三章 二十六丁 夜の悉、日も悉
薄暮れを過ぎいよいよ星が現れたそぞろ寒い山道に、羈旅に疲れた一群れの男達が居る。
寝静まる者もいるこの刻に、男達は宿を用せず、山道の脇に落ち窪んだ小川の周辺で束の間の休息を取っていた。
「若ぁー。今宵はここで野宿としましょうぞぉ」
「いや。もう出立する」
猿のように大胆に草むらへ寝転がり、握り飯を食べ終えた万雷は眠気を催した顔で欠伸交じりに言う。しかし、坂田は万雷の要求をすぐさま折り、斜面に休ませていた身体を起こした。
坂田の素っ気ない一言に、万雷は不満満載で飛び起き、緩めていた具足を締め直して旅支度を整える坂田へ向かって抗議する。
「若ぁっ!二日も寝ずに山越えをしているのですぞ !!」
「万雷、お前だけは午睡をしていたであろう。行くぞ」
駄々をこねる万雷を、坂田は冷め切った態度で切り捨て、支度を一番に終え総員を待つ、鳥什丸の肩を叩いた。
上り下りの激しい山道を、ひっきりなしに急げば疲弊するのは当たり前だが、この少年は若さ故か、何度目か定かでないやり取りを見て苦笑する余裕がある。
主が決めた事ならばと、万雷以外の配下達は山越えで疲れ果てた我が身へ鞭打ち、重い腰を上げた。
「何とご無体な !! 皆、聞いたか !? 背もお心も小さい…」
「し!黙れ!」
仲間へ愚痴を吐き出す万雷を、坂田は肘で小突き黙らせた。
その行動から、咄嗟に緊張を察した配下達は、暗路に必須である 提灯 の明かりを一斉に吹き消す。
山の木々の隙間から降り注ぐ微かな月光のみが頼りとなった薄暗がりは、坂田一行を夜闇に潜ませ。身近な者の顔立ちすらも碌に認識出来ぬ暗闇の中、一同はただ耳を澄ませた。
全員が仲間の位置を、衣擦れの音のみで把握していると、坂田は足音を殺しつつ山道へ続く斜面を登り。二本の大木が根を絡め合い、地表に根上がり自然の隠れ処となったそこへ身を伏せた。
万雷と鳥什丸も後へ続き、坂田と共に根の隙間から山道を覗き見る。――と、下る傾斜道から微かに数人の足音が聞こえ。少し小走りでやって来るその足音は、やがて 曲角 から現れた人群から発せられていた。
登り坂を駆ける男達は各自、 馬上提灯 の灯りで足元を照らしているが、道が小高く辺りが暗い所為も相まって、道外れの斜面に身を隠す坂田一行には全く気が付いていない。しかし、一行には灯りに照らされる男達の様相はよく見えた。
正確な人数は定かでないが、恐らく二十は下らぬだろう。
男達の身なりは豊かで、設えの良い立派な駕籠を護るよう囲い走り、要人を目的地まで手厚く舁くように一見判じられる。
だが、足場の悪い山道をわざわざ進み、走る度に駕籠が激しく揺れるその様は、中の者を大切にしているとは到底思えない。
夜山には、滑落や山賊、 獣襲 などの様々な危険が生ずる恐れもあり、余程の事情がなければ夜駕籠は避けるのが常である。
故に、何かに追いまくられるよう闇夜を駆ける男達の不可解さに、坂田は徒ならぬものを感じた。
後方で馬に跨がる男が、背に藁を掛けたもう一頭の馬を引き、疲れのみえる運び手の男の尻をせっつくように馬で迫れば、後棒の男は歯を食い縛って歩調を速める。そうして集団は辺りを警戒する余裕もなく、急いた様子で隠れ処に潜む坂田達の目の前を通り過ぎた。
男達の 跫音 が遙か遠くへ失せゆくと、坂田は斜面から顔を出した。
人群は山の奥地へと消え、隠しておいた種火から配下達が順に灯りを回し、火を全て移し終えた頃合いに万雷は坂田へ首を向ける。そして、珍しくも落ち着き払った様子で口を開いた。
「若。鬼でしたな」
駕籠の中身を指して片口を上げた万雷を、坂田は視界に捉えず、己の刀を見下ろした。鍔に添えた親指で押し上げられた刀身は、銀色の刃を 白色 の鞘から覗かせている。
「その様だ。追うぞ」
刀を納め、簡潔に返した坂田は厳めしい眼光を瞳に宿し、前方を塞ぐ横向きに張った巨木の根を飛び越え、山道に出た。
「若! 軍議はよろしいので?」
取り急いだ様子で鳥什丸は 提灯 を持ち、大木に掴まり身体を半分山道へ乗り出した状態で、坂田を呼び止めた。
坂田は振り返り、一同を案じる鳥什丸へ揺るぎない信念をもって答える。
「ここで退けば鬼狩りではない。付いてこい鳥什丸」
坂田は先陣をきって山道を行き。いつもは不満ばかり漏らす万雷も、この時ばかりは意気盛んに坂田の側へ付き随った。
鳥什丸は表情に一抹の不安を浮べたが、命令とあらばすぐさま坂田の後を追い。
嫌がる黒毛の一馬を漸く斜面へ上らせ、山道へ出た配下達は、長旅で精魂尽き果てた身体を奮い立たせる――が、疲労で失われた士気は上がらず、魂の抜け落ちた顔で渋々主の行く先へ随行した。
…少女が去った庭園には、いつもの寂然とした気色が戻り――。
住ひ人を失い。無用となった屋敷はより 悄然 と、古寂びて見える。
少女が掛けていた縁側に、若者は一人ひっそりと腰を落ち着け、静かに鳥のさえずりを聞いていた。
しかし、裏庭の情緒を打ち壊す様に、庭の一角に造られた真新しい墓石が、ぐらぐらと揺れ動き。三つの石が重ねられた小振りな墓は倒壊し、火山の如く激しく土を噴出させ、土中から犬神が顔を覗かせた。
「まだ死んどらんわぁあああああ !!!」
犬神は叫び、怒り心頭の様子で穴に埋まった身体を地表へ這い出そうと藻掻いた。
子犬の大きさへ縮まってしまった己の身体を顧みず、犬神はやっとの思いで前足を引っ張り出し、血走った目で辺りを見渡した。
「お~の~れぇええええ !!! 何処へ行ったーーー!!? あっちかぁあああああ !!!」
鼻を左右に激しく動かし匂いを嗅ぎ分けた犬神は、土を蹴散らし一気に穴から飛び出すと全速力で駆け。憤怒の声を森に響かせながら、深山へ走り去った。
犬神が疾走する姿を、百鳥の囀りに紛れ込ませて忍び笑い。――若者は犬神の消えた木深い森を眺めた。
第三章 完
次章に継ぐ――
©️2025 嵬動新九
※盗作・転載・無断使用厳禁
※コピーペースト・スクリーンショット禁止
※ご観覧以外でのPDF、TXTの利用禁止
三章の物語をご観覧くださり有難う御座いました!
楽しんでいただけましたら、ブックマークや高評価をお願い致します!




