第7話 誰が為の宴なりや
かすかに体が揺すられているのを感じる。それは揺りかごであやされているように心地よく、目覚めかけた意識が再び微睡みに落ちていきそうで。
「あむ、にゃむ……」
「おはようアゼル」
「ぇ…………ぁ…………」
黒い髪でまつ毛の長い少年の、春の日差しのような笑顔がそこにあった。
「おおおおおおはようごじゃますっ!」
ど、同衾してるの忘れてたぁぁぁぁあああ!
寝顔! よだれ! 髪ぼさぼさ!? あああ、色々酷かったらどうしよう。
「いったっ」
下腹部に何かが挟まったような痛みが走る。私はおなかをおさえつつ、そっとソラと距離を離した。
「うぇ、うぇへへ。その、昨日は……どうもありがとごじゃます」
なんで私はにやにやしてるんだろう。
「えぇ……お礼を言われる場面なのかな、これ」
ああもう、ほら。ソラも呆れてる。
「き、着替えるから、その」
「うん。俺もあっちで服着てくるね」
もそもそと昨日着ていたのと同じ桃色のスカートをはき、ブラウスを着る。よし、タイは曲がってない。
ちゃんとボタンもはめられた。うん、大丈夫。
ベッドサイドに備え付けられていた鏡を見て、急いで髪の乱れをなおし、携帯していたチークと紅を薄くまとう。
しっかりとお化粧もしたいところだけども、あんまり待たせるわけにはいかない。
「お、お待たせ……しました」
初めての後、こうやって見つめ合ったときどうすればいいんだろう。いろいろな言葉が頭をぐるぐると回るけれど、口からはうめき声しかでない。
「その、改めてよろしく、アゼル。双炎なんとかっていうのがどういうもので、これから何をしなくちゃいけないのかまだよく知らないけれど、俺なりにやってみるよ。だけど……」
ソラは少し暗くうつむいている。
「今から俺は、酷いことを言う。怒ってもいい」
「うん、聞かせて。多分怒るけど」
一瞬辛そうな表情を見せ、ソラは語る。
「君の運命をもらっていながら、悩んでしまうのは人としてダメなんだろう。けど、もし万が一元の世界に戻れる方法が見つかったら、俺はきっと……すごく悩むかもしれない。もしかしたら、それを手にしたくなるかもしれない」
「あのねソラ。重いことを言うようだけれど、この世界では夫が先に死んだり、どこかへ蒸発してしまったりしたとき、妻は後追いで自害するしきたりがあるんだよ。だからもう私の運命はソラと一緒なの」
「えええええっ、そんな厳しい戒律があるのか! なんていうことだ……」
うそぴょん。
「――わかったそれも踏まえて慎重に行動するよ」
まあ、黙っておこうかな。
そして二人そろって部屋を出る。いろいろな顔を見せあい、お互いの深い部分に触れることになったのだが、手をつなぐ勇気はまだなかった。このちぐはぐな気持ちはいつか晴れるのだろうか。
転移用魔方陣がある部屋には昨日と変わらぬ父がいた。
「ご報告いたします。アゼル・シャルリッツ、無事に双炎の儀を執り行いました」
「ふむ、少し面構えがましになったな。よし、よかろう」
何がよしなのかわからないけれど、これでようやくスタートラインだ。
「さてこれからの行動についてだが、当家に集まっている呼んでもいないお客人に挨拶をしてもらおう。なに難しく考える必要はない。お前は赫蒼双炎に選ばれたのだ。その事実だけで満足させられるだろう」
「――はい」
「ソラ君にも共に出席してもらう。まず貧民の服装をどうにかせねばな」
「……わかりました」
ソラはお父様に対して敵意満々のようだ。婿と義父との争いは犬も食わないというのに。
◇
時刻になった。
豪奢なシャンデリアが煌めいている。お集りの紳士淑女たちは思い思いに会話を弾ませているようだった。
大きな中央階段から侍従が現れ、先触れを告げる手はずになっているらしい。
「ソラ……その恰好」
「言わないでくれよ。俺だって初めての恰好なんだ」
肩章に紐飾りをつけた蒼い礼服は、昨晩突貫作業で作られたらしい。ソラは腰に剣を下げるのは嫌がったが、私たちの立場であればやむを得ない。
この場において赫蒼双炎は賊が万が一にも入り込んだときは、重要な戦力の一つとしてカウントされる。ゆえに社交の場でも帯剣が許されているのだ。
扉の奥から到来を告げる声が聞こえる。
「ヴァルトラウト家当主、フォルカー・アウグスト・フォン・ヴァルトラウト竜爵閣下のおなりでございます!」
堂々と先を進む父の背を見送り、私は自分の顔をぴしゃりとたたく。
念入りにドレスアップされた自分の姿は、多少なりとも威厳はあるのだろうか。それとも『山羊に絹服』として一蹴されてしまうのかな。
「入れ」
父の声が聞こえる。
「続きまして、双炎の儀を終えられた、新たなる勇者のご紹介をいたします」
侍従の声について間もなく、大扉が開かれた。
胃が痛い。この静寂さは一体……。
「宣言しよう。この二名こそ最後の赫蒼双炎だ。数多くの質問や懸念はあると思うが、まずは運命の裁定として、指輪は彼らを選んだ。その事実を伝えておく」
「おおおおおおお」
さざ波のように声が広がっていく。こちらを見る目も、冷たい視線から好奇のものへと変わっていった。
「凛々しい少年ですな。彼が蒼か」
「竜爵閣下のお嬢様が赫になられるとは、意外……いえ、わたくしの予想を外しましたな」
歓声の中、父が手を挙げる。
「さて双炎の円環に選ばれた二名であるが、蒼の少年――ソラ君は戦い方を知らない平民だ。そして我が娘アゼルは知っての通りの実力である。ゆえに彼らを鍛えなくてはならない」
ざわり、と水晶でできたシャンデリアの下で訝しむ声が聞こえる。
「彼らには前線となっている国家に送致し、強引にでも闘争の根幹をつかんでもらうしかないと私は考える。デュドネイ伯アーヴィング殿、卿は確かガリア連邦の王室と懇意にしていたな」
「左様でございます竜爵閣下」
「かねてからの打診通り、援軍を派遣すると通達してもらえないだろうか」
デュドネイ伯は父フォルカーと犬猿の仲だ。しかしながら、伯爵の持つ各国とのパイプは優秀で太い。
「何か見返りは必要かな、伯爵」
「できますれば閣下秘蔵の禁書を一つお譲りいただきたいものです」
「ふむ、卿への謝礼は後ほど細かく打ち合わせをしよう。それよりも先に魔術通信で連邦に話をつけておいてほしい」
「……かしこまりました。では一時中座させていただきます」
宴は何事もなかったかのように再開した。
ワインの栓が開けられるたびに芳醇な香りが漂い、香辛料のよく効いた肉料理にとても会う。うん、チーズもおいしい。もぐもぐ。
「ソラ、食べないの」
「いいんだ。大丈夫」
目線を追うと、ずっと父フォルカーを見ている。娘として、ラヴィンシャルド王国人として、グランベリア大陸の民としてソラには協力してほしいのは山々だけれども、そう簡単には折り合いはつかないんだろうな。
「これはこれはアゼル様、本日も麗しゅうございますな……」
「竜爵閣下のご息女は流石ですな。どうですかな、こんど我が家の夕食会へ……」
「不要な学院に見切りをつけられたのは慧眼。皆感服しておりますぞ」
笑顔が、気持ち悪い。
どうして人は心にもないことを言うとき、目が相手を見下しているんだろう。
私には期待していないはずじゃなかった?
「しばらくは父の命で動くことになるかと……お気持ちは嬉しゅうございます」
弾け出そうな呪いの泡を心の檻に閉じ込める。
デュドネイ伯爵が戻ると、私たちは父に別室へと呼ばれた。
目についたのは、白磁に青いラインが入った大きな花瓶だ。そこに国花である紅百合が活けられている。
「連邦より入国の許可が下りた。明朝出立し、国境にいる訓練部隊と合流せよ」
「っ! 承知いたしました」
「……ああ」
ソラは父から九十度体を横に向け、投げやりに返事をした。
ヒヤリとするやり取りだが、父はたいして気にしていなそうだった。
「反抗的な態度も結構。今のうちだけの特権だからな」
そう言い残し、父は踵を返して広間へと戻っていった。
「大丈夫?」
「どうしてもアイツはダメだ。アゼルには悪いなとは思ってるんだけど」
「お父様は大陸で五人しかいない竜爵という名誉爵位持ちなの。そのためかわからないけれど、お父様の頭の中には<遺骸>に勝つことしかなくて……その、ごめんなさい。私の家は、お母さんが遺骸との戦いで、亡くなっていて」
「いや、俺の方こそ謝るよ。きっと俺はまだ責任を実感できてないんだ。あんまり気乗りしないけれど、もしかしたら連邦とやらに行けば、少しはこの世界を好きになれるのだろうか」
なってほしいな。
この世界はとても残酷で理不尽だけれども、それでも美しいと言ってほしい。
そんな願いを胸に、私とソラは宴に戻る。
やがて夜が更け、お開きとなる。この日はソラと一緒に寝ることはできなかった。
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