三章 二十四丁 えさらぬ危難
背筋を伸ばし、男達を凜と見詰める少女の佇まいと変貌した容姿を目の当たりにした黒装束達は、童であろうと鬼に変わりないのだと認識を改め、険ある顔付きへ変化してゆく。
そんな張り詰めた場の空気を意に介さず、構えたまま立ち尽くす黒装束達の中から、その長とみえる男が一人、少女へ切り出した。
「共にいた男は何処だ?」
男の殺意宿る声色に少女は眉を寄せ、負けじと相手を見据え答えた。
「…旅立ちました。ここにはいません」
声を震わせているが毅然と言い放った少女を、男は疑り深く見詰め――。そして下役へ命ずる。
「屋敷を探れ」
「はっ」
上役の命令で、屋敷を囲う半数の者が持ち場を離れ、土足で座敷へ踏み上がった。男達はどかどかと土の足跡を付けて古めかしい畳を踏み荒らし、それ程広くはない屋敷を隅々まで手荒く調べ始める。
若者が腰掛ける 大黒柱 の裏にも数人の男が通りかかったが、姿を消した若者の姿を捉えられるものはおらず、男達は若者がいた場所を何事もなく通り過ぎた。
碧眼の男が少女を置いて旅立つなど容易に信用出来ない黒装束達は念入りに家々を探り、屋敷を囲う者は少女へ疑念の眼差しを注ぎ、仲間の報告を待った。
「やけに従順ではないか。観念したか、それとも…」
上役は目論見を推し量ろうと、鋭い眼光を放つ 獣眼 で少女を睨め回す。
「あの人を追わないと約してください! そうすれば私…、二度と逃げ出したりしません!」
前のめりに声を発し、少女は心がくじけぬよう相手へ強気に言い張った。
四十路に近い獣眼の男は、じっと無言で少女と視線を合わせていたが、やがて合点がいったように呟いた。
「……成る程、漸く己の値打ちに気付いたか。――だが足りんな。五輪王御剣は何処へ隠した?」
「言います。あの人をこれ以上巻き込まないと誓ってくれるなら」
少女はすかさず男へ言い返し、震える己の拳を悟られぬよう掌で包み込む。威迫に屈せぬ少女に、獣眼の男は一瞬眉を吊り上げたが、長い沈黙の果て、遂に己の負けを認めた。
「……――ちっ…約してやろう、男は見逃してやる。刀は何処だ?」
「……槙という…人になら…、話します。すべて…!」
男は諦め悪く睨み付け、凄みを利かせて吐かそうとするが、少女は予め用意していた 口上 を相手へ突き付けた。
「あの下女か。下らん猿知恵如きで…。…――わかった共に来い」
少女の筋書き通りに進む苛立ちに獣眼の男は頭を掻いたが、どんな手を講じても少女が口を割らぬと判断したのか素直に提示した条件を呑んだ。
折衝 の末、上役と少女の間に割り込む形で駕籠が置かれ、運び手の男が側面の引き戸を乱暴に開く。
少女に向けられた引き戸の内部は、判読の出来ぬ文字で記された札が大量に重ねて貼られ、決して剥がされぬよう上から塗料を塗り込んである。 黒漆 で装飾された上質な外観にも、四隅に札が糊着されており、鳥肌が立つような不快感を感じるそれに、入れと促されている事を察した少女は腰を上げた。
「はい…」
少女は暗い面持ちで下駄を履き、言われた通り駕籠へ向かった。
屋敷を調べ尽くした配下らが手持ち無沙汰に同じ場所を虱潰すのを、これ以上は無駄骨折りだと察し、獣目の男は撤収の合図を出す。
成果を得ることが叶わなかった黒装束達はすぐさま屋敷を離れ、ぞろぞろと上役の元へ集まった。が、裏庭の反対側にあたる表口周辺を探っていた男は撤収の命令に気が付かず。仲間が調べを打ち切り、裏庭へ戻るのを一見すると、急ぎ足で座敷を踏み歩く。
けれども不意に、通り越そうと差し掛かった曼荼羅の掛け軸の前で足を止めた。
小さな違和感であったが、曼荼羅の端が僅かに剥がれ、風に揺らめいているのが如何にも気に掛かる――…。曼荼羅の正面に座す少女を怖れ、誰もこの掛け軸には触れていなかった事を思い出し、その裏を捲った。
©️2025 嵬動新九
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