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4. マツの怒りの矛先


「美桜! お前ってやつは……! 椿さんはこんなにたくさんキノコを取ってきたっていうのに、何でたった九つしか取れないんだい⁉︎」


 朝はあんなに機嫌が良かったマツも、美桜達が戻って来て籠の中のキノコを見るなり眦が尖った。


 やはりと言うべきか、「ついつい夢中になってシンさんと遊んでいた」と口にした椿は、キノコを一つも探して来なかった。

 それどころか美桜が探したキノコを自分の籠へ移して、「美桜はマツさんに怒られ慣れてるでしょう」と言ってのけた。


 ――バシッ!


 鋭い音と共に美桜は頬が熱く燃えるような感覚を覚える。マツの仕置きが始まったのだ。

 始まれば最後、いつもマツの気が済むまで美桜は打たれ続ける。いつの間にやら椿は居なくなっていて、人気の無い馬小屋の裏手には美桜とマツだけになっている。


「お前は……っ! いつもいつも悲鳴の一つも上げない! 可愛げの無い子だよ!」


 何度打たれても、美桜は悲鳴を堪えた。


 何故なら自分が打たれる程叱られている事を周囲に知られると、百合の立場が悪くなってしまう気がしていたからだ。

 そう、たとえそれが美桜のせいでなくとも。


「お前なんか……! あの姉妹と腹違いの、拾い子の癖に……!」


 老齢のマツは、幾度目かの仕置きで手のひらを痛めたらしい。途中からその辺に落ちていた枯れ枝で美桜の頭や顔、上半身を打っていた。


「う……」

 

 その枯れ枝が折れて使い物にならなくなった頃になって、マツの手はやっと止まったのである。

 ジンジンと焼けるような痛みがあちこちに走っていたけれど、美桜はマツの放った言葉の意味が気になっていた。


「マツさん……私が拾い子……って一体……?」


 肩で息をするマツに、そこら中に擦り傷や内出血を作った美桜が恐る恐る尋ねてみる。

 自分は確かに父親の弥兵衛と母親のツヤの子である。それがどうしてそんな話になっているのだろうかと、美桜は不思議だった。


「おやぁ、知らなかったのかい?」


 マツは吊り上げていた眦をジワァと下げると、聞いた事が無いような猫撫で声で美桜に語りかける。

 

「椿さんが皆に話してたよ。『美桜は妹なんかじゃ無い。その辺に捨てられていたのをおととさんが拾って来た子だ』ってね」

「それは嘘です!」


 珍しく美桜が声を荒らげたので、一瞬マツは驚いたような表情をして身体をビクリと震わせた。

 そしてキョロキョロと馬小屋の周囲を見渡して人が居ない事を確かめると、再びマツの眦がこれでもかと吊り上がる。


「それじゃあ椿さんが嘘を吐いたって言うのかい?」

「でも……」

「でも? はっきりと言葉を口に出来ない癖に、人を嘘つき呼ばわりするなんてね」


 美桜はいつものように吹き荒ぶ嵐を黙って耐え抜く事が出来なかった事を後悔した。

 けれども自分の出生についての椿の嘘は、美桜の為にと危険な旅に出た父親や、亡くなった母親の名誉を傷付けるものだったので我慢ならなかったのだ。


 椿がどうしてそんな嘘を吐いたのか美桜には見当も付かなかったが、どちらにせよいつものようにすんなりと聞き流せる嘘ではない。


「私は……間違いなく百合姉さんと椿姉さんの妹です。亡くなったおかかさんはと誰よりも私に似ていたと、おととさんはいつも話していました」

「何だって? お前は自分の顔を見た事があるのかい? 若奥さんとも椿さんとも似ても似つかない、まるで骸骨か幽霊みたいな顔をしている癖に」


 そうマツに言われて、美桜は反論の言葉を口にする事が出来なくなってしまった。

 

 何故なら確かに美桜は三姉妹の中で昔から一人だけ明らかにガリガリの痩せ細った身体をしていて、ここに来てからなお一層頬もこけ、顔は常に青白い。


 そのせいで年頃になっても姉達のように美しい顔立ちだと褒められる事は無く、それどころかまるで幽霊女だの骸骨だのとマツ以外の女中や村人にまで陰口を叩かれる程である。

 

「いくらおととさんがおかかさんに似てると言ったって、そのおととさんがこの場に居ないんじゃあ確かな事は聞けないね」

「それは……そうですけど」

「アタシはね、お前が大嫌いだ。どうしてか教えてやろうか? お前は醜女(しこめ)の癖にえらく堪え性だろう。それがアタシの大嫌いな母親にそっくりだったからさ。当然、もうとっくに死んでるけどね」

「そんな……」

「顔に火傷を負った母親が醜女を引け目に感じて堪え性だったせいで、父親は酒を飲んで暴れてどんどん堕落していった。そのせいでアタシは庄屋に嫁入りし損ねたんだ。だからお前はアタシにとって、死んだ母親の代わりさ」


 マツはこんな風にあまりにも理不尽過ぎる理由で、これまでずっと何も知らない美桜を甚振ってきたのだろうか。

 これまでマツに何度打たれても嫌味を言われても決して流さなかった涙が、堰を切って溢れ出すのを美桜は堪える事が出来なかった。

 

「ああ、すっきりする。お前を甚振っていると、勝手に死んだ母親に仕返しをしてるみたいで気持ちが良いねぇ」


 やがて馬小屋に近付いてくる誰かの気配を感じると、マツはその場に泣き崩れた美桜を残したまま、そそくさと去って行ったのだった。


 

 

 

 


 

 

 

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