三章 二十一丁 彷徨ふ泉下
老人は小股ではあるが、確かな足取りで斜面を登り。歩幅を合わせて歩く少女は、斜面が緩やかになり彼岸花が数を減らした頃合いに老人へ尋ねた。
「おじいちゃんはずっとひとりでここにいるの?」
少女の唐突な問いにも、老人は穏やかに目尻の皺を深め答えた。
「そうじゃあ。待ち人がおってのぅ。…長い長い時じゃった、皺も増えぇ腰が曲がる程に…」
老人は杖を付きながら安らかに言ったが、言葉に少し寂しさを交えている。
「大切な人?」
少女は老人の待ち人を想像し、再び質問を重ねた。
「んー?そうじゃあ。待ち遠しいが皺だらけの儂に気が付くかの。何処にゆかれるのかぁ…あのお人は」
「まっているのに、逢えないの?」
目細い眼をさらに細くして微笑む老人の横顔を、少女はじっと見詰め真剣に問い掛けた。
「現世を行き廻りその果てに、人は九泉にて様々な道へ出で立つ。交わらぬ事もまた因果」
老人は人生の儚さを受け入れたように、静かに言うと下り坂となった足元へ集中した。
必ずしも報われないのだと感じた少女は、心悲しくなり少し肩を落とした。
「…そっか。逢えるといいね、おじいちゃん」
「有難うよ」
少女が真心を込めて言うと、老人は気を良くした様子で笑顔を見せた。
それからさして歩かぬうちに先の道に古びた鳥居が現れ、老人はその下で立ち止まると杖柄で前方の道を指した。
「この先を行けば、もう迷う事はないぞい。達者でのぉ」
右綯いの注連縄が飾られた鳥居の先は参道のように整えられ、薄暗く奥はあまり見渡せないが、名も知らぬ花が数多咲き誇り、先行きを照らす灯りのように続いている。木々の間に萌える花々は仄光って見え、美景と言うに足る風景だが何とも漂う物寂しさがあった。
少女は一歩を踏み出さず、景色を見詰めたまま立ち尽くした。
「……」
「逝かぬのか?」
憂いを帯びた面差しで棒立つ少女へ、老人は穏やかに切り出した。
「私……」
少女は言葉に詰まり、俯いた。
「何か悔いがあるんじゃろう?」
迷う心を見透かされ、心情を察してもらえたと感じた少女は顔を上げた。
「おじいちゃんも後悔はある?」
すかさず少女が尋ねると、老人はけらけらと軽快に笑った。
「そうじゃのぉ…、人より長く生きれば富士の山より多いわい」
山積みだと快活に言った老人は、今度は少女の顔を真っ直ぐ見据え、言葉を続けた。
「お前さん。…待っとる者がおるのではないか?」
老人の一言に、少女は再び顔を曇らせ視線を落とした。
「…いいの。……私きっと…迷惑かけちゃうから…」
首を振り俯きながら言った少女の顔はやるせなく沈んでいた。
自分を助けたばかりに深手を負ったネイが気掛かりではあったが、独りでなら黒装束達から難なく逃げ果せるだろう。彼の人を思うなら、この世を去るのが一番であると少女には思える。
「そうか? 折角の巡り巡った出で会いを手放してよいのかぁ?儂のように諦め悪く待つ身は退屈じゃぞぉ」
老人は曲がった背を叩き、気鬱な溜め息を含みながら語した。
「…私きっと……いない方が、いいの…」
少女は消え入りそうな声で言い、涙を堪えた。
鬼である自分は何処へ行っても蔑まれ、疎まれる現実を、少女は小さい身で痛いほど味わってきた。
©️2025 嵬動新九
※盗作・転載・無断使用厳禁
※コピーペースト・スクリーンショット禁止
※ご観覧以外でのPDF、TXTの利用禁止




