三章 二十五丁 えさらぬ危難
「…――ッ見付けた !!」
高ぶる男の大声で、少女は血相を変え振り返った。
曼荼羅を鷲掴んだ男は、糊で接着されたそれを乱暴に引き剥がし、無残に千切れた掛け軸を地面へと投げ捨てながら上役へ叫ぶ。
「曼荼羅の裏に !!」
剥がされた掛け軸の後ろには床の間があり、壁と思われていた段上は人が隠れ潜むのに十分な広さとなっていた。
その露わとなった上座の上で平臥するネイを目の当たりにした 獣眼 の男は、獰猛な怒りをたたえ少女を睨み付けた。
「小賢しい真似を…ッ!」
頭が真っ白になり男の罵声が耳に入らぬ様子で、少女は立ち尽くす。
少女の治療では不十分であったのか、数日を得てもネイの容体や意識は回復せず。冷や汗を掻き、血色の悪い顔色からは、生命の危機を脱している様には見えない。
ぐったりと昏睡するネイの周辺を男達は群がって物色し、上掛けにしていた着物を剥ぎ取り、敷いていた夜具を捲ると、黒装束達は歓喜に沸いた。
「五輪王も共に…!!」
男は夜具の下に隠してあった 銀拵 の刀を、声高らかに掲げた。
「寄越せ!」
獣眼の男が形相を変えて命ずれば、配下は刀を持ってすぐさま駆け出し、上役へ深々と差し出した。
配下が手渡す刀を奪うよう剥ぎ取ると、上役は刀を僅か二寸ほど鞘から抜き、刀身を確かめた。
銀色の刃が覗いた途端、硬く殺風景であった男の表情はみるみる狂喜に満ち、初めて口角を引き上げる。
「真だったとはな…っ!――くははっ!! 乙外娃め…馬鹿な女だ!容易く大門を開き、我等に引き渡すとは…!」
男は腹の底から笑い、悦に浸り角度を変えては刀身を眺める。
「此奴は如何に?」
黒装束の一人がネイの横面を踏み付け、容姿を拝めるよう無理やり顔を裏庭へ向けた。建前として処遇を尋ねはしたが、すでにネイの首筋には刀を突き付けており、上役の返事を分かっているようである。
「殺せ」
獣眼の男は五輪王御劔を鞘へ納め、躊躇いなく言い捨てた。
「待ってッ!!! やめてッ!! お願いします !!」
少女は死に物狂いで地面に両手を付き、切願した。
取り乱す少女を見下ろした上役は、即座に止めろと合図を出した。
首を貫こうと肘を引いた男は、合図を見た仲間に制止され、素直に刃を止める。
「従います !! だからお願いッ!! なんでも言うこときくから !!」
少女は声を嗄らし、涙混じりに思い付く限りの助命を懇願する。
「そうか、先程約したばかりだったな。五輪王御剣さえ手に入ればどうとでもなる」
獣眼の男は目的の物を手に入れ気を良くしているのか、意外にも落ち着いた口調で続ける。
「…よかろう。男の命、見逃してやってもよい」
そして、男は駕籠の元へ歩み。
「さぁ証をみせろ」
駕籠を蹴り、少女に入れと脅した。
「二度と我等を謀ろうなどと思うな。よいな?」
逆らう意思のない少女へ上役は脅威を与えるよう語気を強め、少女は幾度も頭を上下させ頷いた。
ネイの命が危ぶまれた恐怖で半ば腰を抜かしていた少女は、足を縺れさせながらも立ち上がり、蹌踉めく足取りで駕籠の引き戸を潜った。
そして、駕籠の口に切り取られた四角い景色を最後に覗き。ネイの姿を名残惜しく見詰めていたが、――そんな少女に暇を与えず、ぞんざいに戸は閉め切られた。
©️2025 嵬動新九
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