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ヴァルトラウト戦記 追放令嬢と蒼穹の騎士  作者: 織笠トリノ
第一章 無力であることは、罪であった

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第3話 そして全てを失う

 クリストフェル魔法学院の中央広場には、大きな掲示板が設置されている。そこには休講の連絡だったり、講師の異動であったりと様々な情報が張られている。


『アゼル・シャルリッツ・フォン・ヴァルトラウト。院長室に出頭せよ』


 この呼び出し方は間違いない。

 とうとうその日が来てしまったのだ。


 恥ずかしさのあまりに顔が熱を持つのがわかる。周りからはひそひそ、くすくすと陰口が行き交っている。


(おいおい、あの張り紙。死刑宣告だよな)

(やっぱりね。この学院には相応しくなかったのよ)


 中央広場に名指しで掲示されること。それは学院追放処分でしかありえない。

 く……。負けるもんか……。まだ可能性があるかもしれない。


 知っていてなお強がる自分が恨めしい。心の芯が折れてしまう前に、院長室へ行かないと。

 私は足を引きずるように、みじめに、情けなく、誰からも見下されながら、部屋へと向かった。


 ◇


 コンコンコン。入室のノックは三回。


「アゼル・シャルリッツ。伺いました」

「入りなさい」


 許可を得て、学院長の部屋に進む。私に背を向けて、白髪の学院長は自らの王国をガラス越しに眺めているようだ。

 そしてもう一人いた。この方は……私の婚約者のロベルト第三王子殿下だ。どうしてこんな間の悪い時に……。自分の情けなさに顔から火が出そうだ。


「さて、と。かけなさいヴァルトラウト君」

 口火をきったのは学院長だ。ロベルト殿下は腕組みをしたまま、端正な顔をしかめてこちらを見ているだけだ。


「はい。失礼します」

 促されるままにゆったりとした緑のソファに腰掛ける。向かいには緩慢に腰を下ろそうとする学院長がいる。


「結論から述べよう。アゼル・シャルリッツ・フォン・ヴァルトラウト君。本日付けを以て、君は退学処分となる。異論はあるかね?」


「異論しかありません。確かに私は魔法が……苦手で、その、『劣化』しか使えませんが、それでも魔法を使えることには変わりはありません」


「それが幼子の言葉であったのなら、私も長い目で撫育ぶいくしようと思うだろう。君はもう三年生になる。同期生では前線で役目を果たしている者もいるのだ。軍隊でも言うだろう? ただ飯ぐらいを置いておくわけにはいかない、と」


 確かに私はお荷物かもしれないよ。でも、何もしないままに放逐されるのは、ポケットに入るくらいのちっぽけな誇りが許さない。


「残念だが君の成績では卒業することも高等部へ進学することもできない。喜ぶべきは今年成人になったということかな。君の能力はさておき、血筋は高貴だ。嫁の貰い手は山ほどいるだろう」


「ぐっ、お願いします院長先生。今まで以上に努力します。どうか、退学だけは」


「努力には期限があるのだよ。そして戦略資源は無限ではない。食料・金銭・資材。そして人間。知っての通りラヴィンシャルド王国、いや、グランベリア大陸のすべての国が<遺骸レガシー>との戦いに注力しているのだ。今まで生かされていただけでも運がよかったと思いたまえ」


 私にはなにもできないと言いたいのだろう。


「成長性のない人物に資源を投入するよりも、未来ある人材を発掘するほうが望ましい。我々には余力がない。国家のこと、そして爵位や民のことを思えばこそ、身を引いてもらいたい」


 頭がくらくらする。何の言い訳もできない。私の代わりはいくらでもいるのだろう。熱いものがにじんでくる。


「貴族という立場に関しては多くは語るまい。その『無翼』の徽章は持っていきなさい。すでに職員が寄宿舎の荷物を整理し実家に送る手配を済ませている。このまま馬車でヴァルトラウト竜爵家に帰るのだ。願わくば二度と顔を合わせないことを」

 

 死刑宣告をされた。貴族として、魔法使いとして、そして一人の人間としてこれほどの恥辱はない。


「話は終わったかな、学院長」

「はい殿下。お待たせいたしました」

「うむ」


 今まで無言でいたロベルト第三王子殿下が口を開く。


「アゼル・シャルリッツ。俺はお前との婚約を破棄する。父上……陛下もご承知なされていることだ」

「そ、そんな……」


「俺はじきに戦場に出る身だ。この人類存亡の危機に、奥方だけの管理しかできない人物は必要ない。求められているのは戦力になる人材だ」

「どうして……そんなことを……。殿下、今までの優しきお言葉は一体……」


 毎週手紙を書いた。情けない自分を包み隠さずしたため、それでも王家への忠誠と殿下への思いを一枚の紙に込めたつもりだった。


 でもいつからだろう。殿下からの返事が少なくなってきて、やがて一通も来なくなったのは。


 休日には無理をして殿下に会いに行っていた。宮廷を知り、夜会を知り、社交を知ることが未来の妻としての役割だと思って、一生懸命頑張った。


 でもいつからだろう。殿下が他の女性を連れて夜会に出席するようになったのは。


「私が能力的にふさわしくないのは存じております。ですが王家への忠義だけは誰にも負けません。必ずや殿下のお役に……」


「必要ない。俺が欲しているのはあらゆる意味での戦力としての妻だ。お前を連れて夜会に行ったとき、周りの蔑むような目に耐えてきたことに気づかなかったのか? 兄たちに『もっとマシな伴侶はんりょを見つけろ』と小馬鹿にしたように言われ続けている俺の気持ちがわかるのか!」


 何も言い返せない。

 容姿も最悪だ。ちんちくりんな私はきっと殿下に連れられた保護対象に思われただろう。


 能力も皆無だ。今こうして学院を追放された身だ。きっと殿下も針の筵だったのだろう。


 性格も最低だ。負けず嫌いで、自分の弱さを認められない。背伸びしてる女性を支え続けるのは、男性にとって負担にしかならないのだろう。


「これが正式な婚約破棄の書類だ。よく見てみろ」

 そこには国王陛下の署名と、私の父、フォルカー・アウグスト・フォン・ヴァルトラウト竜爵の名が書かれている。


「あ、あはは……」

「何がおかしい」


 もう、どうでもいい。こんなにも悲惨な運命になるならば、いっそ生まれてこなければよかった。


「殿下のご意向を慎んでお受けします。私、アゼル・シャルリッツ・フォン・ヴァルトラウトはここに殿下との婚約破棄を受け入れます」


「物分かりが良くて助かる。よし、ここに名前をかけ。よろしい」


 もう壊れる心すら残っていない。涙も枯れつくした。


「ではアゼル、お前にもう用はない。退室していいぞ」

「殿下もこうおおせだ。アゼル・シャルリッツ。出ていきなさい」

「ぐっ……ぅ……。お、お世話に……なりまし、た」


 かろうじてそれだけを絞り出す。目の前はもう真っ暗だが、ここで倒れて無様をさらすのは死んでも嫌だ。


 要件はそれだけだと言わんばかりに、学院長は簡潔に手を振って私を追い出す。殿下に至ってはもはや目も合わせてくれない。


 部屋からでたとたん、動悸がして心臓が破裂しそうになる。

 私はこの日、一匹の蛆虫と同価値になった。



 自室に帰るまでも地獄だった。


(聞いた? ついに放逐されるんですって)

(天馬が豚を生むこともあるのね。竜爵閣下がおかわいそう)


(殿下もついに見放されたようだ。まああんなのが相手だなんて、俺も嫌だよ)

(ご存知? 社交界ではまるで相手にされていないんですって。これからどうするのかしら)


 生徒たちはこちらをちらちらと見ながらも、口元に手を当て、肩をふるわせ含み笑いをしている。


 誰も私のことを必要としていない。

 急いで部屋のドアを開け、ベッドに飛び込もうとして足が止まる。もう何もない。

 あはは、笑える。流石本邦最高峰の学院だ。仕事まで早いや。


 伽藍洞がらんどうの空間にうずくまり、私はこらえていたものをそっと吐き出す。


「私、生きていていいのかな……」


 魔法使いとしての未来は永久に失われた。そして婚約相手も私を捨てた。

国際情勢を考えれば、戦場を支える労働者になるか、復員してきた傷ついた貴族の嫁にでもなるしかないのかな。


 自分は空を自由に飛べると信じていた。ですが豚が空に焦がれた結果がこのザマです。分相応というものを噛みしめ、地べたに転がって朽ちるしかない現実に、私は打ちのめされた。


 不意にノックが数回鳴った。

 私は急いで目を袖でぬぐい、制服のタイを整えて返答をする。


「どちら様ですか?」

「学院事務のミレーヌです。ヴァルトラウト領へ戻る馬車の準備ができましたのでご連絡に参りました。あと……お手紙をお預かりしています」


「ありがとうございます。馬車の中で読みますので、ドアに挟んでおいてください」

「かしこまりました」


 わざわざ追い出しに来たのか。いや、そういう考えはよくない。ミレーヌ女史は仕事をこなしただけなのだ。

 そっと手紙を拾い、封蝋を確認する。薄々感づいていたが実家からのものであった。


 三つ首の鷲の紋章(ドライアドラー)が私を見つめている。


「そう……そういうこと……」

 ピースがはまる。

「昨日の今日でやけに処分が速かったと思っていたら。こんなにタイミングよく手紙が届くと思っていたら」


 すでに実家は私のことを切り捨てようとしていたのだ。


「すべては予定通りだったのですね、お父様」

 乾いた声しか、もう出なかった。



 無機質な音を立てて革靴が馬車の踏み台を鳴らす。

 私は御者に任せるまま実家へと向かうことになった。


「手紙……読みたくないなぁ……」


 もちろんそういうわけにはいかないので、胸ポケットに刺さっているペンを使って封を切る。手がこんなにも震えているのは初めてかもしれない。



『我が娘、アゼルへ。

 絶望の味は十分だろう。私は貴様に親として、貴族としての選択を贈ろう。

 貴様には二つの道がある。

 一つは我が領で生き腐れ、ただ子孫を作るだけの存在となる道。無為に生き、希望を抱かず、ただ消費されるだけの存在になりはてる。

 加齢とともに刻まれるしわに嘆き、愛することすら難しい夫と無益な子供に見向きもされず、かびた棺桶に入るまで煉獄れんごくを歩む道だ。

 それはとても緩慢な滅びだ。貴様の未来は『ほぼ』これだ。


 二つ目は王国のため、臣民のために。そして世界のために殉じる道。

 奇跡を可能性と呼ぶのであれば、それは決して無ではない。


 貴様には期待していない。

 だがあえて訊ねよう。

 不屈の英雄になれる機会があれば、貴様はどうする?

 血と死臭と汚泥に塗れる覚悟はありや?

 さあアゼル。貴様はどうする?

 ――フォルカー・アウグスト・フォン・ヴァルトラウト』


 !!!


 えい……ゆう……。夢に見た、あの姿……。

 え、お父様、何を……?


 何度も何度も読み返す。ただ一つだけ他人に褒められた、私の翡翠のような瞳は、きっと血走ってしまっているに違いない。


 なれる。なれるの? 私は生きていてもいいの?

 なぜこのようなことを今になって言ってくるの?


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 空気が薄い。息は鉛のように重く足元に沈殿していく。

 ガラゴロと車輪が回る音と同じように、私の思索もめまぐるしく回転していった。


「お父様は何かを……企んでいらっしゃる」

 とりあえず姿勢を正し、窓の外の風景を遮断する。


 ――殉ずる。


 答えなど決まっている。

 何者にもなれずに消えるくらいならば、私の存在をこの世界に刻み付けたい。それがどんなに些細なものであっても、きっと今よりはマシに違いない。

 ガラゴロ、と音は西へと進んでいった。


お読みいただきありがとうございました!

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