第21話:結婚式
そして迎えた、結婚式当日。
帝都の空は、これ以上ないほどの快晴だった。
ギルバート殿下の演出によるファンファーレが鳴り響き、私は実の父のエスコートで、バージンロードを歩き出した。
「……ソフィア。本当に、綺麗だ」
隣を歩くのは、ルミナス王国の筆頭貴族、ローゼンバーグ公爵。
白髪交じりの紳士であり、私の生物学上の父親だ。
「ありがとうございます、お父様」
「すまない……。あの時、王子の暴走を止められず、お前を追放させてしまったこと……ずっと悔やんでいたんだ」
父が涙ぐみながら小声で謝罪する。
ローゼンバーグ家は、代々優秀な魔導師を輩出してきた名門だ。
けれど、父は「家」や「王命」といった古いしがらみに弱く、当時は私を守りきれなかった。
「気にしないでください。結果的に、私は『最高の開発環境』を見つけましたから」
「……そうか。お前が幸せなら、父はもう何も言うまい」
父は安堵の息をつき、震える手で私を祭壇まで送り届けてくれた。
(心拍数120。血圧上昇中。……お父様、緊張しすぎです。倒れないでくださいね)
私は父のバイタルをこっそりチェックしつつ、前を向いた。
足元の『発光精霊板』が、私の一歩一歩に合わせて、波紋のように柔らかな光を広げていく。頭上からはリリィが操る『七色の木漏れ日』が降り注ぎ、私のドレスを真珠のように輝かせていた。
(よし。ドレスの浮遊ユニット、出力安定。ヒールへの加重分散も正常。転ぶ確率は0.01%以下ね)
私は感動しつつも、脳内では常にステータスチェックを行っていた。
そして、長い道のりの先。
祭壇の前で待つ、一人の男性。
黒の礼服に身を包んだ、銀髪の皇帝――クロード。
彼は私を見ると、またしても一瞬だけ固まり、それからとろけるような甘い笑顔を向けた。
「……待っていたぞ、ソフィア」
彼が差し出した手を、私が取る。
その手は大きく、温かく、震える私を安心させてくれた。
「クロード様……。今日の貴方は、いつにも増してスペックが高い(かっこいい)です」
「ふっ、君こそ。……世界中の富を集めても、今の君の輝きには敵わんな」
私たちは並んで祭壇に向き合った。
神父が厳かに聖書を開く。
私たちは並んで祭壇に向き合った。
神父が厳かに聖書を開く。
その声は、広大な会場の隅々まで響き渡った。
「神聖オルステッド帝国皇帝、クロード・ヴァレリウス・マクシミリアン・フォン・ヴァイムル」
(……長い)
私は感動的な場面にも関わらず、つい職業病で考えてしまった。
(変数名が長すぎるわ。データベースに登録するときにエラーが出そう。普段は『クロード』でエイリアス設定しておきましょう)
神父は続けて、私の名を呼んだ。
「そして、ルミナス王国ローゼンバーグ公爵令嬢、ソフィア・エレオノーラ・ローゼンバーグ・フォン・ルミナス」
(私のフルネームも大概ね……)
「病める時も、健やかなる時も。互いに愛し、助け合い、共に歩むことを誓いますか?」
クロードが私の瞳を覗き込む。
「誓おう。……私の命が尽きるその瞬間まで」
私も彼を見つめ返し、はっきりと答えた。
「誓います。……私の回路が焼き切れるまで、貴方をお支えします」
神父が頷く。
「それでは、誓いの口づけを――」
クロードが私のベールを上げ、顔を近づける。
それは、二人の関係を永遠に固定する、神聖な『認証プロトコル』。
唇が触れ合うまで、あと数センチ。
その時だった。
「――させない。絶対に、させるものかァァァッ!!」
その叫び声は、美しい讃美歌を引き裂くノイズのように響き渡った。
会場がざわめく。参列者席の最前列で、一人の男が立ち上がっていた。
充血した目。乱れた髪。
もはや王子の品格など微塵もない、エリックだった。
「エリック……殿下?」
「なんでだ……! なんで俺だけがこんな惨めな思いをしなきゃならない!俺の国は終わった! 下水まみれで、暴動まみれだ! 兄上が戻ってくれば、俺は処刑される!」
エリックは髪をかきむしり、狂ったように喚き散らした。
「なのに、なんでお前は笑ってるんだソフィア! お前がいなければ、俺は……!」
「……黙れ」
クロードが私を背にかばい、冷徹に言い放つ。「警備兵。その狂人を摘み出せ」
「へへ……摘み出す? 無理だよ。もう遅い」
エリックは歪んだ笑みを浮かべ、懐からあの「黒い小箱」を取り出した。
箱の隙間から、ドス黒い瘴気が漏れ出している。
いや、よく見ると――箱を持っているエリックの指先が、黒く変色し、崩れ始めていた。
「きゃあぁぁっ!?」
「手、手が!?」
悲鳴が上がる。
私の警告通りだ。封印の劣化により、持ち主の肉体を蝕んでいるのだ。
だが、エリックは激痛すら感じていない様子で、箱を高く掲げた。
「俺はどうせ終わる! なら、せめて道連れだ! 見ろソフィア! これが俺の、最後の命令だァァァッ!!」
バキィッ!!
エリックが無理やり箱をこじ開けた。
瞬間。
箱の中から、爆発的な勢いで「黒い霧」が噴き出した。
『ギギギ……ガガガガッ……!!』
それはただの煙ではない。
空間そのものを侵食する『システム・エラー』の集合体だ。
霧に触れたバージンロードが、色あせた灰色に変色し、ノイズのように点滅して崩れ落ちていく。
「なっ……なんだこれは!?」
「逃げろ! 飲み込まれるぞ!」
会場はパニックに陥った。
美しい光の演出も、音楽も、すべて黒い霧に飲み込まれ、不快な不協和音へと変わっていく。
『警報! 警報! 未知のウイルスを検知! 結界が侵食されています!』
上空のアドミンが警告を発するが、そのドローンの機体にも黒いノイズが走り、ふらふらと落下し始めた。
「アドミン!」
「クソッ、なんて出力量だ……!」
クロードが腕を振るい、巨大な氷壁を展開して霧をせき止める。
だが、霧は生き物のように氷を蝕み、じわじわと私たちに迫ってくる。
「……ハハハ! すごいぞ! これが古代の力か!」
エリックは崩れゆく右手を押さえながら、狂喜乱舞していた。
「滅びろ! 帝国も、ソフィアも、俺の惨めな記憶も、全部消えてなくなれぇぇぇ!!」
最悪の展開だ。
結婚式はぶち壊され、会場は阿鼻叫喚の地獄絵図。
普通の令嬢なら、泣き崩れて絶望するところだろう。
――けれど。
「…………はぁ」
私は、今日一番の深いため息をついた。
そして。
バサッ!
純白のウェディングドレスのスカートを、勢いよくまくり上げた。
「ソ、ソフィア!?」
「あらあら、大胆なおみ足……!」
クロードが驚き、参列者が目を丸くする。
私の太ももには、レースのガーターベルトによって固定された、「端末」と「工具セット」が装着されていた。
「まったく……。せっかくの晴れ舞台だというのに」
私は端末を起動し、高速で指を走らせた。
エンジニアの顔つきに切り替わる。
「本番環境(結婚式)での深刻なシステム障害。……腕が鳴りますね」
私はクロードを見上げ、不敵に微笑んだ。
「クロード様。誓いのキスの前に、一つ『共同作業』を挟んでもよろしいですか?」
私は言葉を区切り、視線を客席と上空へと送る。
片眼鏡を光らせてニヤリと笑う、隣国の技術王子。
怯えながらも、両手にまばゆい光を灯している元聖女。
そして、ノイズに耐えながら再起動しようとしている、小さなドローン。
「ただ、あと御三方に、できればお手伝いも頼みたいのですけれど」
クロードもまた、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。
「いいだろう。帝国最強の『開発チーム』の力で……あのバグ塗れの元王子を、浄化してやるぞ!」




