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ヴァルトラウト戦記 追放令嬢と蒼穹の騎士  作者: 織笠トリノ
第一章 無力であることは、罪であった

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第8話 有象になりたい無象の祈り

 たいそうな見送りを受け、私とソラが乗った馬車は一路ガリア連邦へと向かう。移動先は連邦の後背地であるバージュという町だ。


 もちろんのことであるが、戦争素人の私たちが最前線に出張っていっても死ぬだけだ。なので後背地で訓練をする期間が設けられるとのこと。


 それにしても。

 近い。ソラの顔が近い。


 彼はよく眠れなかったのか、それとも大物なのか。私の隣に座り、今は顔を預けてすうすうと寝息を立てている。


「まつ毛、長くていいなぁ」


 はしたないとは思うが、色々とサレてしまったので、私も色々シてもいいと思う。

 すっきりとした鼻梁に、さらりと流星のような黒髪がかかっている。


 触っても、いいよね?


「あー、あー、暑いなぁ」


 棒読みしつつ、ちょんちょん。つんつん。

 くすぐったそうにソラが顔を動かしている。うわ、柔らかい。


 いけない。これはまずい。抑えられなくなる前に気持ちを切り替えないと、私は溶けてしまうかもしれない。


 そんな至福の時間は、急停車した馬車によって中断させられた。馬の嘶きが響き、御者が慌てて手綱をコントロールしているのが感じ取れる。


「アゼル様、ソラ様」

 鋭い言葉に俄かに緊張が走る。ソラもガバリと起きたようだ。

 危なかった。


「何事ですか?」

「この先にある女神グリセルダ様の神殿に向かう予定でしたが、ご覧ください……」


 何事かと窓を開けてみると、神殿があると思しき方向から黒煙が上がっている。

「火事……なのかな」

「いや、アゼル。何か悲鳴のような声が聞こえてこないか」


 ソラが口元に人差し指を立て、注意を促す。ほぼ同時に道路脇の茂みの中から緑色の体色をした怪物が複数現れた。


「ゴブリン……それも訓練されている」

 即座に包囲しようとした子鬼たちを見て、御者が絶望的うめく。


 聞いたことがある。<遺骸レガシー>は前線の兵站を切り崩すため、安全とされている後方に捨て駒として下級魔族を送り込んでいるという。


「グキャキャキャキャ」

 何やら美味しい獲物を見つけたかのように、私たちの馬車を取り囲む。その数六体。それぞれが汚れた短剣をひっさげ、じりじりと迫ってくる。


「アゼル様、ソラ様、お助けください! このままでは……!」


 私の手元には、愛用している安物の杖が一本のみ。ソラは貸与されたロングソードが一振り。状況は最悪と言っていい。


「アゼル、魔法は使えるのか?」

「あ、え、うん。あの『劣化』っていう魔法だけ……だけども」


「それでいい。語感的に何かを朽ちさせることができるのかな。それ、アイツらの武器にかけられないか?」

「う、うん。やってみる、よ」


 石ころを変色させたり、水を濁らせるぐらいが関の山だけれども、もしかしたら。一か八かで通じるかもしれない。何もしないでは終われない。


「行こう。こんなところで死ぬわけにはいかない」


 ソラは剣をつかみ、馬車から飛び出す。そして抜き放つと、とても剣士とは思えない動きで切りかかっていった。


 無理だ。あの動きは素人のそれだ。そういえば魔法もなくて、剣も使われていない世界から来たんだっけ。足さばきも剣の持ち方もぎこちない。それでもソラは一生懸命前に進んでいる。


「グギャッ!?」

 ソラが振り回した剣の切っ先が、一体の肩口をとらえた。紫色の血液が噴き出し、ゴブリンはじりっと後ろに下がる。


 やれ、やるんだ私。もう汚物を貪る豚は卒業しよう。

 私も前に進むんだ。


「万物の混晶たる神々よ。その裁きを以て害成す刃を躯に変えよ。『劣化』!」


 詠唱が完成するのと同時に、私の周囲に錆びついた匂いのする風が吹きあがった。杖を向けられたゴブリンの一団が持っている武器が次々と崩れ落ち、風化していく。


「う……そ……。範囲魔法……こんなことって!」

「すごいねアゼル、負けてられないな。よし行くぞっ!」


 ソラは戸惑うゴブリンたちと、その武器の変化を見て好機ととらえたようだ。勇猛果敢に剣をたたきつけ、一匹、二匹と仕留めていく。


「すごい……ソラ、あなたは一体」

「うおおおっ!」


 最後に残ったのは、大楯を持っているゴブリンだ。どうやらこの小集団のリーダーのようである。

 ガインッ! と金属音が鳴った。

 あてずっぽうなソラの剣閃が鉄製の盾に弾かれた。まだ私たちは未熟だ。けれど、この世界の運命を担っている。こんなところで負けるわけにはいかないんだ。


「アゼル! 劣化を!」

「任せて!」


 第二射の劣化は、盾の品質をわずかに落としただけだった。だが目に見えてゴブリンは防ぎづらそうにしている。


「これでどうだっ!」


 ソラの突きがゴブリンの喉もとに迫る。だが間一髪の大楯が隙間に入り、そのまま弾かれ――。

 刹那に煌めく蒼の光が、その場にいるものたちを魅力した。


「グガアッ!?」

 まるでケーキにフォークを入れるように、防御の真正面を通り抜ける。

 血風が舞い、立っているのは私たちだけになった。


 すごい、ソラ。今のは……加護?


「ハァハァ……これで終わりか……?」

「う、うん、今のところは、たぶん」


 転がっている死体を横目に、ソラが吐いた。安堵からか、それとも、何かあったのだろうか。優しく背中をさすると、酷く疲れ果てたような顔で微笑み返してくれた。


「大丈夫? 少しは収まった?」

「ああ、ごめん。こんな情けない姿を見せてしまって」


 うん、私も吐きそう。でもぐっとこらえてソラの背をさする。


「ありがとう、そうだもしかしたらまだ敵が近くにいるかもしれない。まだ発見されないうちに火の手の場所までいくべきだと思うんだけども」


 ソラはこの場に長居するのは危険だと主張している。私のちっぽけな魔力では周囲の気配など探せないし、御者の人も神経が限界だろう。


「うん、急いで行きましょう」

「俺は御者台で警戒するから、アゼルは魔法をいつでも使えるようにしていてくれ」

「わかった。無理しないでね」


 馬車を急がせて、私たちは煙立ち昇る神殿へと向かった。


 アゼルは気づいていない。契約を果たしたことで魔力が爆発的な肥大を見せたことに。  

 疫病の女神グリセルダの魔法使いとして、こと相手を腐らせることに関しては、グランベリア一の能力になった。だが彼女が才を発現させるには、まだ少し先になるだろう。


 ソラは気づいていない。蒼の騎士となったことで、身体能力が飛躍的な向上を遂げたことに。ゴブリンを小学生低学年と感じているが、実際は大人をも圧倒する腕力である。彼の一撃は防御能わず。その実力を知るのは、少し未来になる。



お読みいただきありがとうございました!

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