四章 九丁 暁に現わるるは
堂々たる表門に付随した土塀は、院内の様相を包み隠し、固く閉ざされた表門と重なる背後には、講堂が屋根のみを覗かせている。総反りの瓦屋根はなだらかな 湾曲 を描き、遠く後方に聳り立つ岩山をより角立ち峙って見せた。
駕籠の集団を尾行し、山内の寺院に辿り着いた坂田一行は、表門から離れた山林に紛れ、外部から寺全体を見張っていた。
裏門へ駕籠が入場するのを見届けるとそれから人数を分け、表と裏から同時に黒装束達の動向を探る事が成り行きとなった。が、深更から空が白み始めるこの時分まで、門には出這入る者はなく。
あまりに長き時を、暗中鋭敏に感覚を研ぎ澄ましていた配下達は次第に瞼が落ち、各自が睡魔と奮戦し、足元の心地よさそうな草床への渇望を振り払っていた。
「番が二人……。奴等、鬼を連れ何を企てている…?」
坂田は眠欲とは無縁の様子で、内部に配置された見張りの気配を感じ取り、眉を顰めた。
「ほー、何と広い屋敷か。羨ましいですな、若ぁ!」
院内の規模を見晴らす様な仕草で、感嘆の声を漏らす万雷を坂田は相手にせず、表門を透かし見る眼差しで深く考え込んでいた。
普段ならば真っ先に眠気に屈するであろう万雷だが、駕籠を目撃してからというもの目が爛々と覚醒し活力に満ちている。
そうした二人の様子を静観していた鳥什丸は、終始悩ましい表情をしていたが、従者としての役割を果たすため坂田へ向き直り進言した。
「若。 ここは紛うことなき奴等の根城の一つ。 若のお立場で、これ以上の詮索は控えるべきかと」
真っ当な提言を受け、坂田の視線は鳥什丸へ向いた。
「わかっている」
そして再び視線を表門へ戻すと、自身の見解を簡潔に述べた。
「うちある祈祷寺かと思へば、取り繕われた見せかけだ。本意は別にある」
講堂から岩山まで、大名屋敷を駕する程の広範囲な奥行きがあり、七堂伽藍の規則性を無視した建造物の配置は、仏寺としての在り方を怪しむには十分な要素であった。
奥の岩山を隠すよう植えられた杉の木々から、微かだが金堂の屋根らしきものが伺え、本来ならばその側にあらねばならない塔の位置など、不可解な点を上げれば切りが無く。
それらは内部を隠すために秩序を欠いたのか。もしくは、仏事よりも生活に重点を置くがために乱れたのかは定かではないが、坂田にはその全てが見過ごせぬ要因であった。
「よくお分かりになりますなぁ若!」
万雷は心底感心した様に相槌を打つが、坂田は受け流し思索を深める。
「結界を張り…、門番まで据うこの警戒は――…」
悶々と口籠もっていた坂田は、突如合点がいった様子で言葉を切り、声を呑んだ。
「まさか…!」
坂田が 吃驚 を露わにしたその時、――後方の茂みが音を発した。
一同が反射的に坂下の斜面を見下ろすと、遠方の茂みを掻き分け、雑草を激しく乱しながら何かが駆け上がって来る。
獣の唸り声を発し、此方へ直進してくる小さな影は猪の類かと、一行は身構えた。
「お~~の~~れ~~~ッ!!!」
鬱憤を周囲に吐き散らし犬神は草藪を飛び出すと、一行の足元を矢の如き速さで突っ切った。
意表を突かれ、股下を通り抜けられた男達は揃って片脚を上げ、足元を見下ろす。
「子犬?」
坂田は眉を顰めて、過ぎ去った犬神の姿を目で追い。
一同に目もくれず、柔らかな幼毛を逆立てて走る小さな白い塊は、土塀へ向かって 驀地 にひた走った。
経年劣化した土塀には至る所に罅割れがあり、剥離している箇所が随所に見られ、下部に蜘蛛の巣の様に広がった亀裂は修復がされず、鼠が通れるほどの小さな穴を形成していた。
犬神は勢いを落とさず、その穴へ――、頭から思い切り飛び込んだ。
しかし、身体よりも穴が小さく腹がつっかえたのか、犬神は二股の尾と短い後ろ足を幾度もばたつかせ、壁を抜けようと必死に足掻く。
「ふんっ!! むん!! ふーーーんっ!!!」
すぽんと軽快な音を発し、割れ目にねじ込ませていた犬神の身体は遂に成果が実り、壁の向こう側へと入って行った。
坂田一行は、犬神が消えた壁の穴を唖然と見詰める。
「何だ…今のは…?」
「ほぉー!結界を抜けよった! やるではないか!」
呆気に取られる坂田の横で、万雷は感心しながら手庇をして繁々壁を観察する。と、坂田を促すよう両掌を穴へ向け、嬉々とした調子で発言した。
「ささっ若も続きましょう! 若ならばあの穴を潜れましょうぞ!」
「何だとっ!! 今のは流石に聞き捨てならん !!」
万雷の悪ふざけに坂田は憤激し、万雷の腹へ加減のない肘鉄を入れた。
「諍いはなりません !! 気付かれてしまいます!」
すぐさま鳥什丸が間へ割り込み、これ以上騒ぎ立てぬよう坂田と万雷を引き離す。そして、腹を強打された万雷の呻き声で、見張りに悟られてはいないか表門へ首を向ける。
だがそれは杞憂に終わり、門は密やかで一行に勘付いた番人が姿を現わす兆しはなかった。
万雷に揶揄われ、容易に冷めやらぬであろう坂田の憤懣に満ちる表情は、何の前触れもなく忽ち静まり、それを意外に思ったのも束の間。――地面が小刻みに揺れ始めた。
森の木々に憩う野鳥たちは、天敵から逃れるように一斉に飛び立ち。
その直後、坂田一行の全身に、激しい気圧の波が打ち当たり、後方へ大きく仰け反った。
山林の枝々も先を折り、大風に煽られるが如く葉擦れの音を発しながら全体が激しく揺さぶられる。
「結界が破れた…!?」
波源の出所である寺院に、目を向けた瞬間――。
地を割るような破壊音を発して、一体の龍が屋根を突き破り、金堂の内部から姿を現した。
吹き飛ばされた屋根の一部が数本の杉を折った為、門外からでも金堂の一端が見て取れ、堂に開いた穴からは、真っ直ぐ立ち上る煙の様に、龍が直立し天へ向かって伸びている。
渦を巻く蒸気と炎を合わせた様な純白の身体を揺らめかせ、やがて長い胴体を撓わせた龍は、天へ昇ってゆくかに見えたが、未だ半身を屋根に隠したまま、一番手近な 経蔵 の屋根を食い千切った。
龍の身体を形成する白色の気体は瓦礫に移り、粉砕された経蔵の破片は、燃え尽きる雪の様に周囲の建物に降り注いだ。
「な…何だッ!!? あれは !!」
白銀の龍は、次々と建物へ喰らい付いては身を捻って引き剥がし、辺りに炎を帯びた残骸を撒き散らす。
土塀の上から覗く白炎の海と、煌々と夜を照らす龍の姿を、坂田一行は大口を開けたまま仰ぎ、二の句も告げず虚けたように立ち尽くした。
©️2025 嵬動新九
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