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部屋に潜むもの

作者: 閒中

愛する彼の部屋、何やら違和感が。

まただ、この違和感。


私は部屋をぐるりと見渡し、寒気を覚える。

今は夕方で、今日はケン君がコンビニバイトの夜勤でいない。

ケン君は几帳面な性格だ。

使った物は元の場所に戻されるし、シンクの中に洗い物を溜めない。洗濯物だってきちんと畳む。

その几帳面さがここ最近、急激に崩れつつあった。

使ったコップはそのままだし、排水口に髪の毛も溜まっている。こんな事初めてだ。

最近あんまり元気ないみたいで、不眠用の薬や大量の栄養ドリンクも置かれている。

心配だからケン君に直接聞いてみようかとも思ったが、『重い女』と思われても嫌なのでもう少し様子を見ようかなと思う。

でもこのままの状態もモヤモヤするので、私なりに原因を探っていくつもりだ。

あぁ心配だから早く同棲したいなぁケン君から言ってくれないかなぁ。

ブツブツ言いながら、もう日課になっているケン君の部屋の写真を何枚か撮り、少し昔のデータと比べてみる。

「うーん。二ヶ月前くらいから少しずつ荒れ始めてる感じかなぁ?」

更に前のデータに映る部屋は特に変わり映えせず、ケン君の几帳面さが際立つ様な清潔感が漂っていた。


「まさかオバケに取り憑かれてるとか…?」

それなら最近生気が吸い取られているように元気がないのも納得する。


「いや、誰かに脅されてるとか…?」

暮らしがままならなくなる程大きな問題を抱えてるのかもしれない。

例えばケン君のバイト先の空手をやっているらしい怖いコンビニの女店長に、必要以上のノルマを課せられているのかもしれない。

でもあの女店長、よくケン君と話してるし多分ケン君に気があるんだよね。悔しい。


「それともストーカー?」

ケン君は格好良くて優しくて爽やかで穏やかだ。

勘違いした女に付き纏われているのかもしれない。

最後にふと思い付いた言葉があった。


『浮気』


いや!ないない!ケン君に限ってそんな事!

私は一瞬でその思考を否定する。

だってケン君は毎日笑顔で私に挨拶してくれるし、面倒な頼み事も嫌な顔一つしないでやってくれる。

私の事を真っ直ぐ見てくれてるのが分かるもん。

だって私たち両想いだもん。

私はグルグルした負の思考を取り払い、再び部屋を探索した。


iPadに変な写真は無し、隙間にお札が貼られてる所も無し、冷蔵庫の中も異常無し、クローゼットの中の服もいつもと同じで良い匂いだから異常無し、ベッドもいつも通りの寝心地で異常無し。


何も出て来ないなぁと諦めかけたその時。

ガチャッ。

玄関のドアの鍵が開けられた。


私は硬直する。

誰!?ケン君はまだバイト中の筈。

泥棒?オバケ?闇バイト?

私の他に合鍵を持ってる人がいる?

私は混乱のまま慌ててキッチンに身を隠し、咄嗟に近くにあった包丁を手に取る。

怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

包丁を握る手がガタガタ震える。


「まだふらつく?しんどくてもちゃんとご飯食べなきゃダメだよ。」

女の声がする。

「ありがとうございます店長。心配かけてすいません。」

ケン君の声だ。ん?…店長?は?

私は思わず立ってしまった。

私の目に飛び込んで来たのは、コンビニの女店長に抱きかかえられているケン君だ。


『浮気』


先程否定した言葉が再び私の頭に浮かび上がる。

ケン君は余程驚いたのか変な声を出して尻餅を付いてしまった。

女店長は包丁を持ってる私を見て「下がってて。」と、ケン君を庇う。何だこいつ。

「ケン君!どういう事!?浮気してたの!?」

思わず叫んでしまう私。

首を勢いよく横に振るケン君。

「じゃあ何で二人で早帰りしてるの!?浮気じゃなかったら何なの!?」

涙が滲んで来た私に女店長が言う。

「田中君は前からストーカーに悩まされてたの。私は相談に乗ってただけ。

田中君はその事で最近体調悪かったから今日も早退して、心配だから家まで送ったのよ。

──あなたはどうして此処にいるの?」

女店長は携帯電話を取り出した。

は?ストーカー?誰が私のケン君をこんなに追い詰めたの!?

「て言うか、ストーカーってあんたの事じゃないの?弱ってるケン君につけ込んで、家まで来て気持ち悪いんだけど。」

私は女店長に怒気をぶつける。

「本当にもうやめて欲しい…。」

ケン君が痛々しい程に項垂れている。

「ほら、やめてくれって言ってるじゃん!嫌がってるじゃん!あんたがストーカーなんでしょ!?このくそババア!」

私が叫ぶと、ケン君は弱々しく呟いた。


「ストーカーは…君じゃないか…。」


…え。


え?


唐突なケン君の言葉に呆然とする私。

女店長が呼んだであろうパトカーのサイレンが遠くから聴こえる。


だってケン君はコンビニに行くといつも「いらっしゃいませ。」「ありがとうございました。」って毎日笑顔で私に挨拶してくれるし、荷物の郵送とか面倒な頼み事も嫌な顔一つしないでやってくれる。

私の事を真っ直ぐ見てくれてるのが分かるから、ケン君の鞄から見えてた鍵をちょっと借りて合鍵作っただけだもん。


ただ知りたいだけなのに。

ただ愛してるだけなのに。


警察の足音が近付いてくる。

でも私の気持ちはとても穏やかだった。


あーそうか、勘違いさせちゃったのかぁ。

ストーカーに間違われるなんてちょっとショックだったけど、怯えた顔をするケン君を安心させる為に私は包丁を置き、笑顔を作った。

「大丈夫、また逢いに行くね。」


だって私たち、両想いだもん。



〈終〉

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