四章 二丁 禍匣
表戸はぴしゃりと閉じられ、扉の覗き穴は外から蓋をされている為、槙の姿が視界に入る事はもうない。
下女の機嫌を損ねた後悔と戸惑いから、御鈴姫は小走りで戸口を離れ、出口から最も遠い壁に背を預けて力無く座り込んだ。
『 ……怒らせちゃった…。何でだろう…… 』
己に寄り添ってくれるたった一人の存在と心通わぬ事に悲しさが込み上げ、壁に額を付けて御鈴姫は自分を慰めるよう目を閉じた。
『 外に…出たいな… 』
角の先端が軽い音を立て壁に触れたその時――、脳裏に何者かの声が流れた。
『『どうだ?』』
『『はい。此度も見て、触れてまいりました』』
最初に発せられた男の声に聞き覚えはないが、答えた女の声はつい先程御鈴姫の元を離れた下女、槙という事は難なく察せられた。
二人の会話はすぐ間近で耳にするほど鮮明に聞こえ、――それのみならず。瞼を閉じた少女の瞳には、壁を通り抜けた先の景色までも、その場にいるかの様にはっきり映った。
下女は壁の向こう側で、番人とみられる男二人と神妙に話し込み。
壁を越えた景色が突然脳裏に流れ込んだ衝撃で、少女は壁から額を離した。
『 ――っ!? ………なに今の…?』
不可解な現象に驚愕した御鈴姫は、思わず壁から遠ざかり激しく脈打つ心臓を落ち着けた。しかし、動揺より好奇心が勝ったのか、躊躇いながらも再度額をそっと壁に押し付けた。
『『一向に伸びる兆しなどありません。一体、私はいつまでこの役目を…』』
同じ事が起きるかは半信半疑であったが、先の現象と同じく角が壁に触れれば、障害物が取り払われたかのように視界が広がり。鬱々とした槙の話し声と、その側で邪魔くさそうに耳を傾ける二人の男が又しても窺えた。
『『鬼子など気味が悪い。――代わりはいつ寄越してくださるのですか?』』
少女が覗いているなど露も知らぬ槙は、男達へ己の本性を剥き出しにしている。
腹立ち紛れにつっかかる女の物言いに、如何にも神経質そうな髭面の男が渋々といった様子で口を開いた。
『『堪えよ。程なく終わる』』
『『え?』』
男の一言で、槙は喜ばしげに少し口元を緩めた。
『『鬼宿りの鍛冶師…、あの者の今際が近い』』
一度そこで言葉を切ると、男は御鈴姫のいる座敷を盗み見て、重苦しく会話を続けた。
『『鬼宿りの刀は我が一族に欠くべからざるもの。成長し力を蓄えるのを待っていたが…、――…もう時はない。小鬼であろうが仕方あるまい』』
そう言い捨てた男の冷酷無慙な顔付きに、背筋が冷え付いた御鈴姫は身を跳ね、壁から額を離し、へなへなと床にへたり込んだ。
下女に好かれていない事は内心気が付いていたが、いざ真意を耳にすると突き刺さるような胸の痛みを感じる。
だが御鈴姫が何よりも衝撃を受けたのは、己の正体と男が放った言葉であった。
『 私……っ鬼…なの……? 待てないって……?』
幾度も語り聞かされた悪鬼の伝説――。鬼と恐れられる異形が己であったとは、すぐに受け入れられず。男達の話をもっと盗み聞こうと、意を決して額を壁に付けた。
©️2025 嵬動新九
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