四章 六丁 別つ身の再逢
縄で腕を拘束されてはいるが、幽暗な座敷から出る事は叶い。三人の男達に挟み込まれる形で、御鈴姫は坑道を移動した。蝋燭の灯りが差す坑道は、天井が望めぬほど闇が濃く、御鈴姫の不安と恐れを更に色濃いものにしていった。
坑道を突き当たり、前方の開き戸を抜けると渡廊が現れ、段々と連なる階を下れば、表門に接する祈祷寺への道筋となる。が、男達は御鈴姫を異なる分岐に案内し、段差のない平坦な渡廊を歩かせた。
庭には御堂が至る所に点在し、格子手摺りの途切れ目に設置された階段から庭に立ち入り、参拝が叶う造りになっている。
これらの堂一つ一つに何らかの意味があるのだろうが、それらには全く用向きのない様子で、男達は岩山へ伸びる廊下を突き進み。やがて、金堂の入り口となる桟唐戸の前で足を止めた。
岩壁にやや迫り出すよう建造された金堂は、軒の出の浅い板屋根が四重に組まれた一風変わった見掛けをしており、この場内では最も大きな建造物となる。しかし、杉の木々と表に構える祈祷寺が、金堂を包み隠すように建立されているため、外部から金堂の全体は望めない。
朱や金箔を施さず、総じて色味と装飾を控えた外観は、岩山の影に同色するようあらゆる趣向を凝らして見えた。
男達が堂に辿り着くや中の者が気配を察し、大扉を二人掛りで押し開け、門番が御鈴姫らを出迎えた。
先頭を行く髭面の男は、二人の門番と視線を通わせる事なく、御鈴姫の縄を引いて堂へ連れ入り。全員が堂内へ入った事を確認した門番達は廊下へ出ると、今度は渡廊から扉を押し閉じ、当人らは外で待機した。
四重屋根が金堂を四階造りに思い込ませるが、中は階層の妨げが無い一つの空間となっていた。
壮麗な外観とは対照的に内部は殺風景で、朱塗りと金細工のあしらわれた数本の柱が唯一の洗練された装飾といえるほど、美観を養える要素がない。
堂内の床は板張りで整えられていないため土が剥き出しで埃臭く、それらと混じって金属が酸化したような独特な煙臭さも漂う。
金堂とは尊像を安置するための場所であり、火仕事とは本来無縁であるが、最奥の岩壁に火床炉や鞴などの設備が取り付けられ、それらが煙を発する要因となっているのだろう。その鍛冶場を隠すよう岩山に堂を被せただけの造りは、建物自体が煙を徐々に上へ逃がせる煙突の役割も成していた。
岩壁は建物の形状に合わせて半円に削られ、その中心には髭を蓄えた老人のような像が彫られているが、三丈を超える巨大な石像の膝下で松明の灯りが絶えてしまい、全容を把握するには至らなかった。
この石像を祀る事も堂の意義であるようで、像の足元には岩壁に沿って足場が掘られており、半円の岩場を一直線に伸びる足場には、下の階への転落を防ぐ為に、きちんと手摺りが誂えられている。
そして、その手摺りの後方には五人の黒装束達が控え、同じくして一階の隅で空間を囲うよう並び立つ十一人の男達は、堂内へやって来た御鈴姫を一斉に見下ろした。
男達の中にはちらほら見覚えのある者が交じり、石像の右足付近に立つ男は、御鈴姫を連れ去った 獣眼 の男であった。
忘れ難い喰らい付くような男の目付きに、御鈴姫は怖気を震い。
黒装束達の眼光に畏縮する少女の縄を引き、髭面の男は中央へ強引に御鈴姫を連行した。
男が向かう堂の中心には、舞台を模した四角い板張りの床が組まれてあり、その上には石像へ捧げ物を献上する様に長細い台座が置かれていた。
その舞台を左右に挟み込む形に据えられた刀掛けは、大人の目線に達する高さを意図して設置され、左右二振りの刀が横向きに掛けられている。
台座に並べられた設備や道具類を見る限り、祈祷を行う場所である事は漠然と察しが付き。すでに舞台に上がっている男の服装が、それを裏打ちしていた。
男は、法衣と格衣を真似たような神官を思わせる格好をしており、まだ丁年を過ぎたばかりの若者である。
執拗に台座に視線を落とすその男の元へ、縄を解かれたと思えば突き飛ばされ、御鈴姫は床に両手を付いた。
だが御鈴姫が 一畳 ほどの距離に近付こうとも、男は関心を示さず台座に納められた刀を愛で、 銀拵 の鞘に魅入られ掻き撫でる後ろ姿は、狂気じみたものを感じる。
「これが五輪王御剣……。あの鬼神、無道を斬り伏せた神剣ぞ。――実に美しいとは思わんか?」
陶然と男は述べ、これ見よがしに刀を御鈴姫へ突き付けた。
見返した男の顔は周囲に控える黒装束達とは対蹠的に生気に満ち、興奮で必要以上に目張る形相に恐怖を覚え、御鈴姫は堪らず身を後ろへ退いた。
「…鬼であるにも関わらず、この値打ちがわからぬか」
五輪王御劔に意識がゆかぬ御鈴姫を、男は呆れ果てた様子で見下し、鞘から引き抜いた白刃を見せ付けた。
刀の上身を目にした御鈴姫は、予想を覆すその様相に言葉を失った。
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