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白い結婚を延長された友人の為に謎多き伯爵は決闘裁判をおこす

作者: 恵京玖
掲載日:2025/11/14

*1*


 膝より高い雑草だらけの山道を歩いていると、後ろから「うぎゃ!」と婚約者のロッコの悲鳴が聞こえてきた。

 

「で、でかい、バッタがあ!」

「ロッコ、このバッタは通常サイズよ」


 ちょっと呆れながらロッコについたバッタを叩いてやると、すぐさま黒い羽根を出して飛んでいった。

 バッタの方向を見ながらロッコは「マジかよ……」と呟く。都市の方で暮らしていたから、戸惑う事が多いかもしれない。

 ロッコは「なあ、ジェシー」と私に話しかけた。


「本当にこの山の中腹にある山小屋に、君の友人で、しかも貴族の令嬢がいるのか?」

「ええ、そうよ。三年も住んでいるの」


 私の言葉にロッコは信じられないという顔になった。私も「ディアーラも好きで住んでいる訳じゃないわ」とちょっとうんざりした感じで話した。


 私の友人であるディアーラ・ニールは男爵家の末っ子だ。ただし彼女は家族と都市の方で一緒に住まないでこういった山が多いニール男爵家の親戚で育てられた。理由は長男がまだ小さい事と母親の肥立ちが悪かったかららしいが、はっきり言って女の子が要らなかったんだと思う。現に大きくなっても一緒に暮らすことは無く、ずっと親戚の家で暮らしていたのだから。まあ、親戚の人は優しかったから虐められることは無かったけど。

 ちなみに私の家はその親戚と仲が良かったので、自然とディアーラとも仲良くなったのだ。

 ちょっとおっとりした感じのディアーラと落ち着きがない私のコンビは周りから【デコボコなコンビね】と言われていたけど、私達はとても仲が良かった。

 同じ学校にも通って、このまま貴族が行く高等学校へ一緒に行くって思っていた。私もディアーラも、何なら彼女が育てていた親戚も学校の先生達も……。


 忌々しい事を思い出していると、山道を降りる団体が見えた。まさか……と思い、団体の先頭を見るとオーウェン・フェニックスだった。ロッコも「あ、不味い!」と言い、私を引っ張って道の端に誘導する。そして一緒に頭を下げる。

 団体の先頭を歩くのはがっしりとした体格にワイルドな顔立ちの二十代半ばの男性。ライオンの鬣のようなオレンジの髪をハーフアップで無造作に結んでいるが、それすらもお洒落に見える。

 彼はオーウェン・フェニックス公爵。黙っていれば芸術家の彫刻の如く美しい男で、女の子だったら誰でも騒めくだろう。しかも公爵であり、王族の親族でもあるので、嫌でも注目される人物だ。男爵の身分である私から見たら雲の上の存在なのだが、頭を下げるのも腹立つ人物である。


「おい、そこの者、頭を上げろ」


 オーウェンが立ち止まり、頭を下げる私達に告げた。うわ、不味い……と思いつつ、私とロッコは顔を上げた。

 するとオーウェンの隣にいて隠れて見えなかったハルディンが「あ! 貴様はジェシー!」と私に指さして言ってきた。


「お前、ここはフェニックス家の領地だぞ! それなのに無断で入ってくるなんて!」


 そう、この山はフェニックス家の領地内であり、私達は無断で入っているのだ。どうしようと思っていると、すぐにロッコが持って来たトランクを開けて前に出て話し出した。


「申し訳ございません。ですがオーウェン様やディアーラ様にお見せしたいワインなどを持ってきて……」

「ふん、大嘘だろ。私の妹 ディアーラに会いに来たんじゃないのか?」


 ハルディンの言葉に、思わず私は顔をしかめる。

 ハルディン・ニール男爵。ディアーラの兄であり、おっとりしたディアーラと違い、偉そうな物言いをする奴だ! そして低位貴族ながらオーウェンと深い付き合いがある。どうしてハルディンは高位貴族で王族の親族の傍で対等な距離を取れるのか……。それはディアーラとオーウェンが結婚したので、ニール男爵はフェニックス家と親戚同士という事になっているのだ。


「ジェシー、何度言ったら、分かるんだ! 我が妹は公爵家へ嫁いだんだ。男爵で女が次期当主として選ぶようなお前の家と付き合う関係じゃないんだ!」

「ほう、君は男爵の当主になるのか」


 ハルディンの罵倒にオーウェンは私が当主になる事を非常に珍しいといった反応をした。

 そう、この国では女が当主になるのは結構珍しい。もし当主に男の子が生まれなかった場合、親族の男の子を養子にもらって当主にするのが一般的だ。だが私の家は子供が全員、女の子の上に親戚にも男の子の養子をもらえなかったので、泣く泣く長女の私が次期当主として選ばれたのだ。

 オーウェンは私を見て「だから気が強そうだったのか」と呟く。


「どういう事情か分からないが、女は口うるさくて、すぐに感情的になって、独占しようと思ったり、悪い事が起きればヒステリックになって、しかも弱いから何もできず喚いているだけ生き物だ。そんな生き物に当主なんて出来るのかね?」

「お言葉ですが、オーウェン様」


 私は背筋を伸ばして格調高い口調で話す。


「あなたの弟君 オスカル・フェニックス様は女当主の婿として嫁ぎますよ。外交で大きな功績を残しているセラフィーナ・アルーン公爵様の元に」

「ああ、セラフィーナね。ただ外国語がちょっと上手なだけで当主になった女さ。愚かな弟ではあるが、王令で婿にされるのはあまりにも可哀そうな話しだ」

「でも彼女は交流が少ない国々との条約を結んで話題になりましたよ」

「フン、あっちの国の人の受けが良かっただけさ。愚かな弟も彼女を尊敬して婿として支えたいとか言っているけどね。でも私は公平な目で見ているから、彼女に対してそこまで評価に値しないよ」


 オーウェンがバカにしたようにそう言い、ハルディンは「ですよねー」と相打ちをする。その姿に私はイライラした。憧れのセラフィーナ様に対して、何が【外国語がちょっと上手】だ! 思わず『あなたに出来るんですか?』と言ってやりたいが我慢した。

 なぜかハルディンも勝ち誇った顔で「さあ、とっと帰れ」と言い出したので、すぐに私は口を開く。


「ちょっと待ってください。オーウェン様とディアーラ様は白い結婚だったはず。契約した日から三年が経ちましたから、オーウェン様とディアーラ様はすでに離縁されていますよね」

「何でそんな事を知っているんだ!」

「ハルディン様がディアーラに宛てた手紙にそう書いてあったからです!」


 私とディアーラが中等学校を卒業する年にハルディンと両親から突然、手紙が届いたのだ。そこには高校に通わないでオーウェン・フェニックス公爵と結婚しろと書かれていたのだ。

 これだけで驚きなのだが、会った事すら無い公爵家に嫁ぐ理由も書かれてあった。

 オーウェンには真実の愛を誓った女性がいるのだが平民だった。身分の差により結婚が出来ないため、親戚の伯爵家に養子に出して貴族のマナーなどを教えるつもりらしい。その間、オーウェンと白い結婚をさせて三年後、子供が出来ないと理由でディアーラと離縁して、伯爵家に養子に出した平民と再婚する計画らしい。

 ディアーラに無駄な三年間の結婚期間をさせると言った内容に当時の私は怒り狂った。だがディアーラはハルディンと家族の指示に従う事にした。


「ディアーラは『私が結婚しないと家族に迷惑がかかると思うし、私を育ててくれた親戚の方にも良くない事をしてくるかもしれない』と言う理由でフェニックス家へ嫁ぎました。そして社交界に出すつもりも無いし、屋敷を取り仕切る女主人にするつもりも無いから、この山小屋に住めと言ったんですよね! こんな家族思いの子にこんな不便な山に!」


 ディアーラの事を何だと思っているんだって言うくらいの命令だが、オーウェンは「ああ、そうだが」と普通の顔でそう言った。


「彼女は自分の家の発展のために、私に嫁いで書類上の夫婦になって、公爵家の屋敷に居ても邪魔だから山に住めとも言った。そして私は彼女の家に贔屓して仕事を与えている。何か問題でも?」


 そう言ってオーウェンはハルディンの方をポンと叩く。それにハルディンは得意げな顔で私を見る。これには煮えくり返るくらい腹が立った。

 問題しか無いだろう! ディアーラはお前達の道具じゃ無い! と怒鳴ろうと思ったが、雰囲気を察してロッコは「そ、それでですね」と急いで話し出した。


「えーっと、先ほども言いましたが、ディアーラ様との結婚は三年で終了です。契約では既に離縁されていると思いますので、公爵家ではなくなったディアーラ様を私達が迎えに行っても別にいいのでは、ないでしょうか?」


 どうにか落ち着いてロッコは言う。さすが我が婿になる男。すぐに感情的になってしまう私をロッコは冷静に助けてくれる。

 正論であるロッコの言い分にオーウェンとハルディンは虫の居所が悪そうな顔になった。そしてオーウェンはロッコの質問には答えず、「出て行け」と言った。


「ここはフェニックス家の領地だぞ、さっさと出て行け!」

「そうだ! 出て行け!」


 オーウェンとハルディンがそう言い、後ろに控えていた公爵家の騎士達が私達の前に出て追い出そうとする。

 確かに無断で入った自分たちが悪いのだが、それでも私は言う。


「ちょっと待ってください。せめて離縁したディアーラを……」

「だから、ここは我がフェニックス家の領地だぞ! 無断で入ったお前達に……」


「おい、ちょっと待て!」


 オーウェンの言葉を被せるように知らない声が前から響いた。先の山道を見ると真っ黒な服を着た青年と付き人がこちらにやってきた。私達のように公爵家の騎士達は前に出て邪魔をするかと思ったが、彼らは黒い服を着た青年に道を譲っていた。

 オーウェンは真っ黒な服を着た青年と対峙して舌打ちをした。それに気にしないで青年は喋り出す。


「聞き捨てならないな、オーウェン・フェニックス。今さっき、ここをフェニックス家の領地と言ったかな?」

「ああ、そうだ。ここは我がフェニックス家の領地だ! グレーム・ウィルター!」


 オーウェンは青年をグレーム・ウィルターと呼んで私もロッコも驚いた。

 グレーム・ウィルター伯爵家。辺境の領土を守る武官の当主で高位貴族なのに社交界には出ず、結婚も婚約者も居ない変わり者や謎が多いと貴族界隈で言われている。自身は病弱なため社交界も出ず、結婚もしないらしいが、実は巨人のように不細工だから社交界で笑い者にされるからとか、酷い顔だから結婚を申し込んでも断られるなどの噂を聞いた。

 でもオーウェンと対峙しているグレームの姿は中性的で綺麗な男性に見える。真っ黒な髪を綺麗に整えて、澄んだ青い瞳に眉目秀麗である。恋物語の挿絵に出てくる美しい王子様のような顔立ちだ。この顔なら社交界に出たら笑い者どころか女性達に注目されるだろうし、ほっといても結婚の申し込みは殺到するだろう。

 グレームは「ここは我がウィルター家の領地だ」と言う。


「フン、器の小さい事を言うんじゃないな。グレーム」

「私だってこんな小さな話しはしたくない。祖父が建てた山小屋にお前の嫁を三年も放置しているからだ!」

「何でそんなに怒るんだ。お前の祖父が建てた山小屋はフェニックス家も使っていいと了承をしているじゃ無いか。昔は猟の好きなうちの親戚が泊まった事があったし」

「泊めると住むじゃ、話が全然違うだろ! あの山小屋は宿泊用で、女性一人が何年も住むような場所じゃないんだ! しかも生活に必要な物を全く寄こさず、そのまま放置して!」

「それも何度も聞いたよ。そして君たちが世話したのは感謝している。言葉以外にも謝礼をよこすが」


 オーウェンの横柄な態度にグレームは「要らぬ!」と怒る。だが肝心のオーウェンは何で怒っているのか分からないような顔で見ている。

 私も腹が立ったが、グレームの方が怒って口調を荒げる。


「どうしてディアーラを粗末に扱うんだ! しかも三年の結婚と言う契約らしいのに未だに離縁していない上に、山小屋にずっと放置しようとしていたし!」


 衝撃的な発言に私もロッコも驚く。だがオーウェンは涼しい顔して「彼女が私を愛しているのさ」と寝ぼけた事を言う。


「ディアーラは三年間、この山小屋で私の事を一途に愛していたんだよ。そして私も彼女の一途な愛に痛く感動して、三年間の結婚の契約だったが更新をしようと思ったのだ。山小屋に放置している訳じゃない。彼女が山が好きだから、ここに住まわしているのだ」


 得意げにオーウェンは語り、ハルディンは「素晴らしいです!」と拍手する。この愛に感動しているのは、このアホ二人だけで私もロッコも公爵家の騎士達の呆れた顔をしていた。

 そして凍土のような目をしたグレームは言う。


「お前がそんなだから、真実の愛と言った平民の恋人に駆け落ちされて逃げられるんだ」


 得意げな顔だったオーウェンの表情は固まる。グレームは更に涼しい顔で話す。


「真実の愛だとか抜かして平民の娘を伯爵家の養子に出したはいいけど、貴族としての振る舞いが全然なっていないし、覚えが悪いなどと彼女に結構罵倒したらしいな。貴族の礼儀や知識なんて数年で身につけるなんて無理な話しさ。それで彼女は伯爵家に出入りしていた商人の男と陰で浮気した挙句に、駆け落ちされたんだっけ?」

「……」

「すでにお前が真実の愛と言った平民の女も商人の男と一緒に遠くの国へ行ってしまったから、追うことが出来ない。こんな恥知らずな失態を犯して、よく公爵家の次期当主を続けられるよな。普通だったらとっくに家を追い出されているだろ。まあ、お飾りの嫁の愛に気が付いたとか言い訳していたようだが」

「……」

「ああ、真実の愛に浮気された上に駆け落ちされたお前にそんな言い訳が思いつくわけが無いから、隣にいるディアーラの兄の助言かな? そもそも彼女の結婚の契約を更新って、いつかは打ち切る気満々じゃ無いか。嫁はメイドじゃ無いんだぞ。都合の良い彼女をキープして、いい女が見つかったらさっさと離縁しようと言うお前の不誠実で傲慢な思惑が透けて見えるよ」


 グレームの暴露話に私もロッコもちょっと笑いそうになってしまった。そして納得した。だから、ディアーラは三年経っても離縁できないのか。それにしても真実の愛を誓った平民すら逃げられるくらいオーウェンの態度は本当に最低最悪なんだろう。下位貴族である私が言いたい事と知りたい事をすべて言ってくれて、グレームに心の中で感謝した。

 オーウェンは肩を震わせて「黙れ!」と怒鳴った。整った顔が怒りの表情になると非常に恐ろしい。しかも誰よりも体格も良く身長も高いので、迫力があった。私もロッコも公爵家の騎士も震えたが、グレームは一切の表情を変えなかった。


「貴様は伯爵家の人間だ! 公爵家の次期当主に向ける言葉か? 敬意が無いぞ!」

「お前に敬意を向けるなら、お前を運んできた馬車に敬意を向けるよ。黙ってお前のような奴を運んできたんだから。お前より勤勉で誠実だ。しかもお前は次期当主と言いながら、全然働いていないだろ」

「チッ。お前は本当に可愛げと言うものが無いな!」

「ウィルター家当主に可愛げなんて必要性はあるわけないだろ」

「フン! 本当にグレーム・ウィルターだったらな」


 何やら含みがある感じでオーウェンは言い、グレームは眉をひそめた。


「私が知っているグレーム・ウィルターはもっと穏やかな性格をしていたぞ。少なくともこの山をめぐって決闘裁判をしようとはしない」


 オーウェンの言葉に私も「え? 決闘裁判?」と呟いて、ロッコの方を見た。ロッコも目を丸くして驚いている。

 決闘裁判。それは証拠や証言が不足している事案を戦いで決める裁判だ。神は正しい者に味方するという事で決闘をさせて、勝敗で判決を決めるのだ。だが結局当事者の実力に左右される、弱い人間にとっては不公平な裁判だろう。

 オーウェンは更に馬鹿にしたように言う。


「こんな野蛮な裁判をするなんて、君の妹であり、女のくせに騎士学校へ行って女騎士になろうとしたグレイシアのようじゃ無いか」

「……」

「ああ、でも女騎士になる前にグレイシアは数年前に病気で亡くなったんだっけ。だが私は疑問だね。あんな男に楯突く苛烈で恥知らずな女が病死なんて。しかも今の君は病気知らずだ。とは言え、当主就任してすぐ半年は姿を見せなかったけど」

「……」

「ええ? どうなんだ? お前は……」


 グレームはオーウェンの言葉を被せるように「私はグレーム・ウィルターだ」とはっきりした声で言った。威圧的に見降ろしていたオーウェンをたじろぐくらい、グレームは睨んで口を開く。


「私だろうとグレイシアだろうと、お前の言動には反吐が出る! 女性を粗末に扱うためにこの山と小屋を使うのなら戦って所有権を取ってやる! これ以上、お前にこの山を好き勝手にはさせない!」


 グレームの宣言にオーウェンは怯んだが「フン」と鼻息を鳴らして半笑いで「決闘裁判でお前が負ける所をみんなに見せてやるよ」と言った。

 グレームをバカにした態度でオーウェンは「行くぞ」と言って周りにいたハルディンや公爵家の騎士達を引き連れて山を下りていった。

 そして私とロッコ、グレームと彼の従者が残った。


「ああ、君がジェシー・イノクスかな?」


 オーウェン達が見えなくなった時、グレームは私に声をかけた。あれ? 私、自己紹介したっけ? と不思議に思ったが「はい、そうです」と答えた。


「驚かせて申し訳ない。ディアーラから君の事を聞いているんだ。もし良かったらディアーラに会って行かないか? あそこの山小屋にいるから」


 そう言ってグレームは山道の向こうに指を指す。そこには山小屋らしき赤い屋根がチラッと見えた。もっと粗末な山小屋を想像していたが、結構広そうだ。

 山小屋の屋根が見た瞬間、思わず私は顔がほころんで「行きます!」と即答した。




*2*


「ディアーラ!」

「えー! ジェシー!」


 グレームの案内で私とロッコは山小屋に行き、ディアーラと再会した。三年ぶりなのでお互い抱擁して再会を喜んだ。彼女からの手紙は時々届いていたのだが、オーウェンに知られたら不味いとの事で、私から出すことは無かった。

 三年ぶりに見たジェシーは少し痩せた気がするが、元気そうなので安心した。

 山小屋も平屋だがキッチンやテーブル、ベッドが置いてあり、ディアーラが毎日掃除しているようで綺麗にしている。更に井戸や食料を置いておく貯蔵庫もあるので、とりあえずは生きていけそうだ。


「ああ、本当にうれしい。もしかしたら二度とジェシーに会えないと思っていたわ」


 ちょっと涙ぐんでディアーラはそう言って笑った。でもその言葉に私は暗い気持ちになって、「それって白い結婚を続行するから?」と聞いた。


「うん。オーウェン様が突然、このまま白い結婚を継続するから、このままこの小屋で過ごせって言われて……」

「はあ? 何それ! あいつ、ディアーラの一途な愛に感動したってほざいていたけど、結局キープじゃん。最低!」

「ダメだよ、ジェシー。一応、彼は公爵家の次期当主なんだから。聞かれていたら、何をされるか……」

「心配には及ばないわ。オーウェン・フェニックス様はすでに山に下りたし、グレーム様も私と同じ気持ちを抱いているわ」


 そう言って山小屋の窓を見ると男性三人がいた。二人でゆっくり話してきなよと言って、外で待っていてくれているのだ。

 グレームの従者であるカフルはロッコと何か話していて、グレームは木を背にして目をつぶっている。

 ディアーラもグレームを見て「グレーム様」と呟く。彼女の瞳は物思いにふけっているような感じがあり、私はピンときた。


「もしかしてディアーラ、恋しちゃったの? グレーム様に」


 私の言葉にディアーラは「ええ!」と顔が真っ赤になりながら驚く。この反応に可愛いなと思いながら、私は話す。


「恋に落ちてもしょうがないわよ。ディアーラのために決闘裁判をして戦ってくれるし、それにここに来てから、色々と援助をしてくれたんでしょ、グレーム様って」

「恋に落ちていないわよ。多分、領地近くで起きている問題だから裁判になっちゃったんだと思うし。それに直接、援助してくれたのはグレイシアさんだから」


 私は「え? グレイシア、さん?」と聞き返した。確かオーウェンは言うにはグレイシアはグレームの妹で亡くなったと言っていたけど……。

 するとディアーラが嬉しそうに説明してくれた。


「グレイシアさんはグレーム様の従者であるカフルさんの奥さんなの。この山で山菜取りをしていた時に私と出会って、ひどく同情してくれて色々とお世話してくれたんだ。食料はもちろん、本とかも貸してくれたのよ。ここの領地の当主様の妹様と同じ名前だから、みんなからシアって呼ばれているみたい」

「カフルさんの奥さんって事は、ウィルター家のメイドさんなのかな?」

「そうみたい。シアさんって、ものすごく動きが機敏で優雅なんだ。お顔も綺麗なの。可愛いとか綺麗と言うより、かっこいいって感じ。お話しするとジェシーみたいに、はっきりモノを言う人だね。でも聞き上手なんだ」

「へえ、会ってみたいな、シアさん」

「それがね。シアさん、今、具合が悪くて外に出れないんだって」


 そう言ってディアーラはもう一度、グレームを見ると彼と目があった。だがすぐにグレームの方が目を離してしまった。


 それからディアーラはここでの生活を話してくれた。

 さすがにお世話になりっぱなしは良くないので、ウィルター領にある教会で子供たちに勉強を教える牧師の手伝いをしていたという。親戚の家は子供が多かったのと、ディアーラは子供の面倒を見るのが得意だし好きなので、楽しかったようだ。またシアにもカールと言う子供がいるらしく、その子の面倒も見ていたと楽しそうに話していた。

 領民とも仲良くなって、申し訳ないくらい快適に過ごせていたのだが……。


「ここで過ごすのは楽しいけど、白い結婚を無期限に延長する事になって自分の立場が不安定だからすごく不安になの。私はオーウェン様のお飾りの妻だけど、女主人どころか屋敷にすらいない。このままこの山小屋で過ごすけど、突然、追い出される事もあり得るし。もしかしたら突然、フェニックス家の女主人になったり、高位貴族の社交界に出ろと言われたら、そう言ったマナーなんて一切分からないから周りに迷惑をかけちゃうし……」

「この現状、ディアーラの家族やフェニックス家の人たちはどう思っているの?」

「うちの家族はオーウェン様の言う事をちゃんと聞くようにとしか言わないわ。それにフェニックス家の人々には誰も会った事が無いの。自分から行こうとも考えたけど、突然フェニックス家の人々に会った事をオーウェン様に知られて家族に迷惑をかけたらって思うと……」


 ディアーラの生みの親や腹立つ兄に迷惑をかけても別にいいじゃんと思ったが、育ててもらった親戚の家に慰謝料請求などされたら堪ったものじゃない。そう思うとディアーラの立場は池に浮いた薄い氷並みに脆い。

 更にグレームがこの山をかけて決闘裁判する経緯を話してくれた。


「この現状をシアさんはグレーム様にお話しして、私がここに住み始めた当初からオーウェン様に話そうとしたけど全然、取り合わなかったみたい。だったらフェニックス家の当主様達にも掛け合ったけど、同情はするけどオーウェン様を諫めたりしてくれなかったみたい。それで渋々、三年はここに住むことをグレーム様は了承したんだけど……」

「延長になっちゃった」

「そう。しかも契約書とかは全部オーウェン様が持っているから、私が三年の期間だけと言っても聞いてくれないしから、グレーム様が訴えても聞いてくれないの」

「なるほど、それでこの山をめぐって決闘裁判をするのか。二度とディアーラを住まわせないように」

「うん。でも私を離縁して二度と女性をこの山小屋で住まわせないとオーウェン様が誓えば、グレーム様はこの山を両家の共同の土地にすると和解するつもりみたい」


 これで惚れない女の子なんていないだろう。彼自身は中性的で繊細な顔をしているが、男気がある。

 だがディアーラの表情は暗い。


「だけど決闘って事は戦うって事じゃない。私のためにケガしたりしたら……」


 ディアーラの言葉でロッコから聞いた決闘裁判について思い出す。

 最近あった決闘裁判は五年前、希少価値のある原石が見つかった山の領地をめぐる裁判だった。ロッコ曰く、大昔は地図が完璧じゃ無かったり、王族が適当に領土を与えたりしていたので領土が重なり合う事が多いらしい。

 しかしディアーラを住まわせる以前のように、共有の土地として争う事は少ないようだ。

 そして争う原因は、資源の発掘などでお金が絡んだりする時らしい。平民だが大きな商会の息子であるロッコは祖父に昔から【お金は人を狂わせる。友人や家族が仲良くても大金が手に入ると分かったら争うようになる】と言い聞かせていたらしい。

 とは言え、五年前の決闘裁判では戦いは行われず、闘技場で和解の話し合いをして原告被告も納得して終わったという。それ以前の決闘裁判も話し合いがほとんどで本当に戦ったのは、私達が生まれる三十年前になるという。


「でもオーウェン様の態度を見ると、多分決闘になるだろうな。しかも厳密に言えば名誉や人権に関わる戦いになる。そうなると大昔まで遡らないとこういった事例は無いな」


 ディアーラの所へ向かう時、解説してくれたロッコはそう言うと聞いていたグレームも「そうだな」と返事をした。


「多分、あいつと剣を交える事になるだろうな」


 この言葉に従者のカフルも思い詰めた顔になっていた。

 決闘裁判は勝った者の主張が正しいとされる。考えたくないけど、もしオーウェンが勝てば、白い結婚を延長されたディアーラが山小屋で過ごすのは正当だとなるのだ。正義なんて無いけれど、決闘裁判だとそう言う判決になるのだ……。



 ロッコが持って来たワインや長期保存できる食料をディアーラに渡した。

 山小屋の前で私達はディアーラにお別れの挨拶をする。


「本当に会えて嬉しかった、ジェシー。すごく不安な日々だったけど、会って元気が出たわ」

「私も会えて良かった」


 そして私たちはグレームにお礼を言う。


「ディアーラのために色々尽くしてくださって、本当にありがとうございます」

「オーウェン様がジェシーに来るなって警告したのを、グレーム様が止めに入ったんですよね。本当にありがとうございます」


 そしてディアーラはちょっとだけ思い詰めた顔になり、「あのグレーム様」と話しかけた。


「どうして、私のために決闘裁判なんて……」

「友達だから」


 グレームははっきりした口調でそう言いって、私達はキョトンとした。するとすぐにグレームは「あ、いや、その」と慌てて、話し出した。


「カフルの妻 グレイシアと友達になっただろ。あの子はカールの子育てに悩んでいて、でも誰にも相談できなくて不安だったんだ。そんな時、君に相談して心が晴れたと話しを聞いた。それから君と話すのが楽しいって、友達が出来たって言っていた」

「……」

「だから、友人のために戦うのは当たり前だ。従者の妻の、ね」


 まるで義を重んじる騎士のような口ぶりでグレームはそう言った。




*3*


 決闘裁判当日。

 決闘裁判には傍聴席と言う名の観客席がある。平民用、貴族用があるのだが私とディアーラはウィルター家の陣営で見る事になった。

 陣営は闘技場にかなり近く、更に闘技場を挟んで真向かいにはフェニックス家の陣営がある。フェニックス家の陣営にはメイド数人とディアーラの兄 ハルディンもいる。


「オーウェン様の剣って大きいわ」

「本当だ。ロングソードよりも大きい」

「えーっと、確か、あれはツー何とかっていう剣だったっけ?」


 私とディアーラとロッコが話していると、ロングソードを磨いていたグレームが「あれはツーハンドソードだ」と解説してくれた。


「鎧すらも切り裂くと言われる巨大な剣で、あれを使いこなせるには、恵まれた体格と絶え間ない努力で身に着けた力が必要となって来る」


 真剣な顔で剣を磨きながらグレームが答える。

 その横でソワソワしているカフルが「何かする事はありますか?」と聞いてきた。それにグレームは微笑みながら「大丈夫だ。カフルこそ、ちょっと落ち着いて」と答えた。さすがにカフルも心配なんだろうと思った。一方、戦うグレームは落ち着いている雰囲気で話す。


「私もいつも戦う。だから大丈夫だ」


 頼もしい事を言ってグレームは闘技場へと入って行き、中央にいる牧師のまえに立った。


「フン、来たか」


 オーウェンはグレームと向かい合った瞬間、そう言い牧師に「私語は慎むように」と注意される。だがオーウェンはやめない。


「大丈夫かね? 君は病弱になったと言われているじゃ無いか。そもそも君は穏やかな性格だったはずだ。むしろ決闘裁判なんて野蛮な事をやるのは、勝気な君の妹の……」

「喋る時間じゃ無いぞ、オーウェン」


 あざ笑いながらグレームが言うとオーウェンは「何だと!」と声を荒げる。それを牧師は「いい加減にしてください」と語気を強める。

 なかなか決闘場は殺伐として来たが、ここで牧師は「それでは宣誓をお願いします」と言った。

まずはグレームが聖書に手を置いて宣誓する。


「すべてを知る神よ。西にあるポロックの山が我がウィルター家の領地である事を決闘で証明したいと思います。だからどうか力を貸してください」


 決闘裁判は神に問う神明裁判である。だから神に仕える牧師が決闘裁判の審判を担い、神に宣誓をするのだ。

 ちなみにポロックの山はジェシーのいる山小屋がある山だ。本来、名前が無かったのだが裁判をする際に付けたらしい。

 オーウェンも同じように宣誓をする。


「それではルールの確認をいたします」


 そう言って牧師はグレームとオーウェン、そして傍聴人達へと聞かせるように話す。


「決闘者の武器は一本の剣のみ。決着は相手が死亡もしくは戦闘不能、または降参の意思を示すまで。和解による話し合いは戦闘中でも行えます。もし和解をしたければ、手をあげてください」


 牧師は「それでは決闘、剣を構えてください」と言い、グレームとオーウェンは剣を構える。


 二人の剣先が触れた時、牧師は「初め!」と言った。

 その瞬間、オーウェンはすぐさま振りかぶってツーハンドソードを振り下ろした。グレームはすぐに動くと思わなかったのか、慌ててロングソードを斜めに構えてツーハンドソードを防ぐ。


 ガキン!


 重々しい金属音が闘技場に響いた。グレームはオーウェンの剣を防いでいるが、大きさも重さもあるツーハンドソードを防ぐだけで精いっぱいって感じだ。

 更にオーウェンはツーハンドソ―ドを振るってグレームを叩きつけようとする。それを避けながらグレームは攻撃をしようとするが、チャンスが出てこない。オーウェンはドンドンと技を繰り出すし、剣を防ぐだけでも腕や剣にダメージを受けるくらい重々しい攻撃なのだ。

 闘技場に近い陣営からの観戦は迫力もあり、二人の表情も良く見える。明らかに痛めつけようとしている意地悪な顔をしているオーウェン。そして攻撃を受けたり避けるだけで攻撃出来ず顔をしかめるグレーム。


「神様……」


 ディアーラは目をつぶって両手を握り祈っていた。カフルも白い顔になってグレームを見ている。

 勝って欲しい。

 私は【彼女】の決意を思い出す。




「だから、友人のために戦うのは当たり前だ。従者の妻の、ね」


 グレームが騎士のように言った後、すぐに子供の泣き声と叫び声が聞こえてきた。


「ママー!」

「え? カール君?」


 全員、声のする方へと目を向けると、山小屋の裏から四歳くらいの男の子が大泣きしながら走って来た。

 カールってグレイシアとカフルの子供とディアーラは言っていた。それなのにグレームはちょっと慌てた顔になっていた。


「ママー!」


 そう言ってグレームの方向に走ろうとするのを、カフルがすぐさま止める。


「待て、カール。今、ママは居ないって」

「やーだー、ママが良い! ママが良いのー!」

「だから、ママは……」

「もういいよ。カフル」


 カフルが取り押さえているカールに諦めた表情をしてグレームは「おいで、カール」としゃがんで両手を広げる。カフルが離すとカールは「ママー」と言ってグレームの胸に飛び込んだ。そして必死に訴えた。


「ママ、死んじゃうの?」

「え? どうして?」

「だってケットウをするんでしょ? 爺様がね、言っていたの。ママはケットウをして、もしかしたら死ぬまで戦うって……」


 カールは訴えるとまたグレームの胸で大泣きをする。それを慣れた調子で抱っこしながら「死なないよ、ママは」と言いながらあやす。

 私とロッコはそれを呆然と見ていて、ディアーラは「やっぱり」と呟く。


「グレーム様、あなたは」

「そうだ。私はグレイシア。死んだとされるグレームの妹だ」


 衝撃的な言葉を言いながら、グレームは大泣きしているカールを抱っこしてあやす。カフルが「パパが抱っこするよ」と言って手を伸ばすが、カールは「いや!」と全力で嫌がった。

 そうしてカールが落ち着いた頃、グレームに扮しているグレイシアは話し出した。


「騎士学校を卒業する年に私の兄 グレームは病気で亡くなった。普通の風邪と誰も思っていたけど突然、悪化してそのまま亡くなってしまった。それで何を考えたのか、父は私が死んだ事にして私をグレームになって当主になれと言い出したんだ」

「え? 嘘でしょう?」

「いや、本当なんだ。父は騎士を多く輩出して来たウィルター家を継ぐ人間は男では無ければいけないって考えなんだ。女当主をしている貴族もいるのに、父は認めてくれなかった。それに私がグレームと背格好も同じだし、双子だったから似ていたから出来るって思ったんだ」

「失礼ですが、お父様は横暴な気がします」

「私もそう思うよ。でも父の言葉は絶対だからね」


 彼女の目には諦観が見えた。大柄なオーウェンに立ち向かえる人ではあるけれど、敵わない人は存在するんだと思った。


「グレームは昔から病気がちだったから、当主になっても社交界に出ないつもりだった。でもどれだけ秘密にしていたって、私がグレームでは無いって分かる。多分、高位貴族の当主は知っている人は多いだろうね。スキャンダルにしようとしないのは、やったとしても利益にならないから」

「……でも利用する人はいますよね、オーウェン様とか」

「ああ。当主就任後、すぐにカールを妊娠していると気が付いて私は療養に入った。実を言うとこの山の裏にウィルター家の別荘があるんだ。そこで出産後は休んでいたんだけど……」

「ディアーラを置いていったんですか……」


 グレイシアは悔しそうな顔で「そうなんだ」と答えた。


「……出産してすぐなのに、申し訳ございません」

「ディアーラは悪くない。悪いのは私だ。オーウェンは私がすぐに動けない事、私達が後ろ暗い事をしているから自分のやっている事を公にしないだろうって思ったのだろう。そしてそれは当たっている。グレームでは無いから、私達も直接フェニックス家に直談判出来なかった。本当に申し訳ない」

「え、いや、謝らないでください」

「そうですよ。悪いのはオーウェンですから」

「だがオーウェンを諫めなかったから、あいつは調子に乗って白い結婚を継続させた」


 グレイシアは決意した顔になり、ディアーラに向き合った。


「先ほどディアーラは【私のために決闘裁判】と言っていたのだが、これはウィルター領の問題でもある。このまま放置していたら、あいつはもっと調子に乗る。だから当主 グレームとして決闘しないといけない」

「……」

「いや、ディアーラは友達だから、ね。友のために戦うのは当然だ」


 決闘と言う言葉を聞いてグレイシアに抱き着いていたカールが顔を上げて、「ママ、ケットウして死んじゃうの?」と泣きそうな声で言った。グレイシアはカールを深く抱きしめて言った。


「ううん、死なないよ。そして絶対に負けない」





 オーウェンの一方的な攻撃で、グレームに扮しているグレイシアは防御するしか無かった。

 さてどうして彼がツーハンドソードを扱えるのか。それは騎士学校に通っていたからだ。しかし素行不良だったり規則が厳しかったため、自主退学をしていたのだ。そしてグレイシアとオーウェンは騎士学校の同級生で、彼女は彼に勝てなかったという。


「例え決闘裁判になってもオーウェンは余裕だろうね。私に負けた事が無いから」


 グレイシアはそう言っていたが、「でも……」と続けた。


「あいつが私をなめて、鍛錬もしていなかったら勝機はある」


 彼女の言葉を思い出していると、オーウェンの様子が変わった。

 攻撃一辺倒だったのが、だんだん少なくなってきた。表情も険しくなってきた。そして明らかに攻撃も最初に比べて重々しくなくキレが無くなって来た。

 グレイシアは決闘が始まってから、ずっと変わらない動きをしている。そしてオーウェンの動きが鈍くなってくるにつれ、彼女は攻撃を仕掛け始める。

 確かに前半のオーウェンは力強い攻撃を繰り出していた。しかしツーハンドソードは重たい剣だ。鍛錬なんてしていないオーウェンはすぐ疲れてしまったのだ。そして出産後も鍛錬をしてきたグレイシアは強い攻撃を受け続けていたが、息切れは起こしていない。

 やがてグレイシアが強く剣を振るう。オーウェンは防ぐが弾いてしまって、剣を落としてしまった。彼の首にグレイシアが剣先を突き付けた瞬間、「待ってくれ!」と叫んだ。


「話し合いをさせてくれ」


 この言葉に牧師が「止め!」と言い、グレイシアを下がらせた。


「それでは和解の話し合いを……」

「和解じゃない!」


 牧師の言葉を被せるように言い、オーウェンはグレイシアに指をさして傍聴人たちに聞こえるように叫ぶ。


「こいつはグレーム・ウィルターじゃない! 妹のグレイシアだ! 本当は病でグレームは死んだのに、死を偽装したんだ!」


 この発言に傍聴人達はガヤガヤと騒ぎ出す。


「これは国を揺るがす偽装じゃ無いか! だからこの決闘は無効……」

「フハハハハハ」


 突然、グレイシアは笑った。


「オーウェン・フェニックス。自分が負けそうだからと言って病弱な私じゃ無く、妹だと言いたいのか? 貴殿が言っていた女のくせに騎士を目指した我が妹に」

「……」

「つまり貴殿をここまで追い詰めたのは、グレームの妹であり女のグレイシアなのか? 口うるさくて、すぐに感情的になって、独占しようと思ったり、悪い事が起きればヒステリックになって、しかも弱いから何もできず喚いているだけの生き物だとお前が言っていた女に負けそうになったのか?」


 意地悪気にグレイシアは言い、オーウェンは怒りの表情になる。だがすぐに目をつぶり「クソ」と悪態をつく。

 オーウェンは上から目線でジェシーを白い結婚をした上に契約を延長までする男だ。かなりの女性軽視をしている男が女に負けたなんてプライドが許さないだろう。

 しばらくオーウェンは黙って俯いていた。だが顔を上げて「和解の話し合いをする」と苦しそうな声で言った。

 その声が聞こえた瞬間、私とジェシーは手を取り合って「やったー」と歓喜の声を上げ、ロッコは「うおおお!」と感嘆の声を上げ、カフルは「よし!」とガッツポーズをした。

 そして向こう側にいるジェシーの兄 ハルディンが膝から崩れていった。


 グレイシアの望み通り、ディアーラと離縁にして今後も女性をポロック山の小屋で住まわせないように約束させ、山自体は今後もウィルター家とフェニックス家の共同の領地にして行くと決まった。




*4*


 そして決闘裁判から数年後……。

 私、ジェシーは高校卒業後、女当主の見習いとしてロッコと一緒に領地の管理や産業などの発展などを進めていた。そして私とロッコにも赤ちゃんが出来たので、親戚の家で赤ちゃんの面倒も見ていたジェシーがベビーシッターをしてもらっている。

 目まぐるしい日々だったけど、とある方たちが遊びに来てくれた。


「あ、グレイシアさん! カフルさん! カール君!」


 ウィルター家の当主ではなくグレイシアとして私の領地へ遊びに来てくれた。女性の服を着ているグレイシアを見たのは初めてだが、上品なネイビーのスッキリしたワンピースを着ていてキリっとしていて綺麗だ。そして機敏な動きをするのでカッコイイ。


「あ、ママ! 赤ちゃんがいる!」


 カール君もかなり大きくなってお兄さんになっている。そして私の赤ちゃんに目をキラキラしていた。


「優しく撫でてね。カール」


 グレイシアの言葉通り、カールは優しく撫でてくれ、赤ちゃんはニコニコと笑う。その姿に私達の頬も自然と緩んだ。


 赤ちゃんも眠って、カールはロッコの実家の商会で販売している玩具で遊び、それをロッコとカフルは眺めて話している。

 そして私達はお茶を飲んでいた。


「そう言えば、ディアーラの実家はどうだい? 何か君の育ての家に慰謝料請求とかしていないかい?」

「大丈夫です。オーウェン様には贔屓はしていたけど、そこまで仕事を回していなかったので。ただ兄のハルディンやうちの実家はオーウェン様についていたので、不信に思っている領民や商人達の信用を回復に勤しんでいますね」

「ああ、そう言えば。聞きました? オーウェンがセラフィーナ・アルーン公爵様の婿になるって」


 私がそう言うとグレイシアはクスクスと笑って、「知っている」と言った。


「弟のオスカルを当主にして、オーウェンが婿に変わった感じだね。オーウェンは決闘裁判後、実家に引きこもっているらしい。負けたのもあるけど言い訳が酷かったから、周りの反応も最悪だったみたいだ。あれ以来、全くと言っていいくらい社交界には出ていないから、当主としてやっていけないと判断したようだ」

「でも貴族のままなんですね。ちょっと不公平です」

「あんな奴でも王族の血を持っているからなあ。でもセラフィーナの婿になるのはオーウェンには悪夢でしか無いな」


 グレイシアは苦笑するので私とディアーラは「どういう事ですか?」と食いついた。


「セラフィーナとも私は面識があるんだが、かなり頭も口も回って度胸のある子なんだよ。オーウェンとセラフィーナが会話しているのを聞いた事があるんだが、オーウェンが一つ文句を言えばセラフィーナは永遠に文句を返すんだよ。彼女に口で勝てないし、力でねじ伏せる事も出来ない。オーウェンから見たら、私以上に可愛げのない女さ。決闘裁判で負けた事もあるから、逆らう事も出来ないだろう。社交界にも引き続き出れないだろうし」


 そしてグレイシアは「オーウェンは彼女の尻にずっと敷かれるだろうね」と遠い目をしながら言っていた。是非とも老後まで尻に敷かれて管理下に納めてほしいな。

 オーウェンの話しより一番報告したい話しがあったので、私は前のめりになって言う。


「そう言えば、ウィルター家の当主 グレーム様のファンクラブが出来たらしいですよ」


 私がそう言うとグレイシアは恥ずかしそうに両手で顔を覆う。あくまでグレームの話しをするように話しかける。


「決闘裁判での彼の言動が評判になって、貴族の女の子たちの人気になって……」

「でもさ、彼って女性って噂も出ているでしょう」

「それが良いって事になっています」


 グレイシアは「ええ……」と困ったような顔になり、私とディアーラはクスクスと笑う。

まだまだ女友達のお茶会のお話しは終わらない。







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