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ヴァルトラウト戦記 追放令嬢と蒼穹の騎士  作者: 織笠トリノ
第一章 無力であることは、罪であった

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えいゆうのゆめ

 夢は現実の投影で、現実は夢の欠片という。

 ならば今私が見ている光景は、いつの日にか訪れる未来なのかもしれない。

 私は深海に沈んだようにたゆたう意識の中で、戦場を駆ける少年の姿を幻視していた。



 少年は手にした青き槍で、一人また一人と敵兵をほふっていく。傷つき、歯を食いしばって前進する背中は、まるで泣いている子供のようだった。

 敵もさるもの。小集団で敵わぬならばより多くで当たる。でもそれが少年ただ一人であれば通じたのかもしれない。


「来い、ディアドラ!」

「ガウ!」


 蒼穹そうきゅうの果てより黄金の竜が飛来する。吟遊詩人が歌い、創作者が思いのたけをはせる伝説上の生き物、黄金竜。


 少年を取り囲む一群に火砕流のような吐息を浴びせ、大樹のような太い尾で大地を薙ぎ払う。縦横無尽に暴れまわる破壊者には、名のある弓も槍も通じない。

 竜騎士。グランベリア大陸でも唯一無二の存在である伝説の巨獣を使役し、戦況をすべてひっくり返す埒外のジョーカーだ。


「バケモンが現れやがった。くそ、退け! 退け!」

「腕がっ! 誰か助けてくれっ!!」

「目が見えない、みんなどこにいるんだ!」


 阿鼻叫喚とはこのことだろう。

 少年は竜にまたがると、そのまま追撃をして飛び立つ。


 ネリスと呼ばれる、平和の象徴と名高い白い花が風に揺れる。群生しているところから、ここはガリア連邦だろうか。

 平原いっぱいにひろがるネリスには、赤黒い血化粧がどれも施されていた。


 夢の中の私の視点は少年が戦っている敵の方に向けられた。


「――ふむ、有象無象では止められぬか」

 古強者の風体。鋭い眼光に立派な髭。少し吃音が目立つ。

 敵将だろうか。

 

「そ、某が行く。貴様は全軍撤退の準備をせよ」 


「拝命しました。閣下、ご武運を」

「に、逃げ足だけは誰にも負けたことはない。しからば本拠で会おうぞ」


 中年の戦士は薙刀を手に、再び大地に降り立った竜騎士の方へと馬を駆けさせる。

「や、やれやれ、指揮官が最前線とは愚策中の愚策。士季しきの冷笑が目に浮かぶわ」

 やがて少年と敵将は激突する。


「わ、我こそはシサイ。敵将、潔く一騎打ちにて勝負せよ!」

 薙刀を突きつけた先にいるのは、肩で大きく息をしている若き獅子だ。



 青白い雷光のような刺突がほとばしる。

 万全の態勢で迎撃したようにも思えたけれど、誰にも予想ができない事態が発生していた。


 少年の放った槍先は、そこに盾などなかったかのようにスルリと貫通し、シサイと名乗った敵将の腕を穿うがった。


 経験、体格、筋力、戦術、戦の勘。シサイという男はすべてにおいて少年を凌駕しているかもしれない。そしてシサイは決して油断などはしていなかった。


 続けざまに上段から、シサイの首筋を狙っての打ち下ろしが迫る。

 シサイは大地を転がることでかろうじて回避した。


「こ、こんなことになるのであれば、が、外套なぞ脱いで来ればよかったか。記念品とはいえ命の値段には釣り合わぬ」


 台詞を終えるか否かでの、高速の二段突きがシサイの両肩を狙う。かろうじて薙刀を合わせ、その反動で距離を取った。


「たまらんなぁ。どれほどの修練を積めば、そのような一撃が出せるのか。のぅ若人」

「お前らのせいで……」

「うむ?」

「俺はすべてを失った。お前たちさえいなければ、俺は今頃!」


 身がすくむほどの憎悪が辺りを包む。そこからノーモーションでの下段払い、そして振り下ろし。少年の連撃は打ち込むたびに切れを見せていく。


「はっ、まるで伯約はくやくよの」

 なにがおかしいのか、シサイはふと懐かしそうな顔をした。


「ならば行くぞ小僧。セイッ!」

 投擲とうてき。大きく振りかぶり、持っていたメインウェポンである薙刀を思い切り投げた。


 シサイは恐らく僅かの打ち合いで読んでいた。少年の槍の貫通能力は、攻撃にこそ有効であり、防御に回ると意味をなさないことに。

 生じる一瞬の隙。それはシサイにとっては一撃必殺の間だ。


「もらった!」


 槍で薙刀を打ち払った少年に、シサイは体ごとぶつかっていく。手には一振りの短刀が光る。


「殺った!」

 だがその刃が既に朽ち果てて、錆び折れていたことに驚愕する。

 風にあおられ、一瞬で刃は根元から霧散していった。


「な、馬鹿なっ」

「りゃあっ!」


 槍の石突いしづきがシサイの腹を討つ。うめき声をあげ、思わずその場にうずくまってしまう。

「この……能力は……」



「間に合った?」

 戦場には似つかわしくないメゾソプラノの声。


 えっ、私、この声、知ってる。

 

 シサイが目をやると、そこには透き通るような白金の髪に、若葉のような聖翆の瞳を持つ少女がいた。


 わ、わたしだああああああああああああああああああああっ!

 えええっ、この場面で出てくるの、私?


 小さい身の丈には着こなせていない戦装束がまとわれている。


「助かったよ。死ぬかと思った」

「フッ、私の魔法も捨てたもんじゃないでしょ」


 す、すごいドヤ顔っ! 知り合いに見られたら首をくくるレベルだよ。

 こんなんできてとーぜんでございます的な、玄人然とする態度に眩暈を感じてしまう。


「そうか、貴様らが……疫病の神の使徒か」


 体を震わせながらシサイが問う。問いながらも確信を得ているようだ。


 そう、私も知っている。

 なぜならこれは私の夢だから、全部知っている。


 青き貫通の槍を使う少年。

 万物を腐らせる疫病の魔女。

 天空に住まいし古の黄金竜。


 答えを返すならば首肯するしかない。私たちは英雄なのだから。


「わ、我ながらよくこんな怪物どもの前に立てたものよ。ふむ、竜が思いのほか消耗しているか……ならば」


 黄金竜ディアドラが万全であるならば、今頃シサイは丸焼きにされるか、踏みつぶされて紙のようになっているに違いない。

 ペッとシサイは唾を地に吐き捨てると、近くに転がっている死体から長剣をはぎ取った。


「無駄よ!」


 私が剣を視界にとらえると、みるみるうちに形状が崩れていく。まだ新しいものであったろうその長剣は、まるで古代の墳墓から発掘されたような状態になった。


「疫病の魔女め……チッ、これは敵わんな。ふむ、よし」


 次の瞬間、シサイは百八十度体を回転させ、脱兎のごとく逃げだしていった。腕を上下に規則正しく振り、膝を直角に上げて、まるで競技者のように走る。全力の逃亡だ。あっという間にシサイの後ろ姿は小さくなっていく。


「あいつ倒せる?」

「無理だよ、あれは早すぎる。ディアドラももう魔力切れだし追いつく手段がない」

「仕方がないわ、それじゃあ本陣に帰りましょう。みんなを弔わないと」

「そう……だな。帰ろうか」


 少年は私の手を取り、鉄火燻る戦の跡を歩く。

 全力を尽くして戦ったであろう少年の顔は、まるで雨に濡れた子犬のようだった。


「やっぱりあなたは大丈夫なんだね。枷を取った私に触っても」

「契約のおかげなのかな。枷があってもなくても、俺にとっては出会ってからずっと君は君のままだよ」


 少年の黒絹のような髪が、風に吹かれて静かに揺れる。


「やっぱり戦場は慣れないね」

「俺もだ。早く終わらせたいもんだよ」

「ガウウン」


 後ろからノシノシとついてくる竜も、それは同意しているようだった。

 少年は黒い瞳をじっと私に向け、そっと肩を抱き寄せた。夢の中の私は彼のことを心の底から信頼しているのだろう。されるがままに同じ光景の風を感じた。


「大丈夫。俺が必ず守って見せる。俺たちならばきっと生き延びられる」

 自分たちは正しいことをしている。そう信じなければ、一秒だってこの場に立っていられないだろう。


「帰ろう、アゼル」

「ええ、あなたと一緒に。ソラ」

 そして吸い込まれるように二人の顔は一つに。



 ッハッ!!

 ガバリとベッドから飛び起きる。そして足がピンと攣り、もんどりうって床に転げ落ちた。

 なんなの、なんなのよあの夢は!

 いくら自分がダメだからって、あんな都合の良すぎる……! しっかりしなさい、私。


 魔晶灯をつけ、ベッドにもそもそと這い上がると、私は異次元過ぎる夢の内容に悶々として唸ってしまう。そうあんなことは絶対にありえない。人から頼られることだってない。


 うん、だからあれは完璧な夢だ。


 私のなかの妬ましさや欲望が、形になって噴き出たのだろう。だから気にしてはいけない。

 私の世界はとても狭く、窮屈で、息が苦しいものだから。

 夢なんてみてはいけないのだ。

 でも焦がれた。


 あれはまるで、伝説の英雄だ。

 そんなはずはない。絶対にない。そう自分に言い聞かせている間に、また夢の続きを見ようと、体は深い眠りへといざなわれていった。


 世界の歯車は、この夜から新たな軌道で回り始める。

 運命の子、アゼル・シャルリッツ・フォン・ヴァルトラウトを中心として。



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