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第13話:デスムーン

午後。


私たちは街の名所である「古代海洋博物館」を訪れた。

ここエメラルダは、古代文明の遺跡の上に作られた都市であり、海底から引き上げられたオーパーツ(古代魔導具)が多数展示されている。


「わぁ……っ! すごい!」


館内に入った瞬間、私のテンションは最高潮に達した。

展示されているのは、現代の技術では再現不可能な「浮遊機関」や「自動人形」のパーツだ。


「見てくださいクロード様! この回路の書き方、今の基盤術式とは全然違います! 並列処理じゃなくて、螺旋処理スパイラル・タスクで動いてるんだわ!」


「……そうか」


クロードが微笑ましく見守ってくれている横で、私は展示ケースにへばりついていた。


その時だった。


「おやおや? こんなに美しい仔猫ちゃんが、あんな無骨なガラクタに夢中とは。珍しいねぇ」


背後から、甘ったるい声がかかった。

振り返ると、そこには「歩くフェロモン」みたいな男が立っていた。

輝くようなブロンドの髪を派手に遊ばせ、胸元を大きく開けたシルクのシャツ。

片目には片眼鏡モノクルをかけ、口元にはキザな笑みを浮かべている。


「初めまして、麗しのレディ。僕はギルバート。隣の『アルケム連合』から来たんだが……どうだい? この後、僕のクルーザーでシャンパンでも――」


典型的なナンパだ。

クロードの眉間にシワが寄る。

彼が「失せろ」と言おうとした、その瞬間。

私の視線は、ギルバートの顔ではなく、彼の手元に釘付けになった。


「……ちょ、ちょっと待ってください!」


「おっ、興味を持ってくれたかい? 僕の魅力に――」


「違います! その左手に持ってる端末! もしかして『多重並列演算器マルチ・コア・プロセッサ』の試作機ですか!?」


私は食い気味に彼に詰め寄った。

ギルバートが「へ?」と目を丸くする。


「え、あ、うん。そうだけど……よく分かったね? これ、まだ未発表の最新モデルだよ」


「やっぱり! その薄さで冷却機能をどうしてるのかと思ったんです! もしかして『風精霊の刻印』を基盤に直接焼き付けてます!?」


「っ!? ……分かるのかい? この『直接焼き付け(ダイレクト・プリント)』の美学が!?」


ギルバートの表情が一変した。

チャラチャラしたナンパ男の顔から、一瞬で「同士オタク」の顔になる。


「分かるも何も! 従来の空冷式じゃラグが出る問題を、精霊魔法とのハイブリッドで解決するなんて革命的です! ……ねえ、ちょっと中身見せてもらえませんか? ソースコードの冒頭だけでも!」


「いいとも! いやぁ、まさかこんな可愛い子が『排熱問題』を語れるなんて運命だね! 見ろよ、ここの配線処理なんて芸術だろ?」


「うわーっ! 変態的なショートカット術式! すごいすごい!」


私とギルバートは、展示ケースの前で端末を覗き込み、未知の技術談義に花を咲かせ始めた。

イケメンとの会話? そんなものより、「未発表の最新ガジェット」の方が100倍興奮するに決まっている。


「……おい」


ドス黒いオーラと共に、低い声が響いた。

クロードだ。

彼は私の腰を強引に引き寄せ、ギルバートとの間に割って入った。


「ソフィア。……私という婚約者がいながら、他の男(の機械)に目を輝かせるとは、いい度胸だな?」


「えっ? いや、クロード様、これは浮気とかじゃなくて『技術交流』で……」


「黙れ。……そして貴様、どこの馬の骨か知らんが、私の女に近づくな」


クロードがギルバートを睨みつける。

普通の人間なら失神するレベルの威圧感だ。

しかし、ギルバートは涼しい顔で片眼鏡の位置を直し、ニヤリと笑った。


「おっと、怖い怖い。……その目、君が噂の『冷徹皇帝クロード』かい? となるとこちらのこの博識な仔猫ちゃんが、あの『世界樹を直した聖女』か」


ギルバートの瞳が、探るように私を見る。


「僕はギルバート・フォン・アルケム。アルケム連合の第三王子だ。……ねえ、ソフィアちゃん。そんな堅苦しい皇帝の国より、僕の国に来ないかい? うちなら最新の魔導パーツ、使い放題だよ?」


「えっ、使い放題!?」


「ソフィア!!」


私がうっかり反応すると、クロードが私の頬をむにゅっと摘んだ。


「……あとで『お仕置き』が必要のようだな」


「ふぐぅ……!」


バチバチと火花を散らす、最強の魔導皇帝と、天才技術者王子。

その間で、私は「あぁ、あの端末の裏側の配線も見たいなぁ」と、全く空気の読めないことを考えていた。


その時だった。


ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!


突然、博物館全体が大きく揺れ、展示されていた巨大な「古代の石板」が怪しく赤く発光し始めた。

観光客たちの悲鳴と警報音が鳴り響く中、私は慌ててクロードの腕にしがみついた。

しかし、ギルバート殿下の動きは違った。


「……ッ、これは!」


彼は懐から、先ほど私に見せびらかしていた「最新型端末」を素早く取り出し、目の前の赤い光――古代の石板にかざしたのだ。


ピピピピピッ……!


彼の手元で、端末の画面が高速で文字列を流していく。

それは、この遺跡から漏れ出ている魔力信号を瞬時に受信し、可視化したものだった。


「……完了。うわ、真っ赤だ。エラーログを吐きまくってる」


ギルバート殿下が画面を睨みつけ、顔をしかめる。

彼はエンジニアの顔つきで、鋭く叫んだ。


「まずい! 『バグ』だ! この遺跡の『管理基盤術式アドミニストレータ・ベースマトリクス』が暴走してる!」


ウゥゥゥゥゥゥ――ッ!!


『警告。警告。防衛プロトコル起動。不正侵入者を排除します』


「チッ……楽しいデートが台無しだ」


クロードが不機嫌そうに舌打ちをし、立ち上がる。

博物館の床が割れ、地下から無数の「警備ゴーレム」が這い出してくる。

錆びついた金属と、泥人形を混ぜたような不気味な姿。だが、その瞳には殺意を込めた赤い光が宿っている。


「きゃぁぁぁっ!」


「逃げろ! 博物館の展示物が暴れ出したぞ!」


観光客たちがパニックになって出口へ殺到する。


クロードは私を背後に庇い、右手を軽く振った。


「……凍りつけ」


パキィィィィンッ!


言葉と共に、先頭集団のゴーレム20体が一瞬にして氷像へと変わった。

圧倒的な火力。

さすがは皇帝陛下だ。

物理的な制圧力なら世界最強だろう。


しかし――。


ガシャコン、ガシャコン……。


「……ん?」


クロードが眉をひそめる。

氷像になったゴーレムを押しのけて、床の穴から次々と新しいゴーレムが湧き出てくる。

倒しても倒しても、キリがない。


「無限湧き(リポップ)か。……面倒だな」


「待ってくださいクロード様! 物理攻撃じゃダメです!」


私は叫んだ。


隣では、先ほど私をナンパしてきたチャラ男――ギルバート王子が、自身の端末を高速で操作している。


「ソフィアちゃんの言う通りだ! こいつら、ハードウェアを破壊しても、ホストコンピューターからの命令が止まってない! 工場側で『生産コマンド』がループしてるんだ!」


「その通りです! 元を断たないと、エメラルダが泥人形だらけになります!」


私はギルバートの端末を覗き込んだ。

画面には、暴走している遺跡の制御コード(古代文字の羅列)が表示されている。

それを見た瞬間、私は吐き気を催した。


「うわっ……なにこれ……」


「ひどいだろう? 僕も見た時、目を疑ったよ」


ギルバートが苦笑する。

画面に流れているのは、まさに「スパゲッティ・コード」だった。


変数の定義はバラバラ。

無意味な改行と、注釈のない謎の数字。

そして極めつけは、至る所に書かれた『※ここを動かすとなぜか動く(修正禁止)』という古代語のメモ書き。


「汚い……! 汚すぎる……!」


私は頭を抱えた。


「なにこの『goto命令』の乱用! 処理があっちこっちに飛んでるじゃない! これ書いた古代人、絶対に納期直前で徹夜したでしょ!?」


「ハハハ! しかも見てくれ、この無限ループ。終了条件が『世界が滅びるまで』になってるよ。ブラックジョークにも程があるね」


私とギルバートは、あまりのクソコードぶりに、逆に意気投合して盛り上がっていた。

エンジニアにとって、他人の汚いコードを見ることは「地獄」だが、それを一緒に悪口を言い合える仲間がいることは「娯楽」なのだ。


「……おい」


その背後から、絶対零度の声が降ってきた。

クロードだ。

彼は無限に湧くゴーレムを片っ端から粉砕しながら、私とギルバートを睨んでいる。


「楽しそうなところ悪いが、そろそろ私がこの島ごと氷漬けにしてもいいか?」


「だ、ダメです! そんなことしたらリゾート地が壊滅します!」


「ならば早くしろ。……私は、君が他の男と『共通言語』で話しているのを見るのが、極めて不愉快だ」


クロードが杖を一閃させると、巨大な氷の壁が出現し、ゴーレムの群れをせき止めた。


「時間は稼いでやる。……その代わり、5分だ。それ以上、そのチャラ男と会話するな」


嫉妬と頼もしさが入り混じった背中。

私は「はいっ!」と返事をし、ギルバートに向き直った。


「ギルバート殿下! 並列作業で行きます! 殿下は右側の『生産ライン』のプロセスをキルしてください!」


「了解! ソフィアちゃんは?」


「私はに中枢セントラルに潜って、この汚いスパゲッティを全部『リファクタリング(整理)』してやります!……あーもう、見てられない! 私が全部書き直してやるわ!」


私は自身の魔導端末を展開した。

キーボードを叩く指が、怒りと使命感で加速する。

新婚旅行の初日。甘い夜の代わりに待っていたのは、数千年前の他人が残した「技術的負債」の返済作業デスマーチだった。


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