三章 十八丁 尽る命火
全身に駆け巡る痛みは思考を妨げ、女の清らかな声色に誘われるかのように、ネイは刀の鞘を握った。――刀を手に取った瞬間、雪白の太刀から風が生じ、身体を蝕む痛みと熱が和らいだ。
風は柔らかく全身を撫でるように広がり、炭化し裂けた皮膚から流れる灰は風に流され、亀裂が塞がった肌には薄らかに火傷の痕跡が残る。
全身の灰をさらった風は、勢いを落とさずネイを包み込み、その勢いは増してゆく。
刀がネイの命を永らえさせたのか、女の力なのか。戸惑うネイが見た女の顔は、確かに微笑んでいた。
「嬉しゅう御座います。この子をお頼みします」
女が笑みを浮かべそう言い残すと、風は紅葉を巻き込んで渦を形成し、視界を覆う程の 狂飆 にネイは堪えきれず、少女と刀を抱き締め目を閉じた。
やがて風は静まり、女の側にあったネイと少女の姿は消えた。
舞い落ちる紅葉が土を擦り、風に流されるその空間で女は独り、満ち足りた面持ちでその場に佇んだ。
――しかし、衣を揺らす風は途切れ。空は夜へ転じ、辺りを宵闇へ変えた。
鬼女はその変化を予見していた様に、そっと微笑むと立ち上がり、石階段を見詰める。
ひたひたと素足で一歩ずつ石段を登る足音は、怪しく鬼女の待つ大門まで響き。
石段を踏み締める足先の爪は、大門へ迫るごとに鋭利に伸び。裾から覗かせるなまめかしい脚には白藍の鱗が腿まで上る――。
やがて石段から姿を現わした黒髪の女は、額に二本の白角を出現させ、射殺すような眼差しを鬼女へ向けた。
「幾星霜…待ち侘びた事か……。乙外娃。…――貴様が大門を開く、この時を」
向かい合った女達の 神色 は違えども、醸し出す気配や面影は似通うものがある。
深い憎しみを込める女の怨言に乙外娃は目を伏せ、硬く情のない表情を漸く動かした。
「…蒼華。逢いたかった……ずっと…」
顔を上げた乙外娃は苦悩が過ぎ去ったかのような穏やかな表情を浮べており、その生涯を全うした満たされた面持ちは、対する女の心を逆なでした。
蒼華と呼ばれた鬼女は、葬り去る意志が固まったように腕に持つ薙刀を構え直す。
因縁ある再開を果たそうとも、胸に秘めたる思いを互いに分かち合う事なく。鬼女達は見つめ合い、同時に一歩踏み寄った。
©️2025 嵬動新九
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