四章 十丁 天罰覿面
―――五輪王御劔の完成を、明け方に至るまで待ち渡る黒装束達は、焦れ焦れと諦めの気配を堂内に漂わせていた。
男達の心情の移り変わりを敏感に感じ取っていた御鈴姫は、これ以上の猶予がない 焦燥 に駆られながら、薄目を開いて五輪王御劔の断面を一度覗き見た。
指の隙間から確認できる刀身は、刃を繋げる 兆候 すらなく。より肝を冷やした御鈴姫は刀身に覆い被さり、きつく瞼を閉じ刀へ乞い願った。
「……――もうよい」
静かに怒りを湛えた男の声に、御鈴姫はびくりと目を開いた。
「待って…! あの…お願い…! もう少し…まって…!」
ちらりとネイの様子を盗み見ながら取次筋斗に頼み込む御鈴姫に、男は激情を抑え込むよう深く息を吐き、刀掛けの元へ歩んだ。
「これほど費やし叶わぬのなら…、幾ら時を経ようと無駄ぞ…」
当代の男は、最も装飾の凝った一振りの刀を選び取り、するりと湾刀を抜いた。そして、赤い松明の光を刃に反射させながら、御鈴姫の元へ歩み寄る。
迫る男の冷酷な顔付きと、これから身に起こるであろう危険を察した御鈴姫は足に力が入らず、地に身体を引き摺りながらも必死に男から遠ざかった。
「ほれほれ !! 言うたじゃろぅ!! 無駄じゃと! ――ほほう!ほほっ!! 早ぅやれ !! やっと鬼宿りを打てようて !!」
老人は高揚が抑えきれぬ様子で手摺りから身を乗り出し、あぶくを撒き散らして当代の男を焚き付けた。
「彼奴もすぐに後を追わせてやろう」
熱が冷め切った男は、卑しめる目付きで御鈴姫を見下し、片腕で刀を振り上げる。
「……や…めて…!」
恐れで声が途切れ、刃に視線が囚われる御鈴姫は、台座の脇に置かれる器物に背中を打ち、遂に逃げ場はなくなった。
「貴様の価値はここまでだ。 新たな鬼宿りの…材にしてやる」
男は血の通わぬ言葉を吐き、力無き少女へ刀を振り下ろした。
刀刃の軌跡を描いて床に血飛沫が飛び散り、大気を震わせる程の悲鳴は堂内へ反響し、建物全体を揺らす。
骨の髄まで響く御鈴姫の叫びでネイは覚醒し、続いて発せられた耳を穿つような金属音に思わず顔を顰めた。
獣眼 の男は短刀を取り落とすと頭を抱え、黒装束達は一斉に耳や頭部を覆い、金属が擦れる様な高音に身悶えている。
頭蓋に激痛を伴う噪音は五輪王御劔から鳴り響き、その全身は小刻みに震え、目を覆うほどの眩耀を放つ。が、間もなく音が鳴り静まれば、光も衰えを見せ――。
刀身の輝きが消え入ると同時に、五輪王御劔が蒸気を発し、それは炎の如く爆発的に増大し、長大な柱となって一気に天井を突き破った。
天井を円形に破壊した気体は次第に形を整え、鱗模様を全体に形成すると、まるで花開くかの様に九つの首に分かたれた。
その全てが龍の頭部を成し、蛇を思わせる長い胴体は地面に降り立つ事はなく、それぞれが独立しうねりながら宙を泳いだ。
刀から発せられる九つの炎光の筋は、堂内を燦爛と照らし、徐々にその姿を 明瞭 にしてゆき。堂内を一周する時には、長大な二本の牙を生やし、人に似通った温容な目元をはっきりと形作った。
人獣 の特徴を有し、白炎の如き揺らめく体を撓わせ空を滑る龍は、そうして優雅に堂内を漂うかに見えた。が、琴先の様な長細い口を開き、階上に控える黒装束の一人に予兆なく差し迫った。
徐々に速めて接近する龍に、身の危険を感じた男は即座にその場を逃げ出した。
「な、何だッ!!? こっちに――ッ」
波打ち浮動する龍は、逃げる男を背後から呑み込み。
堂内に断末魔を轟かせながら、男は龍の体から逃れようと炎を掻くが、久し時を要さず跡形もなく消し飛んだ。
「くッ来るなぁああッ!!! ぐわああああッ―――」
一体の龍が男を喰らったのを切っ掛けに、堂内の八つの龍は次々と黒装束達を襲い始め、逃げ惑う男達を 喉中 にて消し去った。
©️2025 嵬動新九
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