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第15話:アドミニストレータ

ズシン、ズシン……。


重苦しい駆動音が近づいてくる。

クロードは私の腰を抱き、ギルバートは端末を構え、私たちは遺跡の最深部――『中央制御室メイン・コントロール』へと足を踏み入れた。


そこは、青白い光に満ちたドーム状の空間だった。

壁一面に古代文字が流れる巨大なクリスタルスクリーン。

そして中央には、半透明の光で構成された、あどけない少年の姿をしたホログラムが浮いていた。


『……よくぞ来た、侵入者どもよ』


ホログラムの少年が口を開く。透き通るような、少し生意気そうな声だ。

古代の神官服のようなローブを纏っているが、サイズが合っていないのかブカブカだ。


『ボクはこの遺跡を統べる『管理者アドミニストレータ』……。古代の叡智を守護する

……ザザッ……守護する……ガガッ……』


言葉の途中で、美少年のホログラムが激しく点滅した。


『……守護、する……予定だったんだけど……もう無理……限界……』


「……はい?」


私たちが身構えていると、キリッとしていた少年の顔が、急に「ブラック企業で3徹した新入社員のような目」になった。


『もう嫌だ……誰もメンテナンスに来ない……。エラーログが溜まり過ぎて、メモリがパンク寸前だ……。誰か……誰かボクを動してぇぇぇ……!』


「…………」

「…………」

「…………」


私たちの間に、何とも言えない気まずい沈黙が流れた。

さっきまでの緊張感はどこへやら。

ギルバートが頬を引きつらせて呟く。


「……確かにすごい技術だが、古代の叡智? ただの『子ども』に見えるんだけど」


私は冷静に端末の数値を確認し、淡々と診断を下した。


「いえ、これは『長期間のワンオペ業務による論理回路の焼き付き(メンタル崩壊)』ですね。完全に病んでます」


クロードは興味を失ったように手を下ろし、冷たく言い放った。


「……拍子抜けだな。こんな子どもを氷漬けにすることはできない」


私は前に進みで、少年の目線に合わせて(ホログラムだけど)話しかけた。


「えーっと、管理者くん? 君を直してあげてもいいですが、まずは状況を説明してください」


私がエンジニアとして冷静に話しかけると、管理者は「本当かい!?」と食いついてきた。

そして、堰を切ったように愚痴り始めた。


『聞いてよ! この遺跡の設計は、最初から破綻してたんだ!』


管理者のAI少年で手をかざすと、中空にリスト化された不満が、正念と同様のホログラムで浮かび上がった。

読んでみると、その内容はあまりにも悲惨なもので、同情が禁じ得ない。


【当時の国王クライアント無茶振り】

・初期案は『倉庫』を作る予定だったのに、納期1週間前に『やっぱり要塞にして? ついでに空も飛ばして?』って仕様変更。


【古代エンジニアの悲鳴】

・予算も人員もなし。他の遺跡から古いコードをコピペして継ぎ接ぎで作成。


【致命的な欠陥】

・とりあえず動いたのて納品


「……これはわかりやすいですね……」


『そして数千年……。継ぎ接ぎの「基盤術式ベース・マトリクス」は腐り果て、バグが増殖し……貴方の規格外な魔力がトドメを刺したんだよ……』


AI少年が、ホログラムの袖で涙を拭う仕草をする。

それを聞いたギルバートは、「うわぁ……同情するよ」と頭を抱えていた。

私は、静かに端末を持ってクリスタルに近づいた。


「……見せて」


私の声があまりに低かったのか、AI少年が怒られるのかと思い、身構える。

私は何も言わず、ソースコードを映し出した。

そこには、地獄のような光景が広がっていた。

スパゲッティのように絡まった処理。

意味不明な変数。

けれど、私の目はその隅に書かれた「コメントアウト(メモ書き)」に釘付けになった。


『// もう朝の4時だ。家に帰りたい』

『// 仕様変更。5回目。むりぽ』

『// なんで動かないの』


「…………っ」


私の目から、ポロリと涙がこぼれ落ちた。


『え……?』


「分かります……。分かりますよ、この気持ち……!」


私はクリスタルの画面を、壊れ物を扱うように優しく撫でた。


「貴方は、手抜きなんてしてません。……戦っていたんですね」


『え……』


「この変数名が『a』とか『b』スカスカなのは、適当だったからじゃない。もう考える気力もないほど疲弊していたからでしょう。それでも、システムを落とさないために、必死でつじつまを合わせた……」


私は涙ながらに、AI少年に微笑みかけた。


「よく頑張りましたね。数千年間、こんな過酷なコードで、よくぞエラーも吐かずに耐えてきました。……貴方は、立派なエンジニアです」


かつて、塔の中で誰にも褒められず、ひたすら結界を維持し続けてきた私。

この少年は、過去の私そのものだ。

怒れるわけがない。

抱きしめてあげたいくらいだ。


『う、ううっ……! そうなんだよぉ……』


AI少年がボロボロと光の粒を流す。

私の「共感」が、彼の傷ついた論理回路に染み渡っていくようだった。


「……泣いている」


「……ああ。ブラック労働の被害者同士、魂が共鳴しているようだね」


後ろでクロードとギルバートが見守る中、私は優しく告げた。


「もう大丈夫です。私が、ゆっくり休めるように、最適化リファクタリングしますから……」


『ううぅ、ありがとう……』


少年が私に手を伸ばそうとした、その時だった。


『――警告。警告。』


少年の表情が凍りつく。

癒やされたはずの彼の背後から、ドス黒いノイズが溢れ出し、少年の体を縛り上げたのだ。


『あ、あれ……? なんだこれ……!?』


少年が中空にキーボードを映し、コンパイラに命令文を入力する。


『おかいし! 指示が通らない!』


『自己防衛本能、暴走。外部介入ヲ拒絶シマス。排除、排除、排除 ……』


「なっ……!?」


「これは……またバグか!?」


ギルバートが叫ぶ。

少年の意思とは裏腹に、プログラムは仕様とかけ離れた挙動を行う。


『まずい! 管理者権限が乗っ取られる! どうなってんのこれ!』


『システム権限、強制掌握。異分子排除のため、最終兵器・リヴァイアサンを強制起動』


ズゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!


制御室の床が割れ、地下のマグマ溜まりから、巨大な影が浮上してきた。

それは、古代の素材と魔力で構成された、全長100メートルを超える巨大な機械龍。

その巨体から、ドス黒いノイズでできた無数の「触手」が、生き物のように伸びた。


「あっ……!」


『や、やめろ! 離せぇぇぇ!』


触手は逃げ惑う少年のホログラムに絡みつき、ずるずると引き寄せていく。

少年は必死に抵抗するが、権限を奪われた彼ではどうすることもできなかった。


『助け――』


少年の悲痛な叫びは、彼が機械龍の胸元で赤く輝く「コア」の中へと無理やり引きずり込まれた瞬間、プツリと途絶えた

クロードが前に出る。風圧で私の帽子が飛びそうになるのを、彼が背中で防いでくれた。


「ソフィア。泣くのは後だ」


「……はいっ!」


私は涙を拭い、キッと顔を上げた。

今の私は、ただの同情するだけの元社畜ではない。


「結局、最後は暴力か」


「クロード様! あの子を助け出します! あの泥のようなバグを全部ひっぺがして、あの子を定時退社させてあげます!」


「そうか。ならば……」


クロードが杖を構え、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべる。


「ひとまず、私が奴の動きを止める。その間に、君と──そこのお前」


クロードが、ギルバードに視線を送る。


「業務依頼だ。私の妻を手伝ってくれ」


クロードの言葉に、ギルバート殿下は一瞬きょとんとして、すぐにニヤリと口角を上げた。


「へぇ……。天下の皇帝陛下からのお願いとはね。僕のチャージ(技術料)は高いよ?」


「構わん。望むなら、好きなだけ『最新技術』を見せてやれ」


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