

数秒にも数分にも感じられた閃光が収まると――。


そこには、黒い霧一つ残っていなかった。

ただ、消し炭のようになってピクリとも動かない、エリックだったモノが転がっているだけ。


雨が、ポツポツと降り始めた。

雷雲が役目を終え、慈愛のような雨を降らせている。


「……終わっ、た……?」


私は力が抜け、その場に膝をついた。

すぐに結界を解除し、クロードの元へ這い寄る。


「クロード様! クロード様!」


彼は雨に打たれながら、薄く目を開けた。

その顔色は悪いが、先ほどまでの死相は消えている。パンドラの箱が消滅したためか、クロードの傷口からも禍々しい黒色が消え、ただの切り傷に戻っていた。


「……見事だ、ソフィア。……君の技術と、私の魔法の……勝利だな」


「バカ! バカですクロード様! 死ぬところだったんですよ!?」


私は彼に抱きつき、ボロボロ泣いた。

冷徹なエンジニアモードなんて、どこかへ吹き飛んでしまった。


「ああ……だが、君を守れたなら……安いものだ」


クロードは血に濡れた手で、私の背中を優しく撫でてくれた。


「……ひどい結婚式になってしまったな」


「……ええ。バグだらけで、最悪の運用開始日です」


私たちは顔を見合わせ、雨の中でクスリと笑い合った。泥だらけで、傷だらけ。


けれど、この世界の誰よりも絆の深い「夫婦」が、そこに完成していた。


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