三章 十九丁 黒炎の鬼
二人の鬼女が再会を果たした同刻――
斬瞑天月 は限りなく黒炎を放ち、大門へと続く道を依然塞いでいた。
朱鍔の刀が具現させた鬼は、何人も通さぬとばかりに刀の傍らに浮かび威風を放っている。
鬼と青年は相対すよう鋭く睨み合い、互いにその動向を推し量っていた。
「ふふ…ははッ!そうして怖じているがいい !! 見ていろ!我が一族から使い手が現れるこの時を…ッ!!」
頭目の男は青年を嘲笑い。高揚で瞳孔を散大させ、鼻息荒く斬瞑天月へ歩を進めた。
男が近付く度に斬瞑天月は黒炎を放ち、炎の威力に頭目は身を竦ませ、よろよろと上体を揺らしながらも屈せず刀の元へ向かう。
斬瞑天月の目前へ頭目が辿り着けば炎は勢いを鎮め、鬼は危害を加える事なく刀の側にあり続ける。そして鬼の目線は、凜と佇む青年に絶えず注がれていた。
「わしを認めよ斬瞑天月ッ!!! お前に相応しいのは、我ら――――ッ」
男の声は炎に呑まれ、昂然と柄を握った身体は逆巻く黒炎に包まれる。
荒ぶる炎は悲鳴を掻き消し、苦しみ悶える男に柄を手放す隙も与えず、刹那に灰へと葬った。
人一人を容易く焼き尽くす惨烈な末路を、まざまざと見せ付けられた黒装束達は震撼し、半数の者が腰を抜かす。
「誰でもよい !! 行けッ!!」
戦慄に男達が押し竦む中、後方に陣取る男が一人。腰を抜かす仲間の襟首を引っ立て、猛威を振るう斬瞑天月の元へ同胞を引き摺る。
「ヒッ!! や…やめ…ッ!! 出来ぬ…ッ死にとうないぃッ!!」
襟首を掴まれる男は死に物狂いで拒み、襟を持つ相手の手を幾度もひっかいて足掻き。抵抗する仲間に苛立った 上長 は、男の胸倉を掴み怒鳴り散らした。
「刀を鎮めねばどの道全員死するのだッ!!!」
「鞘が無ければ無駄ぞ !!」
見かねた仲間が一人、愚行を思い留まらせようと逆上する上長へ言い返す。
木々に累々と飛び火した黒炎は全てが結び付き、激しく巻き起こり一同の逃げ道を塞いでいた。
燎原 の火に埋め尽くされた周囲は、薙ぎ倒れる樹木や煙雲が山火事の規模を物語り。このまま刀を放っておけば人里にまで炎は広がり、目を覆うばかりの悲劇を招く事になる。
打つ手なく、差し迫る死に 恐慌 する黒装束達の側を通り抜け、青年は 超然 と歩き出した。
風と黒炎に煽られ黒髪を乱しながら斬瞑天月へ迷いなく進むその足取りに、男達は立ち尽くし絶句する。
「気が触れたか…ッ」
先と同様に刀は近付く者を拒み、炎を強大に膨れ上がらせ、激しく爆ぜては青年を威嚇している。
青年は決して歩みを止めず。うねり千切れた炎が頬を掠めようとも眉一つ動じず、労なく斬瞑天月の目前に到達した。
刀の背後に佇む鬼は、青年を正面から見下ろし、行き着いた者へ危害を加える様子はやはりない。
斬瞑天月を黙視し、刀を前に青年が立ち留まるのは、命を惜しむが故ではなく。
幼い自分にこの朱鍔の刀を差し出した老人の姿が頭を過ぎっていた。
拒絶し忌々しいとさえ感じる過去が再び思い起こされ、様々な感情渦巻く心中に恐怖が入り込む余地はない。
未だ鮮明に記憶の中に息づく老人へ片言を吐き、青年は黒炎に腕を突き通し――斬瞑天月の柄を握った。
青年が刀を手にした瞬間――鬼の形をなす黒炎は消失し、木々よりも高く燃え上がった業火は青年の身体を呑み込んだ。
黒炎は鬼の慟哭と紛う轟音を発し、そして張り裂け、飛散した炎は辺りに衝撃波をもたらす。
一帯に広がる黒炎は黒装束の男達をも巻き込み、炎に身を焦がされ、命を喰われたと誰もが死を悟る。――しかし、肌を滑る炎は生暖かく通り抜け、男達を 焼滅 させる事なく雲散してゆく。
命を永らえた事実が信じ難い男達は 瞠若 し、眼前の光景に目を奪われた。
焦土の中心に青年の姿はあり、朱鍔の刀を握ったまま静かに立ち尽くすその身体は着衣すら燃えてはいない。
斬瞑天月は一切の炎を発さず、銀色の輝きを放ちながら美しい純黒の刀身を地面に埋め――。青年が刀を引き抜くと同時に、辺りに燃え盛る黒炎は一瞬にして消え去った。
死への恐怖で黒装束達は魂が抜けたように茫然自失とその光景を眺めていたが、二人の男が不平だとばかりに声を上げた。
「…馬鹿な……ッ斬瞑天月が…認めただとッ!!?」
「そんな筈はない…!! 貴様は――」
青年は毅然と振り返り、その鋭い眼差しに恐れを成した男達は口を閉ざす。
――不意に空気が振動し、地鳴りと共に一帯が揺れる。
龍神寺にて何が起こっているのかは、麓にいる青年には定かではないが、山の頂が崩れた事は揺れと衝撃音で容易に察せられた。
山の頂上は一部崩壊し、土石流は龍神滝を伝って、山を打ち崩しながら地下へ流れた。その衝撃音は凄まじく、溢れた土石は大門を呑み込み。男達の元へも、山肌を転がり落ちた大量の岩石が猛威を振るった。
青年は山上から目を逸らし、騒然とする黒装束達を顧みずこの場を立ち去った。その腕に鬼宿す刀、斬瞑天月を持ち――
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