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落貌ノ鬼『劔刀、いく世へ消えにし命さえ』  作者: 嵬動新九
第四章 五輪王御劔   ―黎明篇―

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四章 五丁  うるわしき顕世


 庭を挟み込む形で向かい合う別の渡廊(わたろう)に、長い黒髪をまとわず、ひっそりと少女を見詰める女の姿がある。


 身体をなぞって()れる髪は、細身ですらりとした女の体躯(たいく)をより(なま)めかしく見せ。小袖(こそで)褻衣(けごろも)だけを、簡素に腰紐(こしひも)で結んだ格好で、女は夜景を背にし、御鈴姫(みすず)を心に刻み込むように熟視していた。


 細く整った鼻筋と、薄紅のこじんまりとした(くちびる)は、女の妖艶(ようえん)さをより引き立て、面長(おもなが)の顔立ちに合う、黒々とした双眼は空夜(くうや)の如く 哀愁 (あいしゅう)(ただよ)わせる――。



 婀娜(あだ)めく女の見目姿(みめすがた)に、御鈴姫は心奪われ頬を赤らめた。


 下女が昔話で語った天女とは、この麗人(れいじん)や本殿に腰掛けていた佳人(かじん)の事だろうか。と、御鈴姫が目を奪われていれば、女はやにわに背を向け、裾が波打つ馴れ衣(なれごろも)を引き()り、一切の歪みないしなやかな 脚線 (きゃくせん)を覗かせながら、裸足で奥へ歩き出した。



『 あ!待って!』


 呼び止めようと女は(かえり)みずに渡廊(わたろう)を行き、御鈴姫は急いで後を追った。が、渡り廊下は女の行く回廊と交わってはおらず、無理に手摺(てす)りを乗り越え庭へ降りねば女の元へ辿り着く事は叶わない。手摺りを這い上れない御鈴姫には、平行する廊下をただ走るしか手がなかった。



 そうこうしている内に、女は廊下の一角に繋がる堂の引き戸を(くぐ)り、姿を消した。


 御鈴姫も後に続き、女が立ち入った戸口とは別の引き戸から同じ建物へ身を滑り込ませた。



引き戸を越えてまず目に飛び込んだのは広範(こうはん)な空間で、柱と仏像が数多上座に鎮座された至って(つづ)まやかな講堂であった。


御鈴姫が利用した戸口は、その上座を挟み込む形で設置されている片側の唐戸(からど)であり、上座の脇にあるもう片側から、女はこの祈祷寺(きとうでら)へ入った事になる。しかし、女をいくら捜そうとも、堂内にその姿はなかった。



 女を見失い、気を落とした御鈴姫は肩を(すぼ)めたが、八体の仏像の目線の先となる板唐戸(いたからど)がうっかり見過ごしてしまう程度に開いているのを見付けた。


黒髪の麗人はこの戸口から立ち去ったのだと確信し、重量のある唐戸を小さな身体で精一杯押し開ける。



 講堂の唐戸が開けば、すぐ目前に表門が現れ、薄く開いた門へ御鈴姫は迷わず身をねじ込んで外へ出た。瞬間――。風が顔に吹き付け、雄大(ゆうだい)な自然が(あまね)く広がった。


『 …――わぁ…!』


 俯瞰(ふかん)する夕焼け空と、風にそよぐ草花が(さざ)ら波のように山肌で躍り、御鈴姫は両腕を広げ何度も身体を転回させ、風薫(かぜかお)る感覚や絶景を全身で味わい尽くす。



『 これが…風……! お空…!』


 歓喜に沸き立つ御鈴姫は、髪や着物が汚れる事も構わず、草に身を投げ出すよう寝転び。草から驚いて飛び出した虫に瞳を輝かせ、名も知らぬ野花をそっと撫でて一頻(ひとしき)り遊んだ。


己の手で触れ合う野に咲く竜胆(りんどう)桔梗(ききょう)の花々は、遠い昔に贈られた一輪の百合(ゆり)よりも格別美しく。自然を浴びるように心ゆくまで楽しんでいたが、ふと山々を見渡し、ある事に気が付いた。



『 あそこ…! 夢でみた…!』


 見晴らす山塊(さんかい)は、意識を浮遊した際に見た山と同じ形をしている――。ならば、中央の紅葉(よそ)う山の何処かに大門があり、その奥に銀色の髪をもつ天女もいるのではないか。

そう思い付いたままに御鈴姫は身を起こすと、無我夢中で山を駆け下りた。



 乙外娃(おとあ)への想いを募らせ、こうして始まる旅の半ばで御鈴姫は、ネイとの巡り合いを果たす事になる。




 再び、古巣である坑道の小屋へ戻された今。

もう二度と外の世界を見る事はない、そう己を押し殺すほど脳裏には、これまでの出来事が走馬燈(そうまとう)のように駆け巡り、外への渇望を助長した。



 御鈴姫の物憂(ものうれ)い面持ちは赤い蝋燭(ろうそく)の光に当てられ、棚に収められた遊具は立ち去った時のまま、退屈を紛らわせる意欲すら起きず陰鬱(いんうつ)に時を過ごしていた。が、不意に表戸が音を立てた事で、意識は現実に引き戻された。



 表戸を越え、押し開いた格子(こうし)扉から髭面(ひげづら)の番人が姿を現わし、男はずかずかと座敷に入り込み、余計な事をしてはいないかと、御鈴姫を(いぶか)る目付きで眺める。そして、周囲に異常がない事を確認すると、御鈴姫に近付いた。


 一度逃げ出した過去が男を警戒させ、戸外には更に二人の仲間が(ひか)えている事を、御鈴姫は冴え渡る感覚で確信した。



「出ろ」


 髭面の男は冷め切った口調で告げると、腕に持つ帯状の紐を扱いやすいよう伸ばした。


 布製のその縄は、駕籠(かご)の内部にあった札と似通った文字が隅々(すみずみ)まで記されており、所々(すみ)(かす)れた文体は気味悪く嫌悪感を覚える。が、従うと約束した以上。御鈴姫は要求通り、男へ両腕を差し出した。






©️2025 嵬動新九

※盗作・転載・無断使用厳禁

※コピーペースト・スクリーンショット禁止

※ご観覧以外でのPDF、TXTの利用禁止

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